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文化祭

文化祭の花形といえば、間違いなく私たちの演劇部、忘れられない思い出は、菊池寛の「父帰る」に挑戦したことだ。高校生が演じるには無理がある、という意見もあったが、「演劇を志す者、この劇をやらんでなんとする」という部長の高木さんの強硬な意見が通ったのだ。

ストーリーは・・・一家のあるじが妻と3人の幼い子供を置いて他の女と家出をしてしまう。妻は生活に困り一家心中までしようとしたが思いとどまり、長男賢一郎が働いて弟や妹を育てあげ、穏やかに暮らしているところへ、よれよれになった父親が帰って来る。妻と下の二人の子供は、迎え入れようとするが、長男はそんな父親が許せず、一旦は追い返す。が、心変わりして弟新二郎に「お父様を呼び返してこい」と命じる。みつからない、と聞くと自分も探しに外へ飛び出していく、というところで幕。

高木さんは勿論この長男役になった。
「父親を追い返したあと、長男の心が変わる、ここが最大の見せ場だ。
照明は薄青く、主役を照らす、頼むよ」
照明係のわたしは、緊張して頷いた。

ところが劇がクライマックスを迎え、舞台が薄暗くなったなか、主役の長男を照らすはずのスポットライトがつかない。なぜ?ガチャガチャとスイッチをいじり、なんとか5秒後に回復した光の中で高木さんのアドリブが響いた。
「闇は思考を誘うものだ・・・新二郎、お父様を呼び戻して来なさい」
こうして無事進行したが、部員の誰もが命の縮む思いをした。

その日から20年後、演劇部仲間から、高木さんが主演を務める芝居を見に行こうと誘われた。彼が小さな劇団をたちあげ、相変わらず芝居をやっていることは聞いていた。ある女優と同棲したが別れたなどという噂もあり、密かに憧れていた私をがっかりさせた頃でもあった。

下北沢駅近く、定員50名ほどの地下劇場には、ほんの少し高い舞台ぎりぎりまで不ぞろいの椅子が並んでいた。最前席に座った私に役者の汗が飛んでくるほどだったが、その狭さが、一緒に演じているような一体感をもたらし、ふと昔に戻ったようでワクワクした。高木さんは主役でほぼ独演、最後はピストルで撃ち殺される、という役だった。
ズドン!
という効果音で一瞬暗転、真っ赤な照明がパッと主役を照らし出した。
高木さんは白いシャツに血を流しながら倒れ込んだ。血糊が飛んできそうな近さで。

舞台が終わると出演者が入口に並んで送ってくれた。ファンの人たちが親し気に言葉をかわしながら握手をしている。どうしようかと迷ったが、おずおずと手を差し出すと、高木さんはその手をギュッと握って、ふふ、と笑いながら言った。
「今日は照明うまくいっただろう?」
照明に当たったように、カッと顔が熱くなった。

色んな職を転々としてなにをやっても中途半端な私だったが、私の人生の
主役は私、これからしっかりと歩いて行こう、と決心した日だった。

              おわり

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#シロクマ文芸部


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