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ジェニイ

ポール、ギャリコ、知っていますか?イタリヤ移民で、音楽家の父とオ-ストリア人の母を持ち、ニューヨークで生まれ育ちました。新聞記者、スポーツライターをへて、「スノーグース」「小さな奇蹟」などの名作を残した作家で、無類の猫好きとしても知られています。図書館でギャリコの作品をみつけ、初めて読んだのが、この「ジェニイ」です。どんなお話かって?その感想文、ぜひ読んで下さい。

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 表紙には白い二匹の子猫がよりそっている。そっとさわると、白いホワホワとした毛が柔らかく手のひらを刺し、その下の暖かい体温が感じられるようだ。そして、ものいいたげな四つの瞳が誘う。「さあ、わたしの話を聞いて」と。                                                       
                                                               物語は交通事故で大怪我をした少年、ピーターが、意識を回復してみると、白い猫に変わっていた、という現実離れした始まり方をする。どちらかというと、シリアスで、心の襞を描いたような作品が好きなので、最初は興にのって一気に読み進む、というふうではなかった。しかし、読み進んでいくにつれ、不思議な気分になっていった。なんという、観察力、洞察力だろう。ギャリコは、猫でなければわからない、いや、猫でさえ、意識していない部分まで書きこんでいる。まるで、ギャリコに猫が乗り移り、ギャリコの頭脳を借りて、スーパー猫になり、一気に物語を綴っているようなのだ。

 ばあやでさえ、猫が実はピーターであるとは気づかず、雨のそぼ降るロンドンの街に追い出してしまう。街をさまよい、傷をおい、空腹と疲労でついに倒れてしまったピーター・・・彼を助けたのが、この物語の主人公、雌の野良猫ジェニイだ。彼女は、人間だったというピーターの話を聞き、彼に猫として生きるための心得を教えることになる。


 「疑いが起きたら、身づくろいをすること。過ちをしでかすとか、人に叱られたとか、物忘れをしたとき、傷つけられたとき、腹をたてたとき、悲しいとき、感情が高ぶって参ってしまったとき、身づくろいをするのよ。」

新潮文庫古沢安二郎訳より


 猫は身づくろいをする、つまり舌で身体のあちこちを舐めると、心が落ち着き、他の猫からの攻撃も受けなくてすむ、というのだ。こんな場合、人間なら、音楽を聞いたり、映画を見たり、友達にこぼしたり、買い物をしたり・・・いろんなものの助けを借りて、なんとか自分をたてなおす。猫は身づくろいだけで、自分をたてなおすことができるとは、なんと不思議で強い生き物だろう。
 ジェニイはピーターに、身づくろいをするための姿勢をことこまかに教える。その描写は丁寧で、今まで見た猫のいろいろな姿勢が、目に浮かんできた。
 さて、二匹の猫は冒険の旅に出ることになる。船に乗り、グラスゴウまで行く途中、ジェニイがうっかり海に落ちてしまう。それを救おうと海にとびこむピーター、救命ボートで助けに来る水夫たち、このシーンはまさに猫版タイタニックだ。ここまで来ると、もうすっかり物語にひきこまれてしまった。幸い、タイタニックとは違って、二人、いや二匹は生還できるのだが。
 ロンドンに戻った二匹はさまざまな経験をへて、また、一緒に暮らすようになる。ところが、無敵を誇る野良猫デインプテイが、ジェニイを連れ出そうとする。ピーターは、彼に決闘をいどむ。相手を倒し、重傷をおってなんとかジェニイのもとに帰ったものの、意識は遠のき、目はもう見えない。
「ピーター、あたしのピーター、あたしを捨てて行かないで!今、あたしを捨てて行かないで、ピーター!」ジェニイの叫びが聞こえる・・・
 こんな古びた文庫本読んで泣くなんて、と思いながら、この場面では涙を流さずにはいられなかった。

 目覚めると、ジェニイと同じ優しい目をした母親がのぞきこんでいる。ピーターはふたたび少年に戻っていたのだ。そして、猫であった記憶も薄れて行く・・・思い出せなくなった夢のように・・・


「すべての暗黒の恐怖も、扉の奥に閉じ込められ、ピーターは生まれてからこんな幸せな気持ちになったことのないように感じた。」

新潮文庫古沢安二郎訳より

という、読むものの心にも温かい喜びが満ちてくるような文で、この長い物語は終る。

 子供のころ、いつも我が家には猫がいた。母が鰹節を削り始めると、どこからともなく走ってきて、「にゃあ」とねだった。こたつ布団の上で丸まっていた猫、モグラをくわえて自慢げだった猫、顔を怪我して血だらけになった猫、ひと月も行方不明だったが、痩せて帰って来た猫、この本のなかから昔一緒だった猫たちの「思い出して!」の声が聞こえるような気がした。

             おわり


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