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小説版禍話06「行き止まりの家」

 急遽まとまった金が必要になり、一年契約で工場で働くことになった。
 職場はいかにも体育会系といった先輩が多く、最初は少しひるんだが、話してみれば面倒見が良く情に厚い人たちばかりで、僕もすぐに馴染んで飲みにいくようになった。
 
 その日も、一人の先輩の家で、仲の良い連中で集まってわいわいと飲んでいた。
 つけっぱなしのテレビでは、アイドルが怖い話をするという深夜番組が流れている。怖い話と言っても、「死んだおばあちゃんの霊が出てきてくれて」といったような感動系おばけ話で、ちっとも怖くはない。
「なんだよ、俺はもっと怖い話できるぜ」と誰かが言った。しかしその話も全然怖くなく、結局、ヤジを飛ばし合うために怖い話をする、なんだか本末転倒な流れになった。
 話はくだらないのだが、酔っていることもあって、ツッコみを入れ合うのが楽しい。ゲラゲラ笑って盛り上がってきたところで、先輩が言った。
「小林、トリはお前にまかせた!」
 指名された小林くんはころころした体型のいじられキャラで、本人もいじられるのを喜んでいるフシがある、そういうタイプだ。もともと話が下手なので、みんなで盛大にツッコんで爆笑しよう、という意図だろう。
 それを知ってか知らずか、小林くんは丸い顔にニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
「わかりました……いや僕ね、前にひとつだけ、すごい怖い話聞いたことあるんですよ、女の子から」
「おお、それは期待できるな!」
 先輩たちはやんやと盛り上げる。小林くんが姿勢を正して語り始めた。
「ええと、まず登場人物はですね、Aくん、Bくん、Cくん、Dさん」
 多いな……。
 かなり飲んでるので、すでにちょっと混乱しそうだったが、さすがにまだ話を腰を折るのは早すぎると思い、みんなで耳を傾ける。
「で、この話はDさんから聞きました」
 ならDさんをAさんにしなよ! 脳内ではすでにツッコみの嵐だ。さすがの小林節と言おうか。
 先輩たちもまだツッコまずに優しく聞いているので、小林くんは意気揚々と話を続ける。しかし、聞いていくとどうにもざっくりとした話だった。
 
 ――あの、廃屋があって……そこに行こうって話になったんです。それがやばい廃屋で……。
 
 やばいって何が? しかし、僕はまだ新入りなので、先輩たちがツッコまないことには言いづらい。グッと堪えて先を聞く。
 
 ――そこに行ったんですよね。車停めて。車入れないような狭いところなんで。Aくんは良いライト持ってたからそれで照らして、Bくんは結構前に前に行くんですね。全然行けちゃう。Cくんが「うわー度胸あるなあ、おれ絶対行けないわ」って言いながらあとをついていく。
 
 Dさん出てこないじゃん! そもそも、AくんBくんCくんを分けた意味もない。普通こういう場合は「何人かで肝試しに行って……」とか話すと思うんだけど。まあ本当に聞いた話だからそれをそのまま言っているんだろう。それも小林くんらしいといえばそうだ。
 
 ――「度胸あるなお前、こんな怖いとこなのに」ってCくんが言って……。
 
「あのさ、度胸ある、怖いって、そもそもそこは何がやばいの?」
 やっと先輩がツッコんでくれた。そうなのだ。そもそもの曰く因縁がわからないと怖がるのも難しい。
「聞いたところによると女の子が死んでたって……自殺なのか事故なのか、ちょっとわからないそうです」
「どうやって死んだの?」
「あの、首とか痛めて」
「寝違えたみたいに言うなよ」
 別の先輩のツッコミにドッと笑いが漏れる。
「あのー……首吊りとか、首を切ったとか、そこは警察とか関わってるのでよくわかんないんですけど」
 わかってたけど、やっぱり話し方が下手すぎる。
「スカスカな曰くだな」
 と真面目な先輩もツッコんだ。
 それをウケていると捉えたのか、小林くんは平然と続きを語りだす。
 
 ――それで、「まあまあまあ」ってBくんが言って……。
 
 というか、いまだにDさんが出てこない。Dさんを出せよ! その子から聞いたんだろ! と思ったのだが、よくよく聞いてみると、どうもこの話はDさん視点で話してるようだった。自分自身だから話に出てこないということなのか?
 
 ――家に入って、二階がない家だったんですけど、なかなか広い家で、Aくんが良いライト持ってますから……。
 
 またAくん、Bくん、Cくんがそれぞれ何をしたという詳細な話がつづく。良いライトの話とか、Cくんが怖がっている様子とか、細かいところに時間を取られて話が進まない。面白いっちゃ面白いがちょっと飽きてきたころ、やっと話が展開しそうな兆しが見えた。
 
 ――で、奥の部屋行ったら子供部屋になってて、あのー、そこがねえ……。
 
 小林くんはそこで少し間をためて、もったいつけて言った。
 
 ――死んだ日のまんまになってるんですよ。
 
「……ああ、家具とか?」
 一瞬、ぽかんとした空気になってしまったが、先輩が話を補足してアシストしてくれた。
「はい、そうなんですよ。それでみんな精神的におかしくなっちゃいましてね」
「待て待て、早ぇーよ!」
 確かに話の展開が急すぎる。小林くんはドヤ顔だったが、みんな笑いながら口々にツッコんだ。
「まあ、たしかに嫌だけど、いくらなんでもチキンすぎねぇか?」
「うわあって声あげて飛び出していって、Aくんも、Bくんも、Cくんも……」
 なぜかそのまま続けようとするので、「いやいいから、一旦止めろよ」と話を制する。
「それ怖いよ、怖いと思うけど、それで発狂して飛び出したりしねえだろ」
「いやでも怖くないすか!? 死んだ日のまんまなんですよ」
 なぜか小林くんは食い下がる。
「でもおかしいだろ。Bくんだっけ? そいつは度胸あるんだろ? そういうやつは怖がんないと思うけどな」
「でも、だって死んだ日のまんまなんですよ!
 
 
 女の子も!!」
 
 
「え?」
「いまなんつった?」
 僕も、先輩たちも一瞬虚をつかれた。女の子も、死んだ日のまんまって――。
「し、死体があんの? 死体がそのままってこと?」
 僕がそう聞くと、小林くんは真面目な顔で口を開く。
 
「いやそりゃ警察がね、事件があったときに処理をしますよ。だから本当は別の所にあるはずなんですよ。でもそれがそのままあるわけだから、そりゃおかしくなりますよ!」
 
「つまり……その、部屋を開けたら、死んだ日から手を付けていないままって意味じゃなくて、死んだ直後そのままの再現がそこにあったってこと?」
「そうですよ」
 小林くんはさも当たり前のように言うが、僕らはぞーっと血の気が引いた。
「いやそれ言えよ! そりゃみんなうわあってなるよ!」
 それは怖いね、それはだめだ、と皆がつぶやく。
「そうですよ。もうAくんもBくんもCくんも普通じゃない……」
 この期に及んでまだDさんが出てこない! 恐怖でテンションがおかしくなったのか、僕は猛烈にツッコみたくなってしまった。
「なあ、Dさんは何してんだよその時!」
 
「あ、Dさんはだから、ずっとその部屋の中で、Aくんと、Bくんと、Cくんが来るのを待ってたんですって!」
 
 え!?
「いやお前、何言ってんの?」
「だから、Dさんは、AくんとBくんとCくんが車停めて来るの待ってたんですよ」
 だから廃屋についた瞬間から話が始まってるのか……一瞬納得しかけたが、いやまて、おかしいぞ。
「待て、待て待て。お前それいつ聞いたんだよ? 誰にどうやって聞いた?」
 
「いやだから、夏にそういう廃屋があるって友達と行って、で冗談で僕一人っきりにされちゃったんですよ。その時に、家の中にいる子が教えてくれて――!」
 
 バーン!
 
 突然、小林くんが後ろ向きに倒れた。
「えっ! おい!」
 みんなで駆け寄ると、泡を吹いてる。頭を打ったせいか、それとも別の理由なのか……パニックになりかけながらも、先輩が救急車を呼んで、小林くんは搬送された。
 
 
 後頭部に大きなたんこぶができたくらいで、命にも脳にも支障はなかったのだが、それから小林くんは、少しおかしい感じになってしまった。
 家族とは普通に会話しているらしいが、僕たちが見舞いに行くと「ね、怖かったでしょ」としか言ってくれないのだ。
 結局、小林くんは工場に復帰できなかった。
 
 更衣室で、隣のロッカーを見る。「小林」というシールが貼ってあるそこに、小林くんの荷物はまだ置きっぱなしになっている。
 もし、小林くんが荷物を取りに来て、ここで二人きりになってしまったら、その時にまた、
「ね、怖かったでしょ」
 と言われてしまったら、僕は正気でいられる自信がない。
 だから、契約満了を待たずに、僕は仕事を辞めることにした。先輩たちにも、小林くんにも、もう二度と会うことはないだろう。

※本作品はツイキャス「禍話」より「ザ・禍話 第二十七夜」に収録の「行き止まりの家」の話を小説風にリライトしたものです。
https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/642853862

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