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自分じゃない誰かに。

ひらりとスカートを揺らしながら、力強いまなざしで人を魅了する。綺麗に整った顔とは裏腹に表情は今にも泣きそうな、苦しそうな表情をしながら多くの人の中心に立って歌っている。周りの人たちは彼女から、目が離せず開いた口が塞がらないようだ。こんな風に周りを解説している私も全身の鳥肌が立っている。この時私は初めて、山下透を見た。

人生でこの人のようになりたいと思ったことはあるだろうか。私は、ある。
一度目は、幼馴染である太一に。

太一はよく人に好かれる。それは、誰にでも平等に接することのできる優しい性格と、いつも楽しそうに笑っている彼の雰囲気が人にこの子といたいと思わせるからだろう。

私は、夢もなく暗くて居場所がないタイプだった。

私はいつも一人でいたが、ある日一人の女の子が話しかけてくれた。仲のいい子が学校を休んで、一人だったため独りぼっちだと周りに思われないように私に話しかけたのだろう。でも、私はそれがとても嬉しかったのだ。

今日話した子と明日はこんな話をしてみよう、好きなものはあるのかなそれも聞いてみよう。しかし次の日にその子が私に話しかけてくることはなかった。なぜなら、仲良しな子が元気に学校へ来たからだ。その時に初めて気づいた、私は都合のいい人間なのだと。

とても悲しかった。だから、私は太一にとても悲しいと伝えた。

でも、太一は私を慰めたり共感はしてくれなかった。

「その子が、すみれを一人にならない為の道具みたいに使ったことはひどいと思うよ。でもさ、なんですみれは今日その子に話しかけんかったん?話したいことがあったんだろ?昨日話したんだったら、また話しかければよかったじゃん。受け身でずっと待っといて、話しかけなかったことが悪いみたいに言うのは違うだろ。」太一が言ったことは正論だった。

でも、根暗で今まで人に自分から話しかけたことがなかった私が一度話しかけられただけの子に話しかけるのがどんなに勇気のいることか太一は分かってない。

「私だって話しかけようと思ったよ。でも、私が教室に入ったときにはもう友達と楽しそうに話してたもん。そんなところに、話しかけに行けるわけないやん。太一と違って私は人見知りで、人と上手く話せへんし、何もしなくても好かれるような人間ちゃうねん。」

今思うと、なかなかな屁理屈だと思う。

普通は自分のアドバイスを聞かず、言い訳をたらたら述べられたら呆れるか、イラつくかの二択だろう。しかし、太一はどちらにも当てはまらないとんでもなく優しい男の子なのだ。

「すみれが人見知りなんは知ってるよ。でもさ、それに甘えて言い訳して、自分で変わる努力せんかったら友達なんかできひんで。」

太一は呆れず、私の為に注意をしてくれるのだ。本当に有難い話だ。それから、私は頑張ってみようと思い努力した。

人に好かれるようにすることはとても簡単だったのだ。なぜなら、太一という今自分がなりたいと思っている見本が傍にいたからだ。私達は生まれた時から、母親同士が仲が良いため一緒にいた。9年近く傍でずっと太一を見てきたのだから、太一がどんな風に笑うのか、太一ならどうするのかが手に取るように分かる。

ならば、それを実行すればいいだけなのだ。すぐに、努力の結果は現れた。以前の自分では考えられないほどの友達ができたのだ。

でも、これは私ではない。人に好かれるために、太一という一人の人間のまねごとをした嘘と演技で作り上げた“理想のすみれ”だ。そんな理想のすみれを演じたまま私は15歳になった。

ある日テレビの歌番組を見ていたら可愛らしい女性アイドルグループが出てきた。アイドルに興味のない私は飼い猫のアイちゃんを撫でようと手を伸ばした時母に声をかけられた。

「ねぇ、すみれ。このアイドルグループのセンターの子あなたの一つ年上なんだって。凄いわね。」

「たしかに、高校1年生には見えんな。めっちゃ大人っぽい。」

あまりアイドルに興味のなかった私は適当に返事をし今度こそアイちゃんを撫でようと思ったが、その子のアイドルになった理由を聞いてなんとなく見てみようと思った。

そのあとは、冒頭のとおりだ。母と父は口を開けたまま見入っているし、私は全身の鳥肌が立ってセンターの山下透から目が離せない。

これが2度目の憧れ。

「俺初めて、女性アイドル見てかっこいいと思ったわ。今調べたらこのグループ今ちょうど新メンバー募集してるらしいで、お前応募してみたら。」

少女たちの歌の披露が終わってから、興奮したように兄が私に向かって話しかけてきた。

私は、生まれて初めて誰かに影響を受けて挑戦したいと心から思った。次の日には、服を買って美容院に行って兄に写真を撮ってもらった。

山下透という少女にこんなにも目が惹かれるのは彼女のアイドルを目指した理由なのだろうかそれとも彼女の存在そのものなのか。

数か月後、私は彼女のそばにいるのだろうか。沢山の幸せな想像をしながら今日もベッドに入る。山下透、私は彼女のようなアイドルになれているのだろうか。

結果が届くのはまだ先の話だ。

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