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闘病記(57) 巻き笛ピーヒャラ。


 前回紹介した、リハビリに使う「巻き笛」のことについて書く。
 ある日の言語療法の時間。いつも通り、顔のマッサージ、顔の筋肉の運動、言葉の発音練習などを終えた後、言語聴覚士のMさんが、無邪気な笑顔とともに、
「懐かしいでしょう。ちょっと吹いてみてください。」
と、自分に巻き笛を手渡した。早速くわえて吹いてみた。少し強めに。
「ピー」と言う音にあわせて巻かれた紙の部分がシュルルと勢いよく伸びていくはずだった。が、実際には、
「プへー」と、間抜けな音がするだけで、巻かれた紙の部分が伸びる事はなかった。笛の部分の咥え方に問題があるに違いないと思い、力を入れてみたり、口をすぼめてみたりしてみたが、結果は同じだった。
「それ、差し上げますから、自主練して吹けるようになってください。」

 リハビリを終えて病室に帰るとベッドの上で早速吹いてみた。10回ほど試みただろうか。相変わらず間抜けな音がする。巻笛を手にしたまま壁に背をもたせかけて考えた。「何がいけないんだろう?」 翌日から自主練メニューに巻笛が加わった。笛をくわえる強さや唇の形などに注意しながら間抜けな音を出し続けた。「口の周りの筋肉がまだ足りないのかな。」などと思いながら練習を重ねた。1度の練習は10回程度吹くのが精一杯だった。クラクラとして、目の前に銀色の物体がたくさんちらつき始めるのだ。
 
 そんなことを2、 3日続けていると、とうとう巻笛が少し伸び始めた。どうやら、口の周りの筋力と言うよりも、口をすぼめる形にコツあったようだ。何度も繰り返し吹いた。今考えると、いくらリハビリとは言え「ピーヒャラ、ピーヒャラ」うるさかっただろうなと思う。でも嬉しかったのだ。

 そんなある日、病室で配ってもらったお茶を飲んでいると、Mさんが翌日の予定を書きにやってきた。お茶を飲んでいた自分を見るなり、
「なんと!赤松さんがストローは使っている!これは、良いものを見てしまいました。」
と言ってきた。
「えー?ストロー、最初からついていませんでしたっけ」
自分が尋ねると、
「いえいえ。最初はコップに蓋をしているだけだったでしょう。細いストローでお茶を吸い上げると言うのはとても大変なことですからね。巻き笛の特訓が役に立ちましたね。」
と、優しく笑いかけてくれた。
自分は、正直驚いた。ストローがつくようになっていることを全く気づいていなかった「見ていてくれているんだなぁ。みんなが。」と、心から感謝した。

 後日、昼食にうどんが出た。以前はお箸に麺を絡め、よく言えば、パスタを食べるように、別の言い方をすればおでんの糸こんにゃくのようにして食べていた。出汁を味わえなかったので、うどんはあんまりおいしいとは思えなかった。しかし、その日は思う存分にすすった。終盤にだし汁の中で漂う2、3本の麺を捕まえて1本ずつすすったときの気持ちよさと言ったらなかった。
 「こうして、少しずつできないことができるようになって、いつかもとの体に戻れるのかな。」そんなことを薄ぼんやりと考えていた。
現実はそんなに甘くはなかったんだけれど。

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