夕焼けは
夕焼けは美しい。けれどその赤が鮮やかであるほどなにか不安になる。不吉なことがおこりそうで。
畑中裕司には似ている男がいた。小学生のころだったから、もう三十年以上も昔のことだが……良太、そう小池良太という名前だった。クラスは違ったがよく教師たちから間違えられた。瓜二つというわけではないが、どこか似ている。顔の長いところ、体に比べて手足が長くひょろりとした印象……うしろから見るとそっくりらしく、祐司はよく、「良太!」と声をかけられた。
祐司の生まれたのは三浦半島の西側で、東京から近いわりに交通が不便な場所だった。父親は漁師で、毎日早くから海にでていた。祐司は二つ年上の兄と、その友達にいつもつきまとって、下校時間ギリギリまで校庭で遊んだ。小学校の裏は小高い丘になっていて、祐司が二年生の頃、そこを削ってグランドを広くする工事が始まった。毎日パワーシャベルが赤土をけずり、何人かの男たちが、スコップで、機械の手がいきとどかない部分をけずったり、整えたりしていた。土をすくうスペード型の上辺に足をかけ、ぐいと土につきさす。スコップが土をつかむと、ひょいと投げる。そのリズミカルな動きは楽しそうにも見えた。綱がはられ、立ち入り禁止の看板がでていたが、子供達は大人の目をぬすんで、綱の中に入るという、ひそかなスリルを楽しんだ。
ある日、その小池良太が家に帰らない、ということで大騒ぎになった。担任の戸塚という若い女性教師が、たしかに校門からでて行く良太の姿を見た、と話したことから、良太は学校から家までの間で姿を消した、ということになった。消防団に入っていた祐司の父親もかりだされ、近くの川、海、海岸につながれた舟の中など、夜遅くまで捜索が続いたがついにみつからなかった。翌日、学校にきた人夫の一人が自分のスコップがなくなっていることに気づいた。 土のくずれたあとを探してみると、そこにスコップを握ったままの、良太が埋まって いた……
その知らせを聞いたときの、戸塚の姿を祐司は今でもハッキリと覚えている。フラフラと崩れるように教壇わきの椅子に腰をおろし、机に突っ伏したまま、動かなくなってしまった姿を……。
良太が姿を消した日、祐司はいつもどおり校庭で遊んでいた。下校時間の音楽、(たしか、アニーローリーだった……)が鳴っても、ジャングルジムに夢中だった。ふとグランドを見ると誰もいない。兄とその友達は先に帰ってしまったのだ。あわてて昇降口を走り抜けようとしたとき、職員室の方から戸塚が歩いてきた。うす暗い廊下だった。
「あら、さようなら」
戸塚の声に、振り向きもしないで、祐司は校門を走り出た。少し照れくさかった。
どうして先生はあの日、帰って行く良太を見た、などと言ったのだろう。もしかして、あのときの俺を良太と見間違えたのではないだろうか。もし、俺が、先生と会っていなければ、良太は校内でもっと早く発見され、死なずにすんだのかもしれない……そう気づいたのはずっと後になってからだった。
あの日ジャングルジムの上から見た空は真っ赤な夕焼けに染まっていた。
おわり
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