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「見たことあるけどよく知らないもの」を分かりやすく伝える | ライター・路線図マニア 井上マサキさん【偏愛マニア #05】

「好き」で続けてきたことがどのように仕事につながってきたのか、「偏愛」を軸に活動をする方々のお話を伺いながら紐解いていく「村田あやこの偏愛マニア探訪記」。
今回ご登場いただくのは、​​ライター・路線図マニアの井上マサキさんです。
企業関連の硬い内容の記事を中心に、人気Webメディア「デイリーポータルZ」での取材記事や、「路線図マニア」としての書籍執筆まで、幅広いジャンルでライターとして活躍されている井上さん。実は前職はシステムエンジニアでした。
 
ライターになったきっかけや、「路線図マニア」として、そして「ライター」としてどうお仕事が広がってきたのか、井上さんにお話を伺いました。

井上マサキ(いのうえ・まさき)さん
システムエンジニアとしてSIerに約15年勤務したのち、フリーランスのライターに。理系・エンジニア経験を強みに、企業取材やコーポレート案件など幅広く執筆するかたわら、「路線図マニア」としてメディアにも多数出演。著書に『たのしい路線図』(グラフィック社)、『日本の路線図』(三才ブックス)、『桃太郎のきびだんごは経費で落ちるのか?』(ダイヤモンド社)など。

ブログをきっかけに、エンジニアからライターへ

ーー井上さんの現在のお仕事を教えてください。
 
フリーランスのライターです。採用ホームページの社員インタビューや企業の事例紹介、経営者へのインタビューといった企業関連の他、東京都立産業技術センターの公式noteでの取材記事などのライティングがメインです。Webメディア「デイリーポータルZ」でも定期的に取材記事を執筆しています。
現在は一旦お休みしていますが、今年の春まで10年間、『M-1グランプリ』や『キングオブコント(KOC)』といったお笑いの賞レース​​の採点分析レビューも書いていました。
 
ーー井上さんは毎月ご自身のnoteで、「月報」としてその月のお仕事を紹介されていますよね。硬いものから柔らかめのものまで手掛ける内容が幅広く、専門的な内容であっても読みやすく、すごいなあと尊敬しています。
現在はライターとして大活躍ですが、もともとはエンジニアだったとか?

 
はい。新卒から15年間、IT業界でシステムエンジニアをしていました。大学も工学部通信工学科というバリバリの理系。昔は読書感想文を枚数ギリギリで提出するほど、作文は大の苦手でした。
 
ーー意外です!システムエンジニアとしてはどのようなお仕事を?
 
当初は携帯電話の交換機や内蔵カメラの開発などを行っていました。1998年に入社して、ガラケーが進化していく過程の時期だったので、そこそこ忙しかったですね。
その後部署異動して、会社の社内で使うイントラネットのシステム開発や、技術営業などにも携わりました。
 
ーーエンジニアからライターに転向されたのは、どのようなきっかけがあったんでしょうか?
 
実は仕事の忙しさとプレッシャーの大きさから体調を崩し、2013年9月に早期退職制度を使って会社を辞めたんです。
当時、30代後半。希望すれば会社が再就職の斡旋をしてくれたものの、またIT業界で働くことに二の足を踏んでいました。
システムエンジニア時代に趣味でiPhone関連の情報ブログを書いていたんですが、再就職するかどうか悩んでいた時期に、妻が「IT関連のメディアでライターを募集してるから、書いてみたら」とすすめてくれたんです。
仕事のリハビリ的な意味を込めて、Webメディアに寄稿したのが、ライターとしての第一歩です。最初の記事は、iPhoneのアプリのレビューでした。画面のスクリーンショットを載せて機能を解説したり、便利なポイントを紹介したりするといった内容です。
 
ーーブログで発信されていた内容と近いジャンルから、ライターとしてのお仕事が始まったんですね。

狭いジャンルで第一人者になる

ーー当初は、ライター専業になるとは考えていなかったのでしょうか。
 
はい。ただ、レビュー記事をきっかけに少しずつ他のライティングの依頼が増えてきて。「まずは1年ライターとしてやってみよう」と仕事を探したところ、転職サイトのライター募集にたどり着きました。よく転職サイトに「和気あいあいとした職場です。社員一同、待っています!」みたいなスタッフの声が書かれていますよね。あれです。
「IT系のキャリアがあるライター」ということで採用され、しばらくライターとしてお世話になっていました。
 
ーー前職の経験が買われたんですね!
 
退職して1年ほど経った頃、「本格的にライターになろう」と一念発起し、ゲーム作家・米光一成さんが講師を務める、宣伝会議の「編集・ライター養成講座」を受講することに。そのタイミングで、税務署に開業届を出して個人事業主になりました。
 
ーーライターとしてやっていこうと腹をくくったのには、どんな心境の変化が?
 
お仕事を継続的にいただけていたのに加え、IT業界にいた頃よりストレスなく楽しく働けていたんです。ただ、メディアや出版社へのつながりが全くなかったので、人脈を広げるために講座に通うことにしました。
 
ーー井上さんは「路線図マニア」として書籍を出されたりメディアに出演されたりしていますが、これも講座がきっかけだとか。
 
講座の中で「プチ専門の第一人者になろう」という課題が出たんです。例えば「映画のライター」だと幅広すぎますが、「フランス映画の◯◯監督に詳しいライター」だと、第一人者になれる可能性は高まりますよね。

井上家のリビングで飾られている、ロンドンの路線図

ーーもともと路線図はお好きだったんですか?
 
はい。新婚旅行でロンドンを訪れた際、地下鉄の路線図がきれいで、いいなと思ったのが最初のきっかけです。印刷して、リビングに飾っていました。
ロンドンの路線図はデザインとして確立されているので、現地の交通博物館では路線図のグッズまで売られているんです。その時に買った路線図のお盆を今でも持っています。
鉄道に詳しい人はごまんといて、その中で戦うのは絶対に無理なので、「路線図のデザイン」といった違う切り口からアプローチしてみることにしたんです。
 
ーー路線図は「みんなが日々目にするけれど、実はよく知らず、掘り下げてみると面白いもの」。井上さんの書かれる他の記事にも通ずるように思います。
 
そう言われると、原点かもしれません。

「路線図の人」としての活動の広がり

路線図をただながめて「いいねぇー」というだけのオフ会。
写真提供:デイリーポータルZ

ーー「路線図マニア」としては、その後どのような広がりが?
 
講座の中では「プチ専門」をテーマに、週刊誌に連載するつもりで定期的に記事を書くという課題のほか、「それぞれのプチ専門でオフ会をする」という課題も。企画を立てたり集客したりするのが編集としてのスキルアップになる、という趣旨です。
「路線図」のオフ会を開催したところ、なんとデイリーポータルZのライター・西村まさゆきさんが、Twitter(現X)の告知を見て来てくださったんです。
 
ーーすごい!西村さんは、その後『たのしい路線図』『日本の路線図』といった書籍を一緒に出版される相方ともなりますよね。
 
オフ会では渋谷で鉄道の路線図を観察して、その後みんなでカラオケに行って路線図についてああだこうだと語らったんですが、西村さんがその時の模様をデイリーポータルZで記事にしてくださいました。
昔から読んでいた憧れのデイリーポータルZに顔が載った!と嬉しかったですね。
 
記事をきっかけに、西村さんと「路線図ナイト」というイベントを定期開催することに。初回で100人以上の人が集まり、満席になりました。そこからデイリーポータルZにもライターとして関わることになりました。
イベントを出版社の方が見てくださったことをきっかけに、1冊目の『たのしい路線図』という書籍も出版しました。
 
ーーオフ会が「井上さん=路線図の人」と認識される大きな出発点にもなったんですね。
 
「路線図の人」という認識が広まったことをきっかけに、「マツコの知らない世界」といったテレビ番組やラジオ番組にも、時々呼ばれるようになりました。
 
最初の本が出版される頃、ライターとして『99人の壁』というテレビ番組を取材することに。
本の宣伝になればいいなと思って、出場者としても申し込んだところ、あれよあれよとオーディションを通過し、本番で全問正解して、なんと賞金まで獲得
してしまったんです。収録後に司会の佐藤二朗さんに、ライターとしてインタビューに訪れたところ、「君はさっきの……!」と驚いていましたね。
まさかこんなことになるとは。人生わからないものですね。
(筆者注:その時の模様はこちら https://www.fujitv.co.jp/muscat/20180566.html

一度は見たことがあるけれど、よく知らないものを掘り下げる

ーー「路線図マニア」としての大活躍と並行して、ライターとしてのお仕事はどうやって広がってこられたんでしょうか?
 
先述の講座で「エキレビ!」の前編集長・アライユキコさんをゲストに、記事のオーディションが開催されたことがあり、なんと初回で通過し掲載にまで至ったんです。アライさんとお話する中で、お笑いが好きでテレビもよく見ていると伝えたところ、レギュラーのライターとして関わることに。
また、当時子どもが7歳、4歳で育児をしていたこともあり、育児関係のメディアでのライティングも始まりました。そうやって徐々に仕事が広がっていきました。
 
ーー「お笑いやテレビが好き」「子育てをしている」といった、プライベートでの経験が仕事に生かされるという点は、前職と違いそうですね。
 
そうなんです。育児のほか、テレビ番組のレビューやお笑いショーレースの採点、大喜利など、それまで人生を過ごしてきた中での蓄積が記事になっていましたね。

ピコピコハンマーの正式名称は、実は「ノックアウトハンマー」。記事はこちら
写真提供:デイリーポータルZ

ーーデイリーポータルZでの記事も、例えば「旅館の固形燃料」や「GigaFile便」など、身近だけどよく知らないものを分かりやすく掘り下げていて、いつも楽しく拝読しています。
 
「マジックインキ」や「火災報知器」、「ピコピコハンマー」など、みんな一度は見かけたことがあるけれど、実はよく知られていないものについて、メーカーに話を聞きに行くなど、「あるある」から着想することが多いですね。

バラエティ番組でよく見る「ビリビリ椅子」を作る会社を取材する、井上さん。記事はこちら
写真提供:デイリーポータルZ

ーー現在は企業関連のライティングを多く手掛けていらっしゃいますが、どのようにお仕事につながっていったんでしょうか?
 
個人ブログのプロフィールに「元エンジニア」と書いて仕事の実績をまとめていたところ、それを見た編集プロダクションの方から、新卒採用向けの社員インタビューを依頼されたのが、最初のきっかけです。ここでも「元エンジニアとして内側をちゃんとわかっている人に書いてもらいたい」と、前職での経験が生きましたね。
IT業界の経験があってライターになった人は意外と希少なんだな、と思いました。
 
その後は、記事を見た別の方がオファーしてくださったりと、仕事が仕事を呼んでいます。ありがたいことに、これまでまったく営業をしていないんです。
 
ーー理想的な仕事の広がり方です。難しいことを文章で分かりやすく噛み砕いて伝える、という点も、前職でのご経験が生かされているんでしょうか。
 
僕自身が難しいことを難しいまま理解できないので、一度分かりやすい言葉で、自分の中で噛み砕いているんですが、意外とITの仕事でもそれが大事なんです。
例えば何か障害が発生した際には、どういう原因がどういう結果につながったかを文章で人に伝えなければなりません。ロジックの基本構造がしっかりしていることは、仕事上必須でしたね。

共感を呼ぶものや、誰かに話したくなるもの

ーー井上さんご自身のご経験を振り返ってみて、「好きなジャンルで仕事を広げたい」と思っているライターさんに、なにかアドバイスはありますか?
 
あまりに専門分野に入り込みすぎたものよりは、ジャンルとしてはニッチだとしても「ああ、あれね」という共感を呼ぶものは、「よく知らない世界だね」で終わらず、仕事として広がりやすいかもしれないですね。
加えて「こういうの、あるよね」と、誰かに話したくなる要素があると、SNS内でのシェアや編集者間でのシェアにつながって、より認知されやすいかもしれません。
 
ーー「路線図」もまさにそうですね。
 
講座の課題がきっかけではありましたが、そうしたちょっとした入口から詳しくなるのもありだと思います。
当初「路線図の仕事なんてあるのか?」と思っていましたが、意外とあったので、わからないものです。
ただ、「仕事になるからこれを専門にしよう」という邪な気持ちがあると、あまりうまくいかないかもしれません。前例があるということは、手垢がついているということでもありますしね。
 
ーー自分の純粋な興味から突き詰めていくと、意外と新たなジャンルになりうるかもしれないですね。
 
「必ずなります」とは言えませんが、「これをやってなんの意味があるんだ」というブレーキをかける必要はまったくないと思います。好きだったら続けていけばいい。後から仕事がついてこなくても、好きなものだったらやっているだけでも楽しいですよね。
 
ーー今後手掛けてみたいお仕事のジャンルはありますか?
 
児童書をやってみたいですね。年齢層が低い子ども向けに、何かを分かりやすく書いて伝える本を作ってみたいです。
 
ーー井上さんがこれまで積み重ねてこられた視点やスキルを、まさに活かせそうですね。

偏愛マニア探訪後記

企業取材から「路線図マニア」としての書籍、エンタメ関連のコラムまで、ライターとして幅広いジャンルの記事を手掛けていらっしゃる井上さん。
私自身ライターとして「こんなふうに仕事を広げていきたい」と憧れる、先輩ライターです。

本格的にライターになろうと決めて通った講座で、オフ会をきっかけに「路線図マニア」として知られることになったり、記事のオーディションを通過したり。さらには取材する予定だった『99人の壁』で、出演者側としてグランドスラムまで達成してしまったり。

お話を伺っていると、井上さんご自身がその場その場を楽しみながら、着実なお仕事で結果を残し、目の前のチャンスをしっかりとものにされてこられた蓄積が、現在のご活躍につながっているのだろうな、と思いました。

これからも、勝手に背中を追いかけさせてください!


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