無料で百合を読もうとする乞食の戯言讃歌【キミが吠えるための歌を、 2/3】

先の記事(1/3)を書いている途中でことである。
友人からの連絡があった。

『私の百合はお仕事です!』の11巻を読んで苦痛を受けている、という旨の連絡であった。

彼はわた百合を「可愛いタイプの地獄」「笑えないタイプのギスり方」「毒飲んでる気分」と評し、救助要請の如く私に三度連絡を入れてくる。

今なお彼は国会図書館で苦悶に苛まれ苦痛を受けているに違いない。
その様を想像するとひどく滑稽である。

それだけに留まれば彼は人畜無害な自傷癖持ちの人間でいられるのだが、「元気がなくなるから是非お前も読め」などと支離滅裂なことを言い出すのである。
彼は善良な人間を胃痛百合地獄に引きずり込む悪魔の様相を呈している。
人をこのようにするのであるから、わた百合も相当な作品なのだろう。

焦ってくれるな。いつか読む。

それより今は目の前の作品である。
引き続き解釈を進める。


「最近見つけたボカロPのユーリさん…」
「疾走感のある曲調 印象的なピアノと爽快なシンセサイザー
なにより感情的でまっすぐな歌詞が私にすごく刺さった」


晴が歌う曲は「ユーリ」というボカロPによって作曲されたものである。
晴の台詞からは、彼女がユーリの紡ぐ「歌詞」に心が惹かれていることがうかがえる。
そして晴とユーリは案の定(と言っては情緒もへったくれもあったものではないが)、二人は現実の世界で運命的な出会いを果たす。



「大神晴」
「あたしとユニット組んで
一緒にプロを目指してほしい!」


たまたま晴がスマホを落とし、たまたまスマホからは晴が「ユーリ」の曲を歌っている音声が流れていて、たまたま晴のスマホを拾ったのがたまたま同じ高校・クラスに通っていた「ユーリ」本人で、たまたま晴の歌声を耳にした「ユーリ」は彼女の声に可能性を見出し、晴を自身の曲の歌い手としてスカウトする。

これ以上なく清々しき御都合主義展開が、そこにはある。
ここで「非現実的だ」「荒唐無稽だ」と言い出すようであれば、甚だ遺憾ではあるが、この作品を十全に堪能することは出来ないであろう。
悪いことは言わない、そういったそういった人々に私はそっと『新磨 妹と背かがみ』や『細君』(いずれも坪内逍遥)を推薦する。
文豪・坪内逍遥による徹底的な「模写文学」の中に、あなたの望む世界をご覧に入れよう。
もし読了後に「やっぱり御都合主義もいいわね」と思うようであれば、今度は快くこの作品や同じように「運命の力に導かれた物語」を愛することが出来るはずである。
嗚呼、天晴御都合主義!!


「ハスキーで伸びのある高音や歌詞への感情の入れ方… 
全てがあの曲にぴったり合ってた」
「ずっと探してたんだ あんたみたいな歌声を!」



続く2話冒頭では、ユーリが抱く晴への思いが堰を切ったように吐露される。
それに対し過剰なほどに自己肯定感の低い晴はユーリの言葉を受け入れられずにいた。
しかし、晴の頑ななまでの遠慮をユーリは超えていく。

「あの歌声は間違いなく 本気で練習してきた奴の声だ」
「あたしの曲を 大神に歌ってほしい」


知り合って初日とは思えないほどの猛アプローチである。
そんなに言う?
晴は憧れであったユーリから言い寄られ、一度は彼女との活動の先にある未来を描いて見るも、やはり過去の「声を馬鹿にされた記憶」がよみがえり、ユーリを拒絶しその場から逃げるように去ってしまう。



その後、物語の視点はユーリに移される。
帰宅したユーリは晴の投稿している動画を探し出し、そこでもう一度彼女の歌声を聞く。
そしてユーリはとあることに気づく。
気づき、決意する。

「きっと大神は全力で歌えていない」
「ずっと無意識にブレーキをかけた歌い方をしてる」
「もし ブレーキをかけずに歌ったら」
「作ってみたい 大神が全力を出せる曲。」


さて、ここまで読んでくださった読者であれば薄々感じているであろう。
キャラクターとしては晴よりも断然ユーリの方がキレている。
出会って間もないクラスメートに粘着し、猛アプローチをかけた上、ネットではアカウントを見つけ出してくる始末。
いくら晴がユーリのファンである可能性があったとはいえ、彼女の行動力と執念は常軌を逸脱しているような描写が目立つ。

これはまさに、「晴との対比」として描かれているのだろう。

コンプレックスを抱き、他人の目を過剰に気にする晴。
自身の欲求・好奇心に忠実に、他人の目を意に介さないユーリ。

物語が進むにつれ、晴はユーリの音楽や歌詞だけでなく、その人間性にも惹かれていくのではないだろうか。
同時に、正反対の二人が故の不和が発生することも想像に難くない。

果たして物語は如何にして進んでいくというのか。

記事は最終編へ続く。

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