パカポコの謎
(アルザス生活その2)
一日前、わたしは、アルザスのアパートに来た。持ち主の叔父は出張に出かけ、一人の生活がはじまった。 初回へ
叔父の乗った車は、ブレーキランプを点滅させながら、線路まえの道を左折して見えなくなった。それを見送るとテレビの前に座り、ニュースを見ることにした。フランスでは最大の民放TFIだ。
アナウンサーの言葉は、98%理解できない。理解できる2%は、maintenant (今) aujourd'hui (今日)、知っている地名くらい。たまに、画面下に出るテロップは助かる。英語もそうだが、聞き取るより、読み取る方が楽だからだ。日本の外国語教育は、まず読むことから始まる。やっぱり実用性からいえば聞くことから始めるべきだ、と思ってももう遅い。
耳を澄ましていると、何度か同じ言葉が繰り返されている。「パカポコ」だ。パカポコって何だろう…ずっと後、日本に帰ってから、フランス語に
関する質問を受け付けているサイトを見つけ、質問してみたら、どうも
"par rapport" (報告によると)らしいとわかった。フランス語のRは喉のあたりで発音され、音の出ない「く」に聞こえる。最後の子音は発音されないから無理に日本語で書こうとすると「パクアポクア」だ。パリは「パクリ」
メルシーは「メッシー」と聞こえる。
救いは天気予報だ。絵を見れば分かる。気象予報士のお姉さんはちょっと
肌を出しすぎかな、の洋服で表情たっぷりだ。
ニュースが終わると「朝の連続小説」的ドラマ、これは動作があるのでまだわかるが、やっぱり理解というより想像の範囲だった。
洗濯、掃除を済ませて、昨日行ったスーパーにでかけることにした。まだまだそろっていないものがあったからだ。この町の地図、フランス語の辞書でずっしり重いショルダーバッグを下げて、アパートを出たのはいいが、
反対の方向に来てしまったのだろうか、30分歩いてもスーパーは見つからなかった。向こうから歩いて来る人のよさそうなおじいさんに、意を決して聞いてみることにした。
"Bon Jour! Ou est le supermarche?" (こんにちは!スーパーは何処ですか?)
おじいさんは、わからない、といふうに肩をすくめ、振り返って遠くを
指差しながら、なんとドイツ語で答えた。遠くから来たばかりで知らない、といっているらしい。わたしはがっかりしながらも無理に笑顔を作り
「メルシー」と言って別れた。
アルザス地方は、ドイツ領になったこともあり、通りの名前はドイツ語と思われるものも多い。車なら10分で国境まで行ける。だからドイツ人がいても全くおかしくない。
次にアパートの入り口に腰を下ろし、子犬と遊んでいるおばあさんに
チャレンジした。
”Il'y a un supermarche pre de ici?" (近くにスーパーはありますか)
二回ほど繰り返すと、おばあさんはにっこりし、真っすぐ行って左と教えてくれた。しかし、その通り歩いてもいっこうにスーパーらしき建物はない。道の両側の家は途切れ、野原が拡がり始めた。と、左に 「スーパーカジノ」と書いた大きな看板があるのに気づいた。矢印は反対方向をさしている。おばあさんは看板のある場所を教えてくれたのだろうか。
来た道を戻り、くたびれ果ててやっとフランス国鉄(SFS)のガードの下に戻って来た。地図を見ると、この先が街の中心街だ。そのまま帰るのも忌々しいので歩き続け、他のスーパーを見つけてなんとか買い物をすませた。昨日で凝りていたので、銅貨をいろいろな組み合わせで10フランずつ小袋に分けて持っていったのが功を制し、支払いは昨日よりは簡単に済んだ。
向かいの文房具屋にもよった。パリ旅行で身に着けたことだが、フランスでは、店に入っていくとき、客の方から"Bon Jour!"と声をかける。「いらっしゃいませ」と店員から声かける日本と逆だ。帰るときも、客から
"Merci,au revoir"(メッシーオーヴォア=ありがとう、さようなら)だ。
スケッチ用に色鉛筆に画用紙、日記用にノートを買った。
フランス生活のあれこれが詰まったノートは、今もこのパソコンの
横にあり、わたしの記憶を呼び覚ます宝の箱になっている。
近所に咲いていた花のスケッチ
続く
フランス語では、e の文字の上に ノ の記号が使われる。
(アクサンティギョ)と言い、それが付くと e は、エ と発音される。
ついていないと ウ。その記号がつけられないため、省いてあります。