小説版禍話02「黒い女の絵」
「黒い女の話、知ってる?」と言われた。
「黒い女?」
知らなかった。ただ、怖い話の類だろうということはわかる。そういった話が好きで集めていたら、頼まなくてもこうやってその手の話が持ち込まれるようになった。
「いや、俺もよく知らないんだ。あんまり深入りしたくなくて」
切り出しておきながらそんなことを言う。
その黒い女は、山の中にいるらしい。しかも、その山というのが、登山道などもなく、たとえば山中に発電所なんかがあって、そこの職員しか出入りしないような、そういう山だという。
で、その女を見たという奴がいて、スケッチをしたそうだ。
スケッチと言っても、髪の長い女のシルエットが、ただ真っ黒に塗りつぶされているだけで、スケッチとしての意味をなしていない。
その画像が、ごくごく狭いコミュニティーのSNSで話題になった。
画像の女の顔が笑っているように見える、と書き込んだ奴がいたらしい。だが、その絵は先述のとおり、真っ黒に塗りつぶしてあるから、目や口に見えるような部分もない。表情なんて見出しようがないのだ。
その書き込んだやつが、気付いたらそのSNSに全く投稿しなくなっていたという。いなくなってしまったと。
その夜、布団に入りそろそろ眠りに落ちるぞというところで、金縛りに遭った。
何も初めてではなかったが、肉体的な疲労も特にないし、原因がわからない。強いて言うなら、あの黒い女の話を聞いたことくらいだ。いや、まさか。
すると、目が開いた。
金縛り中に目が開くことなんてこれまでなかったので、「おや」と思った。視界は明るい。部屋の電気がついているようだ。おかしいな、布団に入る前に消したのに。
今度は目を閉じた。
目を瞑っていても、瞼の裏で周囲の明るさがわかるが、このとき、瞼の裏が真っ暗だった。つまり、さっき見た部屋の明るさは全く感じられない。
――ん?
再び目を開ける。やはり部屋は明るい。閉じる。真っ暗だ。
――別の部屋なんじゃないか。
ふと、そんなことを思いついてしまった。自分の肉体は真っ暗な自分の部屋いるが、目を開けたときに見えているあの明るい景色は、別の部屋なんじゃないかと。
そう思ったら、途端に怖くなった。
目を閉じたまましばらく耐えると、ふっ、と金縛りが解けた。
ああ良かった、と安堵したのもつかの間、またすぐに身体が硬直する。またか、と思った瞬間、
「いーち!」
外からけたたましい声がした。
「にーぃ!」
今度は目も開かない。声は、酒を飲んで騒いでいる若者たちのような感じで、こんな時間にあり得ないくらい張り上げている。
さん、し、ご……
カウントは止まらない。ぎゃあぎゃあとしたうるさい声で数が読み上げられていく。十を超え、二十を超え、ついに三十も超えた。もしこの声が現実だったら、誰かが一一〇番しておまわりさんが注意に来るほどの騒音だ。だがやむことはない。
数が四十に差し掛かる頃、何故か気持ちが急いて、早く醒めなければ! と動かない身体に意識を向けた。
「よーんじゅう! よーんじゅいち! よーんじゅにぃ!」
四十三、を聞いたところで金縛りが解けた。
起き上がって外を見る。当然、誰もいないし、声もしなかった。
あまりにも不気味で、携帯をひっつかんですぐに電話をかけた。午前三時過ぎだと言うのに、友人は電話に出てくれた。電話越しの訝しげな声に向かって今起きたことを説明した。
「四十三まで聞いたと思うんだ。幻覚か、夢だったのかなあ」
いつもであれば「夢の話で電話してくるな」とでも言いそうなその友人が、少し黙ったあと、
「四十四まで言われなくて良かったね」
と言ったので、またぞっとした。
了
※本作品はツイキャス「禍話」より「THE禍話 第20夜」に収録の「黒い女の絵」の話を小説風にリライトしたものです。
http://twitcasting.tv/magabanasi/movie/581754361
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