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ヘルパー日記6

 Uさんは、バス通り沿いの大きなスーパーの裏の二階家に、娘さんと二人で住んでいた。杖歩行でそのスーパーまで買い物に行くことはできた。
ヘルパーの仕事は、冷蔵庫の中の材料を使いおかずを三品作ることと、掃除だった。

 あるものを使っておかずを作る、というのは簡単なようで結構頭を使った。変化をつけて栄養のバランスよく、と考えれると組み合わせが難しい。
ナスがあればなぁ、ちょっとでも肉があればなぁ、などとないものねだりしながら、時計とにらめっこでとにかく調理する。
 ヘルパーは調理師ではないから、お店の様な料理を作る必要はないが、ある程度のものは作れないとやっぱりまずい。最初のころは肉じゃがに醤油を入れすぎたり、肉団子がカスカスだったりして、苦情がきたこともあり「日本料理の基礎」という本を買い、持ち歩くようにした。ぼろぼろになったその本を今も使っている。

 さて、Uさん宅を訪問し、いつも通り玄関のチャイムを鳴らしたが反応がない。隣家との間の細い横道に入り、Uさんの部屋を覗こうとしたが、雨戸が閉まったまま・・・ますますおかしい。外から雨戸を動かすと幸いなことにがらがらと開いた。その内側のガラス戸越しに中を見ると、ベッドの向こう側に横向きに倒れているUさんの姿が見えた。鍵がかかっているガラス戸をたたきながら「Uさあん!」と呼ぶと、「う~~」という声が聞こえてくる。呼吸も苦しそうだ。

 救急車?まずは、事業所に連絡だ。すぐに責任者になったばかりのKさんが、タクシーで駆けつけてくれた。ケアマネと娘さんに電話したが、娘さんとは連絡がつかないそうだ。「戸は開かないし、家族と連絡はつかないし、こんなとき、救急車呼ぶべきかなぁ」と自信なさそうに言うので「呼びましょう!」と私は、自分にしっかりしろ!と言い聞かせながら119番を押した。玄関の表札に書かれている住所と、Lというスーパーの裏であること、本人かすかに反応あるが「したあご呼吸」らしい呼吸をしている、鍵がかかっていて部屋に入れない、と告げた。

 このころ、介護福祉士とケアマネジャーの試験を受けることを決めていて、参考書のなかにあった「下顎呼吸」を覚えたばかりだった。それを「かがく呼吸」と読むと知らなかったのだが、なんとか通じたようった。
「では、消防車と救急車が向かいます。先導してください」の返事、スーパーの横道入口で待っていると、間もなく、う~~~のサイレンを響かせて消防車と救急車が到着した。家に着くと、消防車から、鮮やかなオレンジ色の制服に身を包んだ男性が三人、金属製の箱をもって現れた。
「玄関の鍵、こわしてもいいでしょうか?」と聞くので
「いや、横を入ったところの、ガラス戸の鍵を開けた方がいいと思います」と答えると、彼らはてきぱきとガラスを切り、鍵をあけ、入れ替わりに担架をもった救急隊員がUさんを運び出した。見事な連携プレーだった。

 ケアマネもバイクでかけつけ、救急隊員と分厚いファイルを見ながら話している。Uさんの持病など説明しているのだろう。頼もしい!もう安心だ。
Uさんは、このあたりでは有名な大病院に搬送された。娘さんとは夜になってやっと連絡がとれたそうだ。

 密室状態でも、救急隊が入れない、なんて心配することはないんだ、と知った日だった。

              ヘルパー日記6おわり



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