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闘病記(53) お風呂together.


 ある日の午後、作業療法士のNさんと自分は、「モデルルーム」の中にいた。「使い終わった食器を、安全に食器棚に戻す。」という練習のためだ。なんとリハビリ病棟には患者の「退院して家に帰ってからの生活」がスムーズに行えるように訓練をするために、家の中を模したスペースがある。畳の間を含む1LDKの広さで、家具もセットされていて。初めて療法士のNさんから「モデルルームに行ってみましょう。」と言われた時は、「コントに使われるセットみたいな場所なのだろう。」と勝手に思い込んでいて「モデルルーム」と言う呼び名に大仰さを感じていたのだが、1歩入ってみると、とてもリアル。本当に誰かが暮らしているような部屋であることに驚き、その生活感に戸惑ってしまった。病室に長く居る自分にとっては、家の床、壁、畳、天井、家具など全てが久しぶり過ぎてちょっと異質に感じたことと、「家の中」と言う空間のあまりの狭さに戸惑いを覚えたのだった。体育館よりも広く、天井が高いリハビリ病棟で、それほど周囲に気を遣うこともなく体を動かし、歩行器や杖を使って歩きながら人とすれ違うということに慣れ親しんだ身体には、モデルルームの空間はあまりに狭すぎた。
 実際、いろいろなところをぶつけた。玄関では、上がり框につま先。廊下を曲がるときには人差し指。リビングで方向転換をするときには腰骨。幸いにも(?)ぶつけた箇所が全て麻痺している右半身側だったため、骨に少し振動を感じる程度で、痛みを感じる事はなかった。それなのに、自分の口からは、
「いてっ。」
と言う言葉が出てしまうのが不思議だった。
 
 使った食器をもとの食器棚に戻すというキッチンでの訓練が終わりに差し掛かった頃、
Nさんが、
「来週は一緒にお風呂に入りましょう。」
と言ってきた。思わず、 
「へ? 一緒にですか、、?」
ここで自分は、療法士のNさんと男2人で大浴場のお湯にぷかぷかと浮かびながら、
「ああ。なんかもうやってらんねーなー。」とかなんとか言ってるところを想像してしまった
のだが、そんなわけはなく。
「あ、いやいや、そういう意味じゃないです。お風呂に入るのは赤松さんだけで、私はそれを見ています。」
「見てるんですか?」
「あぁ、それもなんか違いますね。なんて言えばいいんでしょう…。」 
「入浴ができるようになるための訓練をする?」
「そう。それです。」
「いつも、お風呂に入れてもらっている場所でやるんですか?
それとも訓練用の大浴場でもあるんですかね?」

「いえいえ。このモデルルーム内のお風呂で。」
「え!? このモデルルーム、お風呂も実際に使えるんですか!?
「使えます。」
「てっきりダミーかと思ってた、、」
「ユニットバスですみませんね、、」。
自分が大浴場にこだわっていることに気づかれてしまったらしい。
「まあでも、赤松さん、
 家に大浴場がある人はそうそういませんよ笑。」 

・・・確かに。
 

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