「ダニは神様からの贈り物」.チーズにつくダニのことを,オーベルニュ地方ではこのように呼ぶ.

 「ダニは神様からの贈り物」.フランス・オーベルニュ地方では,チーズにつくダニのことを,このように呼ぶ.人間が自然から食材をいただく.その食材が自然と,人間の知恵,それらが神の神秘の力に育まれて,おいしく生まれ変わる時,その食材を「神様からの贈り物」とよぶ.
 日本や東アジアの食材は,微生物の発酵という神様からの贈り物の恩恵を受けているが,チーズも様々なこれらの神秘的な働きによって,おいしく生まれ変わることは,皆さんよくご存じの事だろう.
 生物学者の私が説明すると「カビやバクテリアなどの微生物の働きによって……」などとつまらない言葉を並べてしまう.例えば,日本の地酒はどうだろう,ワインはどうか?ごく最近になって,使われる酵母の品種改良がおこなわれ,酵母のそれぞれの系統が持つ酵素から,それぞれ個別の風味の量を計算するようになった.しかし,ほんの僅か昔は,すべては職人の勘と知識,微生物たちの働きと,気候の共同作業だったに違いない.もしかすると今でも多くの酒蔵ではそうなのかもしれない.
 その土地の気候風土,その地域に根付いてきた植物,その土地固有の動物達,日々知恵を絞り努力してきた人間,このような共同作業が歴史を作り上げてきたにちがいない.そこから生み出された食に,私達は敬意を払っていただく.このような食材は神様の愛によって育まれた,言葉通りの「神様からの贈り物」だと思う.
 さて,生物学者の私は,つい癖で,この「神様からの贈り物」を分析することから始める.すると.熟成チーズとよばれるチーズでは,カビやバクテリアの働きはよく調べられているにもかかわらず,チーズにつくダニのことについてはほぼ,どこにも書かれていないことがわかる.後で詳しく説明するが,チーズにつくダニをフランス語ではシロンとよぶ.フランス文学のパスカルやラ・フォンテーヌに出てくるシロンは,同様に近代までの多くのフランス文学に登場する.チーズの名前にもトム・セロネーなどの名称がある,このセロネ−とは「シロンをまぶした」というフランス語だ.チーズという食材は,フランスの文化や生活とは切っても切れない関係にあるにもかかわらず,そのチーズと切っても切れない関係にあるシロンの事はどこにも出てこない.日本語の本だけではない.多くの英語のチーズのガイドブックをみても,シロンについて,詳しく知ることは出来るものは,ほぼないといってもよい.(むしろ探しているので,是非教えていただきたい!)

 ひと目見たときには、つまらないものや、お互い全く関係なくみえているものが、よく調べてみると、何かの役に立っているとか、お互い同士が役に立っているということが、自然の中や人間の社会にもたくさんある。 
 つまらないものだ,よけいなものだと言って、これを排除していってしまうと、バランスが崩れていったり、関係が悪くなっていってしまったり、社会全体が回らなくなっていったりしてしまうものが,たくさんあるのではないだろうか。自然や,暮らしを支えている生き物の力の中にも、人間がまだ気づいていない、たくさんの役に立つものがあるに違いない。
 この宝物、つまり、神様からの贈り物の謎を解き明かしたいと考えて、毎日研究を続けている.

 
 

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