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国家の役割

最近クルド人の話題を聞かない日は少ない。
彼らは、ユダヤ人が自分の国を持ったことから、現在自身の国を持たない唯一の民族である、と言われている様である。
とすると、ともすれば可哀想だ、という感想になりそうなものである。
しかし残念ながら、彼らの日本での行動発言等を見る限り、私はそうは思わなかった。
彼らは現地に馴染もうとすることはなく、その都市の婦女子を複数人で取り囲んだり、ゴミ捨てを含む居住マナーを守らなかったりと言った迷惑行為を行う、だけならまだしも、最近はクルド人として組織的犯罪にまで手を染めている。
そもそも、不法滞在者も少なくないとのことである。
お祭りやってる暇があるなら、同胞の不法状態や不法行為、また迷惑行為をなんとかするのが先であり、それが出来ないなら不法滞在者と犯罪者は国外追放処分するべきではないか?
他国にいさせてもらう立場なのであるなら、合規適正かつ郷に入りては郷に従えの順守が必要になるだろう。
さて、ここからが本題である。
国家の役割とは何であろうか?
端的に言うと、国民を保護する、が答えになるであろう。
というのも、夜警国家と呼ばれる国家の必要最低限の機能しか持たない国家であっても、軍事(防衛)機能と警察機能は持っているのである。
実際には外交とかの機能もあると思うが…
極端に言えば、残りの機能は福祉国家としての付加的な機能なのである。
なので、基本的な考え方としては、国は国民を守らないとならない。
自国内は勿論、他国においてもそうである。
他国の大使館、領事館が存在する大きな理由の一つは、その国における自国民の保護である。
パスポートを無くしたりした時に泣き付く場所であるのはそういう理由である。
逆に言うと、自国内にいる他国の人間は、その人間を一義的に守る義務があるのはその人の国籍のある国なのである。
例えば、日本国内の生活保護が無ければ生きていけない外国人の面倒を見るべきなのは、日本ではなくその人の国籍の国なのである。
当然、国内の他国民に対しても、一般的な意味での人権の保護は道義的責任として存在する。
しかし、その責任の中には不法滞在者や犯罪者を強制送還しないだとか、外国人に生活保護を与えるだとか、自国民の人権を脅かす外国人を野放しにするとか、外国人に選挙権をあたえるとかは含まれないのである。
疑問を持つ人は、外国にいる日本人がその様な扱いを外国から受けるかどうかを真剣に考えてみて欲しい。
極々一部の酔狂な福祉国家には確かにそういう国家もあるかもしれない。
だが、明らかに一般的ではない。
どうして国際的に一般的ではない酔狂なことを日本がしなければならないのだろうか?
普段から国際標準を声高に叫ぶ人間に限って、国内の外国人の取り扱いについては、国際標準から明らかに外れた異常な取り扱いを求めるのである。
それは明らかに道理が通らないだろう。
国家の役割は自国民を守ることであって、他国民を守るのはその祖国である。

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