コネクション【春ピリカグランプリ】
左手薬指の異変に気付いたのは、2年前だった。
パソコンのキイを打つのに薬指がもつれ、不思議に思ってじっくり見ると
中指とほぼ同じ長さ・・・いつの間にか伸びていたのだ。
僕は三十五歳、中学の国語教師をしている。あだ名はダザイ。顔に二つほくろがあるのを濁点に見立てて、ダサイ、に濁点でダザイ。太宰治とは無関係だ。そんな僕の指の異変に、最初のうちは誰も気づかなかった。しかし半年ほどして中指より長くなってくると、一目にさらすのがはばかられ、僕はいつも左手を軽く握ったままでいた。
さらに半年がたち、生徒たちの席の間を歩いていると、教科書を持つ僕の左手を見た生徒が「ギャッ」と声をあげた。迂闊だった。僕の薬指は中指より3センチほど長くなっていたのだ。指長おじさん、という新しいあだ名までついた。
指は伸び続け、仕方なく折りたたんで包帯で巻いておくようにした。全くなんでこんなことに・・・右手でつまんで引っ張ると、ゴム紐のように伸びる。いっそのことポン!と抜けてしまえばいい。学期末の残業で遅くなった夜、校庭で長く伸びた指先を右手で持って、縄跳びのように飛んでみた。地面に擦れて痛みが走り、思わず手を離したら、ビューンと伸びた指は近くの桜の枝にひっかかった。思い切りひっぱると、はずれた拍子に首に巻き付き、僕は失神した。
気がつくと病院だった。用事で学校に戻った教頭が見つけ、ことは秘密裡に処理された。僕をさんざん悩ませた指は、手術で切り離され普通の長さにもどっていた。爪は生えていなかったが、その後の手術で移植することができ、指先の傷跡を除けば、ほぼ正常に戻った。
三ケ月ほどたったころ、新しく赴任した学校で僕は恋をした。相手は数学の教師で、笑顔がキュートだった。一つにまとめた髪が、板書し終わって生徒の方を向くたび、ぴょこんと可愛い動物の尻尾のように跳ねた。初めて会った時から、昔からの知り合いのような懐かしさを感じ思わず声をかけた。
「どこかでお会いしませんでした?」
陳腐な誘い文句じゃないか・・・言った直後に後悔した。
「あら、私もそう思ったんです」
意外にも彼女はニッコリ笑いながら答えた。
三カ月後、僕は意を決してプロポーズした。頷いた彼女の左手薬指に、用意した指輪をはめようとして、ドキリとした。指の第一関節の上あたりに傷が横に走っていた。
「どうしたの?」
「あの、わたしね、生まれつきこの指が短くて悩んでいたの。で、あるとき盲腸で入院したんだけど、ちょうど指を怪我した人がいてその指を移植できたの。他人なのに太さも血液もぴったりあって。不思議なこともあるものね。もちろんその提供者は教えてもらえなかったけどね」
「え?それ、いつ?半年前じゃなかった?」
「あら、なぜ知っているの?」
おわり(1164字)
コネクション(connection)「縁」「運命」「結合」「連結」の意
今回のテーマは「指」です。
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