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【映画批評】関心領域

「関心領域」観た。
英国資本の強い映画のようだけど、実際にオフィシエンチム(=アウシュビッツのポーランド名)の博物館隣に4ヶ月もかけてヘスの自宅セットを作って撮影したようである。
言葉はドイツ語、ヘブライ語、ポーランド語と使い分けられているので安心。主演もドイツの有名俳優が並んでいるので演技面も申し分なし。

アウシュビッツ所長ルドルフ・ヘスSS中佐と、その家族が絶滅収容所のすぐ隣の自宅で優雅に幸せにのんびり暮らす様子を観るだけの映画である。設定だの前情報に関しては他サイト参照で。散々語られているのでここでは割愛。

テーマは明白で、地獄と壁一枚隔てただけのクリーンな空間で人間らしく家族と過ごすヘス一家だが、その関心の領域は極めてパーソナルな自分の生活や暮らしに限られており、他者の苦しみなどにはろくすっぽ共感できない人間の身勝手さを観客に突きつけるものである。

今も行われるウクライナ戦争や、ガザでのイスラエル軍の戦後最悪といっていいレベルの民族浄化作戦。テレビでそれらの情報を見聞きして、「ひどいね」と眉を顰めてディナーを続ける我々であるが、傍観者に過ぎず結局他者の苦しみには無関心で、3秒後には全部忘れてTwitterみてオナニーして寝るのである。

酷いもんだが、まあこの映画はそんな酷い我々に「お前らもこいつらみたいやない?それでええんか?」と問い直すような教条映画に近い作りではありますが、それだけで終わりと言い切れる単純な映画でもないです。

まず歴史的な背景、というと堅苦しいですがナチ思想(=国民社会主義)のお勉強になりますけど、これはユダヤ人の金持ちや東部のスラブ人の財産や土地を奪い取ってドイツ人が我が物にする‥これを崇高な理想に置き換えて罪悪感を払拭し正当化する思想である。

国民社会主義とはなんぞやを答えるにあたり、最も短時間で済む簡単な説明となれば↑以外に思い浮かばなかった。結局それだけのもんなんだよ。

色々崇高そうなこと言ってるんだけど、ヒトラー思想は既に力を持ってるユダヤ人(これもまた政治的妄想に近くて東部ユダヤ人の大半は貧困層である)から財産と土地を奪い取る、政治や公職から排除する、物理的に追放し、遠い東のエキゾチックな土地に再定住させる。暴力で。即座に迅速に。再定住させる土地がないってんならお空に飛ばして成仏させましょうやという思想だ。それがドイツ人のためだと。何より俺(ヒトラー)がそうしたいんだよ、と。 

スラブ人?スラブ人は奴隷としてなら仕えさせてやってもええよ。ワレえらい広い土地持っとるのお。それを俺らに寄越せや。農民?失せろや。これからはドイツ人がこの土地を耕すんやけえ。土地耕していっぱい子ども産んで育てるんよ。ドイツ人をいっぱいに増やしたいしぃ。集団農場?じゃあ今日からワテらがそれをうまく活用するけえ。さっさと失せろや。あーまってまって撃ち殺すわ。そのほうが早いしぃ。おうお前らそこのフェンスの前に並べや。

邪魔するやつ?みんな殺すわ。実際殺したわ。それ専用の特殊部隊も作ったで。知識階級?うるさいしみんな殺せや。ドイツの文化以外は認めないしぃ。ガキどもに教育?意味ないから小学四年生まででいいよ。それ以上は学校とか無駄だし俺のブーツでも磨いてろ!ここら辺の灰とかゴミとかいっぱいあるやろ?石ころとか邪魔だから、運べやこのウスノロのボケどもが。文句あるんなら焼き殺して灰にして川にばら撒くしぃ。既に250万人ぐらい殺してるしぃ。お前一人指一本で殺せるしぃ。わかったらさっさと床でも拭いとれや!このポラっけの虫ケラ野郎!

ま、そんな感じですよ。
めちゃくちゃジャイアンですよ。超絶極悪なジャイアン。それがドイツ人です。困ったことに、ナチ思想が特別悪辣だったと言えなくもないですけど、ドイツの植民地経営とかは歴史的に↑のような感じで超極悪だし人種差別も必ずセットでして、単純にテロに頼る好戦的態度も似通っていまして、ヒトラーはけっこうそのようなゲルマンの伝統をよりブラッシュアップし、思想として短期間でまとめただけなんですね。

ヒトラー思想の中にはやたら東方生存圏(レーベンスラウム)とか、そこに根付くゲルマンの武装農民だとか、小難しい用語も数々出てくるんだけどね。植民地がほちぃよぉというそれだけなんすよ結局のところ。第一次大戦で負けて、アフリカとかアジアで持ってた植民地全部手放したでしょ?それが許せねえ、また植民地ほちぃよぉってそういうことですよ。
でも西に向かって大英帝国と戦っても到底勝ち目がないわけですよ。ロイヤルネイビー世界最強すぎて逆らう気もなかった。でも西方電撃戦で案外やれたもんだから欲が出て、一か八かのバトルオブブリテンでボロ負けしてやっぱり大英帝国最凶すぎぃ。。

「我が闘争」によれば大英帝国は人種的に血縁の筈なのに、機会が訪れれば躊躇なく戦うし、あれ?勝てない?となるともう戦いたくないよぉって感じです。めちゃ適当でしょ。

西は無理だしやっぱり東に行くしかねえよぉ、と。
東のボリシェビキの野蛮人どもが作ったカルト政府と、やたらにデカい東方ユダヤ人社会があちこちにあるんで、ユダヤ思想と共産主義は似たようなもんだってことにして、奴らをぶっ飛ばしてまた植民地がいっぱいほちぃよぉ、海軍強くしたり新しく軍艦飛行機作るより、そっちのほうが早いよお。。どうせ大英帝国には勝てないしぃ。。みたいな。

ヘタレですねぇ。。。。。

ヒトラー思想って結局それだけですからね。

端的に言えば、人を殺してもいい、罪悪感とか感じなくてもいい、崇高な使命なんよ、我が総統がそう仰ってるんで安心して殺しなさい!奪いなさい!我が物にしなさい!躊躇なく行動しなさい!獣のように行動せよ!肉食獣の誇りを取り戻せ!人種への忠誠が全てを正当化するしぃ。陳腐な人間性とか憐憫とか同情とか可哀想だとか、そんなのはユダヤ思想が蔓延してる徴に過ぎないしぃ。殺人による心労は個人が民族共同体(フォルクスゲマインシャフト)に提供する価値ある犠牲に過ぎないしぃ。

もういい!って?
そうだね笑 

まあそんな訳なんですよ!
なので、ヘス一家は傍観者とか無関心とかそんな甘いもんじゃないのよ。(これが言いたかっただけなんだけど)

確信犯的猛禽類ですよ。ヒトラー思想に忠実に、人から奪い取って殺して我が物にするを実践し罪悪感を完璧に消すことに成功した、国民社会主義の親衛隊です。

なので単に無関心な傍観者である我々以上の悪がそこにある訳だ。

政治が許せばあっさり人間は悪魔になれる。模範的な略奪者として権力をふるい、良心など痛めずにそこに快適さを見出すことさえできるのである。

その見本市は第三帝国に無数に眠っている。

この映画はそれ以上でもそれ以下でもないけど、音響などの演出面ではA24らしく独特。殺戮の描写は一切なしで、壁の向こうの音だけで何が起こっているかを想像させようとしている。
悲鳴、怒声、銃声、犬の吠え声、走り回る足音、拡声器から流れる運動会みたいな音楽は「炎628」を思い出させる。

監督は「ソドムの市」のような映画は作りたくなかった、と述べている。収容所内の地獄の様相を描くとヘス一家の異様性は薄れると思うし、既存映画(特に「サウルの息子」に酷似してしまうだろうな)と見分けが付かなくなると思うんでこのやり方はこの映画に必要なのだろうと思った。

「ヒトラーのための虐殺会議」にも酷似した映画で、悪を実行する側を感情的演出を排除して淡々と描く姿勢はそっくりである。この映画の前日譚ともいえる映画なので、「マッドマックス フュリオサ」より先に是非こちらをチェックしてみてください。

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