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自分の創出価値がわかれば怖くない! クライアントと信頼を築く“ワンランク上”の価格交渉術

「自分の収入に満足していますか?」

フリーランスにとって、ドキッとするこの質問。フリーランス協会が実施する調査「フリーランス白書2023」によると、実に回答者の4割強が「収入に不満足」と答えています。収入を上げるには、仕事の単価を上げるのも有効な手法のひとつ。しかし、「クライアントに値上げを切り出しづらい」、「交渉の仕方がわからない」と苦手意識を持つ人も多いのではないでしょうか。

株式会社 AND CREATE 代表取締役の清水久三子さんは、外資系コンサルティング会社を経て、人材育成のコンサルティングや研修講師として活躍。『フリパラ』でもフリーランスが及び腰になりがちな交渉術を、わかりやすく解説してくださっています。そして今回、清水さんが取り上げたのが価格交渉です。

「フリーランスとして活躍するなら、自身の商品力と営業力に並び、交渉力も重要な要素。取引先と信頼を築き、良質なアウトプットを呈示していれば、価格交渉も案外うまく運ぶものですよ」と清水さん。ここでは「交渉力」にクローズアップし、自分の価値を知り、伝える方法、交渉を通じて取引先といい関係を築くコツを伝授いただきました。

※この記事は、フリーランス協会「Independent Power Fes 2023」内のセッション「ワンランク上の「価格表」作りと価格交渉」の内容をもとに作成しました。

登壇者プロフィール
清水 久三子さん
株式会社 AND CREATE 代表取締役  
外資系コンサルティング会社で企業変革戦略チームや人材育成部門のリーダーを歴任し、2013年に独立。研修講師や人材育成のコンサルティング、プレゼン指導のほか、フリーランスの価格交渉のアドバイスを行う。
主著に『外資系コンサルに学ぶ聞き方の教科書』(東洋経済新報社)、『通じる文章にする5つの力』(日経BP社)、『一流の学び方』(東洋経済新報社)ほか。フリーランス協会公式note『フリパラ』にて、「ワンランク上のフリーランスになる!」を連載中。

交渉を成功させる「3つの力」


清水さんによれば、フリーランスの「交渉力」は、自己効力感価値伝達力、そして関係構築力の3つで構成されるそう。中でも自己効力感は、ほかの2つの前提となる欠かせない要素です。

「価格交渉が成り立つのは、“自分の仕事が誰かの役に立っている”という自信があるから。特に近年は売上や収入を、自身の貢献度や生み出した価値として捉える人が増えています。あわせて大事になるのが、自分が発揮する価値を正しく認識して伝えること、そして相手に価値を受け入れてもらう関係性です」

清水久三子さん。会社員時代には数十億円もの値上げに成功するなど、ネゴシエーターとしてのセンスも抜群! 独立した今も、折を見ては取引先に値上げを持ちかけているそうです。

ここで清水さんは、交渉力に長けた有名人として画家のピカソを取り上げました。ピカソは「存命中に経済的に最も成功したアーティスト」として知られ、一説によれば彼の生涯年収はなんと8000億円! 同じく偉大な画家として有名なゴッホが、生前にほとんど評価されることがなかったのとは対照的です。

「どうしてピカソがこれだけ稼げたのかといえば、彼は自分の価値をステークホルダーに伝え、関係を築き続けてきたからです。たとえばアトリエに画商を集め、作品の制作意図や思いをプレゼンする機会を設けていました。結果『買いたい』と、オーダーが殺到したそうです。また、彼の正式な名前はかなり長いのをご存知でしょうか。名前にご縁があった方の名を次々と加えることで、相手に親近感を持ってもらえることを彼は知っていたのでしょう」

そしてもうひとつ見逃せないのが、ピカソは自分の能力を安売りしなかったこと。レストランで食事をしていたときにファンと名乗る女性にリクエストされ、30秒ほどでナプキンに美しい絵を描くと「1万ドルです」とピカソ。驚いた女性は「30秒で描いた絵なのに?」と尋ねると、ピカソは「いや、30年と30秒かかっています」と答えたというエピソードが残っています。

みなさんのアウトプットには、作業にかかった時間のみならず、これまでの経験や知見、スキルの習得に要したお金や時間など、いろんなものが含まれています。アウトプットにどれだけの経験やスキルをつぎこんだのかを自覚し、周囲に伝えることが大事なんです」

自分の価値を認識し、伝えられる「価格表」づくり


自分の価値を相手に伝えるには、何から始めればよいのでしょうか。清水さんは「価格表を作成しましょう。つくる過程を通じて、自分が発揮する価値を客観的に認識できますよ」と話します。そこで価格表作成の4つの視点を教えてもらいました。

講演は時折ワークも取り入れながら進められた。グループワークでは初対面同士にもかかわらず、すぐに打ち解け合うフリーランスのみなさん。価格交渉の場でも、高いコミュニケーション力を発揮できるか!?

視点1:めざす単価を考える

価格を考えるときは、時間単価を基準にするとわかりやすいと清水さん。

売り上げの妥当性は、稼働時間とセットで考えないと見えてこないからです。一見高額な報酬に映っても、毎日の稼働時間が長ければ、実は大学生のアルバイト以下だった、なんてこともあり得ますよね」

そのうえで次の4つの指標を参考に、めざす単価を設定します。

現状単価:現状月収÷現状月間稼働時間

  1. 現状単価:現状月収÷現状月間稼働時間

  2. 妥当単価:赤字にならない・疲弊しない単価

  3. 希望単価:満足できる・目指す単価

  4. 市場相場価格:その市場の一般的な単価

視点2:現状と市場のギャップを把握する

次に把握したいのは、現状単価と市場相場とのギャップ。3つのパターンがあり、次の図は赤い線が市場相場単価を示します。

パターンA:現状単価と市場相場単価がほぼ同じ
「現状単価の値上げが難しいパターンだと思われます。現状単価でよいのであれば、1時間の仕事を30分で行うなど、稼働時間を減らす工夫が必要です。仕組み化する、機械を使うなどですね。あるいはもうこれ以上無理だとしたら、能力を発揮する場(市場)や仕事を変えるという選択もありだと思います」

パターンB:妥当単価と市場相場単価がほぼ同じ
「ご自身に『妥当単価程度の価値は出している』という認識があるのなら、これが一番交渉の余地ありなパターンですね。市場相場単価と現状単価のギャップは交渉で埋めることが可能です」

パターンC:希望単価と市場相場がほぼ同じ
「このパターンはスターの仕事といえます。いろんな人がその分野で活躍していて、かなり高い料金をもらっている場合は、もしかすると自分の商品価値が追いついていない可能性があります。よって品質やスキルを向上させて実績が出れば、徐々に希望単価まで上げていけます。この場合は自分の努力次第になってくると思います」

視点3:価格を決める2つの考え方を知る

価格を決めるうえでの考え方は大きくわけて2つ。市場価格から考える「マーケットドリブン」と、コストの積み上げで考える「コストドリブン」です。

「マーケットドリブンで考える場合、市場価格との差がポイントに。自分の価格と市場価格が同等であれば、それほど交渉は難しくありません。市場価格より高いプレミアム設定の場合は、相手に自分の価値を伝えないといけません。また、市場価格より低く設定し、仕組み化するなどローコストオペレーションを徹底する分、数をとることでカバーするという戦略もあり得ます。

なお、コストドリブンで考えると、市場価格を上回ることが多いです。どの考え方や市場価格戦略を取るかは、どれぐらい稼働できるか、稼働したいかというところにも大きく関わってきます」

視点4:パーツ型かパッケージ型か

クライアントに提示する価格表は、普段の取引の形に沿って設定するとわかりやすくなります。

「デザイナーならフライヤー制作やロゴ制作、バナー制作とパーツで価格を設ける、Web制作なら『この価格ならこのくらいのページがつくれます』というように、パッケージ型で提示するなどです。数パターンのパッケージを呈示することで、クライアントも選びやすくなりますね」

もちろん清水さんも、業務に合わせて価格表を作成しています。

「同じ集合型の講演でも企業研修と公開セミナーでは、単価を変えています。公開セミナーは会場費や人件費など主催者の出費も多いので、企業研修よりも価格は抑えめ。でも自分を広く知ってもらう効果を考えると、妥当性は高いですね。市場別に価格表をつくるのも有効です」

自分の貢献と相手の利益を可視化する比較価格がカギ


自身の価値を明らかにしたら、次はその価値を伝える「価値伝達力」を考えます。気になるのは、いつ、どのように相談を切り出すか。清水さんは、「タイミングが大事!」と話します。

「新規契約や、更新や年度など区切りのタイミング、追加要件が発生したときや、仕事が立て込んで稼働時間が取れないときなどもよいと思います。ちなみに物価高騰の今は、交渉のグッドタイミング! 取引先も状況を十分理解しているでしょうし、他社が値上げするとなれば『うちも』と、検討してくれることでしょう」

清水さんの解説を聞く参加者のみなさん。真剣なまなざし!

交渉でポイントになるのは、提示金額の妥当性。相手に値上げする意図やメリットが伝わらなければ、交渉は不発に終わってしまいます。ここでカギを握るのが、比較価格の存在です。

「たとえば『スキルを持った人材を社内で育てると○円かかります』『いま私が行っている案件を他の人に任せたらスイッチングコストがかかります。1から説明することを考えれば、この額は妥当ではないでしょうか』など、本来このぐらいの額が必要なんだというところから話を始めると、説得力が高まります」

また交渉の入口は、メール送付が無難だと清水さん。

「対面で切り出されてもきっと即答できないですし、ちょっと気まずくなりがち。私の場合は数年ごとに価格を見直し、『新年度の4月より価格改定をします』と、取引先に一斉メールで送っています。断られることもありますが、意志を伝えることで次につながることも。まずは恐れず、提案してみましょう」

関係構築ができる2つの交渉テクニック


「価格表を提示しても相手との関係性が築けていなければ、交渉はうまくいきません」と清水さん。そう、交渉の場では、関係構築力を発揮する必要があります。押さえておきたいのは、交渉には条件や要求の折り合いをつける「コト系ネゴシエーション」と、人と関係を築く・修復するための「ヒト系ネゴシエーション」の2つパターンがあることです。

コト系ネゴシエーション|目的やゴールを共有する

「コト系の極意は、敵と味方の関係にならないこと! お客様がしたいこと、自分が実現したいことをすり合わせ、ビジネスパートナーとして互いの目的やゴールを達成する仲間の関係を築くことを意識しましょう。そして相手の顔を潰さないように。特に価格交渉では比較価格をうまく用いて、『予算をこれだけ減らせた』というメリットをもたらすようにしたいところです」

ヒト系ネゴシエーション|絆づくりを大切に

「ヒト系のいちばんは、絆をつくること。関係性が築かれていないうちは、『この人を信用していいのか』、『きちんとアウトプットを出してくれるのか』など、相手側は不安に感じているもの。その解消に向けたコミュニケーションを、意識すべきです。相手の顔色をうかがって、自分からディスカウントしてしまう人がいますが、問題の本質から避けていてはうまくいきません。何が不安なのか相手の本心を聞き出し、相手が本当に求めている点を解決することが必要です」

また絆を築くには、自分と相手の共通点を見出すのも有効だそう。関係の構築は、相手からの無茶ぶり回避にもつながります。

こんなときどうする? パターン別交渉術


ここまでの解説で料金交渉のプロセスはクリアになったものの、実際は「こう言われたらムリ…」とつい弱腰になってしまう場面も。清水さんに、具体的な交渉方法を教えてもらいました。

シーン1:「弊社規定の料金なんです」

「私の場合は『参考までに』と前置きしたうえで、同様の業務を他社で受けた場合の金額をお話しします。伝えてみると、検討してくれる企業も意外と多いですよ。または『これもやります』と要件を少しオンして、全体で価格を上げるのもいいですね」

シーン2:「ついでにこれも、見積もり内でお願いできますか?」

「前提として最初に仕事を請けるとき、ボーダーラインを決めておくこと。そうすれば、追加業務だと伝えやすいでしょう。コツは複数の選択肢を示すこと。金額、納期、品質、効果など条件を変えた見積り案を3パターンほどつくり、その中から選んでもらうようにすると、さわやかに交渉できます」

シーン3「来期もこの金額でお願いします!」

「『こう言われてしまうと、交渉しづらい…』という気持ちもわかります。でも比較価格の考えを用いてこれまでの実績や稼働状況をアピールし、ダメもとで価格表を出してみましょう」

取引先の無茶な要求にNOと言えないのは、仕事を失う怖さもあるのかも。清水さんは取引先のポートフォリオを見直すことも大事だと訴えます。

「取引先が1社や2社では、切られたら生活できなくなる不安から、交渉を回避しがちです。既存顧客が6割、新規2割、新形態の業務などチャレンジ案件2割程度のポートフォリオだと、仮に既存顧客の失注にあっても、『チャレンジ案件でスキルアップしたのを生かし、新規のお仕事を得るチャンスだ』と、心の穏やかさにもつながりますよ」

「自分から動かなければ、何も変わりません。今日の学びをぜひ実践に移してみてください!」(清水さん)

清水さんは「まずは動いてみて!」と、私たちにエールを送ります。

「初めのうちこそ『こんなこと言い出していいのかな?』、『ガメついと思われないかな?』と不安に感じるかもしれませんが大丈夫。何度もやっているうちに慣れてくるもの。自分の価値を正しく伝え、相手に考えるきっかけを示しましょう

心身ともにヘルシーに働き続けるには、お金の不安や不満を取り除くのは大切なことです。今回の方法を踏まえながら、まずは価格表づくりから始めてみてはいかがでしょうか。

ライター/加藤知子
省庁勤務、大学職員を経て、会社員として採用広報をしながら、ライターとして活動。取材対象者の魅力を引き出し、読者に気づきを与えられる記事を書いていきたいと奮闘中。家族でオーストラリアに移住するのが夢。好きな食べ物は、ピノ。
note:https://note.com/joyous_zinnia73

撮影/鈴木江実子

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