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【書評】アドルフに告ぐ

貧乏暇なしとはよく言ったもので、最近は映画観る時間さえ確保できないことが多い。漫画なら隙間時間でゆっくり読み進められるので漫画だけは相変わらずたくさん読んでいます。

そんな中、またしても新型コロナに罹って隔離生活に堕ちてしまったので本棚にある古い漫画を読んでいましたが、この「アドルフに告ぐ」を久しぶりに読みました。傑作なのはとっくに知ってましたが、世間の知名度はイマイチ?知る人ぞ知る漫画になってますけど。なんでかわかりませんけれど。

「慈しみの女神たち」のジョナサン・リテルは間違いなくこの漫画を知ってるはずです。いや、勝手な想像ですが、あの作家はごくありふれたナチスオタクのエリート階層ですから普通に教養としてこれは読んでるはず。それでいて、多分だが主人公のマクシミリアン・アウエ博士はこの漫画のアドルフ・カウフマンSS中尉の影響下にあるキャラクターと思われる。まあ、推測でしかないけど共通点は大変に多いのでそう思われても仕方ないと思う。ま、どっちでもいいことだけれど。

「アドルフに告ぐ」は主人公の人生が残虐な独裁体制に翻弄されズタズタにされてゆくサマを随分長くねっとりと描いた大河物語である。3人の主人公と公に言われているものの、現実には主人公はアドルフ・カウフマン一人である。あとはモブ。(一見主人公にしか見えない峠草平は狂言回しだと最初に書いてある。でもまあ主人公がもう一人いるとすればこの人だろうね)

ユダヤ人ってなに?なんでレットウなの?なんで仲良くしちゃいけないの?とつぶらな瞳で母に尋ねていた純粋善そのものであったカウフマン少年だが、ナチス幹部の父親の意向でナチス幹部の養成校に入らされ、意に反して国民社会主義のエリートとして優秀な成績で卒業し、ベルリン地区でバリキャリSD指揮官となってユダヤ人を何百人も殺す純粋悪に変貌。

血も涙もない冷酷な仕事ぶりに上にも気に入られていたが、東部の殺戮の戦場で桁違いの大虐殺を目の当たりにして精神を病む。一転して罪悪感に苦しみノイローゼに。悪人やアウトサイダーを主人公として描くのが大得意な手塚治虫の真骨頂ですが。この辺の流れはめちゃくちゃ「慈しみの女神たち」に似てますな。カウフマンは血の半分が日本人であることがコンプレックス。アウエ博士は同性愛者。この辺の設定も似てる。どちらもナチ社会ではさぞ生きにくいでしょう。コンプレックスあればこそ真面目に働き、悪の体制下で苦しむ羽目に。

狂った元首の下でまともな部下はやって行けんし
まともな元首の下で狂った部下はつとまらん

あの総統の下で忠誠を尽くすわれわれ全員実は狂人の群れなんだ 
おれも 君もな(ニヤッ)


↑のセリフにジョナサン・リテルの文学全部入ってませんかね?笑 気のせいなのか笑

カウフマン少年は母親が日本人で、父親は在神戸総領事館のドイツ大使。そんなわけで日本の独裁体制についてもしっかり描かれている。時代の流れとともに日本が変わっていく様子なども市民の肌感覚で描写しておりリアル。もともとエログロナンセンスに浮かれる西洋かぶれな国だったらしいですよ、戦前の日本も。それが日中戦争開始で国民精神総動員運動が巻き起こって、あれよあれよと贅沢は敵だ、になり、お店でかかるジャズやクラシックも軍歌に変わるし、西洋風料理や洋服は贅沢の象徴に見られ排除されて行く。その辺の流れがわかりやすく描写されている。
この間たったの3年程度であったらしい。

あまりの早さに知識人たちも驚いた。令和の今もあっさりそうなるんじゃないかと危惧する人が多いのはこの記憶があればこそである。

街を彩る音楽は軍歌ばかりに

カウフマン少年のママ由季江さんが、ドイツ料理店をオープンすると、即座に風紀委員みたいな年寄りがやってきて値踏みするみたいに店内を見渡し、贅沢や贅沢やと小言を言う。

これぞザ・日本 今もこんなこと言うやついっぱいいる笑
「このナンジャモンジャ料理はやめてうどんかそばを出しなさい!」


↑のこのセリフは何十年経っても永遠に忘れられない名台詞ですよ。読むたび大爆笑😂

ドイツ料理店にやにわに押し入ってきて、相手の都合全部無視でうどんかそばを出しなさい!ってこれこそが日本流の全体主義の形ですよね。なんでかね、このシーンが何十年経っても忘れられないんですよ。個人的に好きなシーンだからかもしれないけど笑 ジジイが老眼鏡で読みにくそうにしながら読むことすらできずナンジャモンジャ言いながら、もう面倒臭えからうどんかそばにしとけよみたいな。超絶の余計なお世話、というか押し付け。一見お説教口調だけど有無を言わさぬ命令。親の教育とかもこんな感じやんけ。ドイツ式とはちょっと違うけど、これもまた一つの全体主義。日本式の全体主義ですね。こういったものが今でも罷り通ってるのが我が国ニッポンである。(このコマは多くの日本人の共感を生むと俺は信じてるし手塚治虫はやはり天才だったなと感じる)

まーそんな訳ですが、大変壮大なストーリーの漫画でもあり、一言で全て語るのは不可能です。ワタシが言いたいのはこのひとコマ程度のもの。日本とドイツの全体主義の恐ろしさ、醜さ、理不尽さ、鬱陶しさ、そして凶暴性を描いた傑作だと思います。普通は日本人なら日本のことは描けなかったりするし、逆に日本のことだけクソミソに書きまくったりとかが凡人のせいぜい。そこは日独親善ハイルヒッタラ!ですよ!ちゃんと両方平等。両方描くことで国民性の違いを描写しつつ、ファシズムの類似性、共通性みたいなものも描きつつ、歴史を俯瞰するかのような大きな視点も提供してくれている。大変知的な漫画であると共に、極上の娯楽漫画にもなってる。言うまでもなく傑作でして。

ワタシが語った内容などこの漫画の1%も論述できていません。現物を手に取って是非ご照覧あれ。

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