土壌動物の多様性はなぜ必要か? ダニで土壌から発生削減が難しい温暖化ガス(N2O)を排出量ゼロに出来ることとは.

 東大の妹尾先生のチームの研究.土壌から発生するため削減が難しいとされる温暖化ガス,一酸化二窒素(N2O)の排出量をダニ(ササラダニ類,ケダニ類.土壌に生息し自由生活性,寄生性は全くない)の活用によって半減できた論文が公開された.2050年に温暖化ガス排出量を実質ゼロにするという政府目標の達成に向け,小さな働き者が切り札になるかもしれないと,大きなニュースになっている.

 論文を拝読したが,つまり,菌をもっぱら食べる食性を持つダニ達に,一酸化二窒素(N2O)を排出する土壌性の糸状菌(カビ・キノコ類)を食べさせて実験をおこなっているわけで,当然の結果ではある.ダニ達は食欲は旺盛で土壌中の糸状菌をどんどん食べた.そして,削減不可能とおもわれていた土壌から発生する温暖化ガス,一酸化二窒素を生物の力によって削減できるのではないかという道が開かれた.

 以前,僕が所属していた農林水産省系列の研究所の土壌動物研究チームでは,ダニの食菌性(糸状菌を食べるという性質)を,植物病害の防除,つまり,植物病の原因となる植物病原性の糸状菌の駆除に役立てようとしたのである(Enami and Nakamura, 1996).糸状菌によって引き起こされる立ち枯れ病を,ダニが食べてくれることで.病気を予防しようという考え方である. 
 これは持続可能な農業の先駆けとなる研究であり,私達のチームもその農業の持続可能性のために作られた特別編成のチームだったので,そのチームの成果としても,当時はめざましく注目された成果だった. 

 しかしながら,実際には,実用化には難しかった.実験室内と農業現場のでは,様々に要因がことなり,野外では条件が複雑になるため.一対一の防除に関しての実用化は出来なかったわけである.
 そのあと,条件が変わると成立しないような,病害防除資材と病害菌という.一対一の防除ではなく.総合的防除という視点が入り,病害防除については,複数の防除資材を組み合わせることによって,環境条件の変化にも耐えながら適切に防除をすすめるのだ.という方向性になった.

 残念ながら,先駆けのチームとしては実用化までは行かなかったわけだが,今回の研究は「実用化」と言う観点からすると.実は非常に脆弱で,一酸化二窒素を生産する糸状菌を,ダニの菌食能力によって押さえこみ,その糸状菌が排出する温暖化ガスを間接的に削減しようという,まさに,一対一の予防策である.

 実は.このニュースが流れたとき,当時のチームの先輩と目配せした.この研究が実用化になるかどうかは,実のところ誠に怪しいのではないか?と正直おもったのだ.

 しかしながら,この研究の良いところは,「土壌動物の多様性はなぜ必要か?」という問い,そのものへの答えとなるところである.

 土壌に生息する訳のわからない生き物たちがなぜ必要か?.一般的には,有機物を分解し.微生物と協力して,良い土を作り,それが植物の栄養に再びなる事によって,樹が育ち,樹がもととなって,他の動物たちも生きてくことができ,そこに生態系が形成され良い森になっていく.

 僕には,耳にタコができるほど聞かされた話であり,口にもタコができるほど,喋ってきた話だ.

 しかしながら,これだけでは「土壌動物の多様性はなぜ必要か?」という問いには,きちんと答えきれていない.

 多様性は「多様な機能」という言葉に置きかえるなら,土壌に生息する様々な種類のダニの一部には,一酸化二窒素を生産する糸状菌を,菌食能力によって押さえこみ,温暖化ガスを間接的に削減している機能をもっているといえる.

 生態系は様々な機能の複合体であり,単に有機物を入れたら,植物の栄養が下からでてくるという.自動販売機ではない.土壌生態系の多様性が,人間が削減することができない種類の温暖化ガスを間接的に削減している機能さえも持っているというわけである.

 人間がこの機能をどのように応用するか.という興味は,今の僕にはない.持続可能な農業を推進してきた研究チームから離れて,僕の興味はダニそのものに向かっている.

 実は,その持続可能な農業,研究チームにいたときに,食菌性のダニを飼育していた先輩に,そのダニをコッソリもらって(遠くから「ダニもらいますよぅ〜」とは言ったものの),測定した.
 すると,そのダニから.ヤドクガエルの毒の成分がみつかった.つまり,ヤドクガエルはササラダニの防御物質を体の中で濃縮(生体濃縮という)していることが「みつかっちゃった」わけなのだ.

 このダニは,オトヒメダニと言ってササラダニの仲間で世界中に分布している.当然.ヤドクガエルの住む中南米にも住んでいる.また,化学的な構造も,地上最強の毒というくらいだからだからめずらしいので,ヤドクガエルぐらいと.みつかったオトヒメダニくらいしかこの毒をもっていない.したがって,当然,ヤドクガエルが中南米の森林で,このオトヒメダニを食べて,生体濃縮しているだろうということは想像がつくだろう.(その後の研究でそれは現地で実証された.)

 実際,野性のヤドクガエルは,この毒のために人間も素手で触ることはできず,生息地の森林内でも他の動物さえも触りもしないため,ヤドクガエルは中南米のジャングルの林床を,悠々自適に歩いているのだという。しかし,ペットショップのヤドクガエルは全く安全で,手で触っても平気なのだ.これは,森林に生息するオトヒメダニたちを餌として食べていないからだといわれている.

 この大発見に,僕自身大変に焦った「やっちゃったかも」.なぜならば,農業資材としてこれから,このダニの研究が益々発展していくといって,研究所も期待しているその時期,場合によっては畑にそのダニを撒いて,植物の病気を減らそうという試みが行われようとしていた矢先だ.

 その畑に撒くダニから,地上最強のヤドクガエルの毒の成分が見つかっちゃったら.とても印象はよくない.

 「えーと.このダニ,御飯にかけて食べても,毒の量が非常にびりょうなので,ほぼ無毒,全く無害です.ヤドクガエルが食べて,身体のなかで濃縮してはじめて,毒として効くほどの量になるのです.」といっても,そりゃ世間は許さない.

 この発見の後.僕も大学に移ることになり,チームの先輩も偶然このチームを去ることになったので,この話はここで終わりになる.僕の方は,ダニの出す防御物質としての研究とも,この後,関わって行くことになるのだが,良かったのか,悪かったのか.様々あって.このダニの防除資材化の研究は,実用になる段階には至らないまま,そっと幕を閉じたのである.

 持続可能な農業にむけての.土壌動物の機能に関しての研究初期段階における苦労の話である.

 話が逸れてしまったので,まとめを書いて終わりたい.

まとめ
 今回は地球温暖化の原因となり,かつ,人間が削減できないN2O.このN2Oを発生させる菌類を効率よく食べ,温暖化ガスを削減するという点で,土壌のダニ,あるいはダニを含む,土壌動物の役割のひとつに,スポットライトを当てて,土壌の生物多様性の大事さをアピールするおもしろい研究論文だと思う.


References
Haoyang Shen*, Yutaka Shiratori*, Sayuri Ohta, Yoko Masuda, Kazuo Isobe and Keishi Senoo (2021) Mitigating N2emissions from agricultural soils with fungivorous mites. The ISME Journal, 10.1038/s41396-021-00948-4
https://www.nature.com/articles/s41396-021-00948-4

Enami, Y. and Nakamura, Y. (1996) Influence of Scheloribates azumaensis (Acari: Oribatida) on Rhizoctonia solani, the cause of radish root rot. Pedobiologia, 40: 251-254.

Takada, W., Sakata, T., Shimano, S., Enami, Y., Mori, N., Nishida, R., & Kuwahara, Y. (2005) Scheloribatid mites as the source of pumiliotoxins in dendrobatid frogs. Journal of chemical ecology, 31(10), 2403-2415.
https://link.springer.com/article/10.1007/s10886-005-7109-9

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