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日本人と判子

TEXT BY RYOSUKE TSUCHIYA
※フリーペーパーSTAR*16号掲載記事より

浅口郡里庄町にある高井印判店。オーナーの小山茂さんは実印・銀行印といった印鑑づくりはもちろん、チラシ・名刺などの印刷物やウェブサイト作成など幅広いサービスを展開されています。

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高井印判店のはじまりは、私の曾祖父の代まで遡ります。かつて朝鮮への丁稚(でっち)から日本へ帰った曾祖父は、帰路で印鑑や位牌を彫って生計を立てていたそうで、それをきっかけにハンコ屋としての道を歩き始めました。私はもともと印刷会社に勤めていたのですが体調を崩して退職。その後は祖父から販売・技術のノウハウを1年半ほど習い、印判店の仕事を継ぎました。個人や企業をはじめ病院・大学・役所など多方面からご贔屓頂き、この地での生業は来年でちょうど20年を迎えます。

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若いころにはバンドなど音楽活動をしており、当時から自分でフライヤーを作ることが好きだったと話す小山さん。店内には多彩な音楽のジャケットが顔を覗かせている。

手がける判子にもいろんな種類があると思いますが、一般的に使われる素材や字体にはどのようなものがあるのでしょうか。

判子の印材は、長く愛用するために加工しやすく劣化がしにくいものを選ぶことが大切です。印材が安いものだと中身がスカスカで加工が難しく壊れやすいので、象牙・水牛・柘(つげ)など乾燥やひび割れに強くて耐久性のある素材が普及しています。
また、字体については基本となる篆書体(てんしょたい)は外せません。中国の漢字をベースに水平垂直に作られた字体で、金印(漢委奴国王印)や身近なものだと千円札や一万円札などのお札にも押されている歴史ある文字です。しかし、現代では印相体(いんそうたい)も多いですね。制作サイドの話ですが、文字が太くフチとの設置面が多いので強度が圧倒的に違います。八方に末広がる様が風水などで縁起が良いとブームになって日本の判子に定着した、ちょっと面白い背景があります。

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左:花押(かおう)と右:落款(らっかん)の例

印相体

印相体

篆書体

篆書体

日本ならではの文化を感じますね。あらためて考えると判子は仕事に限らず、私たちの生活の多くの場面で使われてきたことがわかります。

会社でたとえるなら社長や上司が書類に押した判は、業務に関して「確認をとった」「許可する」といった“意思”が込められていますね。対して会社の設立や契約などで押す判子は、“登録”の証になります。判子の意味を考えると面白いですよね。
書道家が作品の隅に押す落款(らっかん)や図書館の本でよく見る蔵書印(ぞうしょいん)などは“所有”を示します。歴史を辿るとメソポタミア文明(紀元前3500年頃)のころから判子は家財や宝が自分の所有物であることや封を開けられていないことの証明として使われていたそうです。判子の役割は大きく変わっていないのでロマンがありますね。

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こうした永い年月から受け継がれてきた判子の文化が、新型コロナウイルスにより大きく変わりつつあります。時代の変化について現時点でどのように捉えていますか。

これまで複雑だった行政や企業の書類上の手続きをシンプルにすることは社会にとってとても大切で必要なことだと思っています。しかし、“脱ハンコ”という言葉が一人歩きして、まるで「ハンコ文化が悪い」という風潮になりつつあるのは嫌な流れだと懸念を抱きます。本当の目的はこれまでのシステムを見直し、時代にあった生き方を模索することだったはずですから。ハンコがすぐになくなることはないので、落ち着いて考えて、正しい声をあげることが大切だと強く思います。明治時代にも一度印鑑を廃止してサインにするという論争が起きたことがありましたが、その時も私たちは何が求められているのかを一人ひとりがきちんと向き合い考えていったはずです。

情報化社会でさまざまな意見が挙がりますが、物事の本質を見据えて考えることが大切なのかもしれませんね。最後に一言、メッセージをお願いします

判子も何十年、何百年もすれば私たちのまわりから姿を消すかもしれません。しかし、嗜好品としての一面もあるので、これまでのように時代にあった形で残るのではないでしょうか。求める方がおられる限り、これからも職人として心を込めて制作に励みたいと思います。

ありがとうございました!

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PROFILE / SHIGERU KOYAMA
小山 茂
高井印判店オーナー1972年生まれ。大学卒業後、印刷会社に入社。
印鑑職人の祖父のもとで修業し2001年に高井印判店を開業。
アナログな各種印章作成とともにデザイン・印刷物・WEB制作を行っている。趣味は60年代の音楽と50年代のビンテージ・イタリアンスクーター。古き良きものの変わらない魅力と新しい技術の融合を考える日々。

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