見出し画像

エンパスが心地よく生きるために必要不可欠なレッスン

繊細さん、HSP、エンパス、等々
色々と言い方はありますけれども、そういった類の人はいますね。

私も例に漏れずその一人なんですが
そういう単語で自分を括ることをしたくなかったから
特に公言したこともないし、する必要もないけど
ブログに書くために、今回は便宜上こういう言葉を使います。

エンパスっていったい何?


私はエンパスだと言われたことが複数回あるけど
あんまりその実態が分かっていなくて…(興味も無くて)
改めて調べてみましたら

「エンパス(empath)」とは、「エンパシー(empathy)=共感、感情移入の力」とも呼ばれる、「共感力、共感力の高い人」という意味の言葉です。 人並みはずれて共感力が高く、生まれながらにして人の感情やエネルギーに敏感な気質の人をそう呼びます。 エンパスには、しばしば近くにいる人と同じ現象がその身に起こります。

こちらのクリニックより引用

なるほどね、共感性が高いということを示すのか。

近くにいる人の感情がめちゃくちゃ分かる事なんて当たり前すぎて、逆に気にしたことが無かったで。

境界線がめちゃくちゃ強い人、感情に無頓着な人を見ると、「なんで影響されないの?どうして平気でいられるの?」って疑問が浮かぶし、人種がかけ離れている感がする…。
私から見れば、そういった人たちは強靭、いや猛者です(笑)

例えば、ドラマや映画を見てるだけでもダメで、没入し過ぎて客観視が出来ない…。
特に、生死に関わるような重ためのテーマを見ると現実世界に戻って来るのに時間がかかります。なので避ける事が多い。
こういう感覚があると、共感性がズバ抜けて高いのだな…というのは、よく分かります。

ただ、私の体感として「共感」という言葉以外の側面もあると思っていて。


「共感」ではなく「全受信」


私の感覚で言えば、エンパスって「共感性の高さ」だけじゃなく「察知力の高さ・鋭さ」も含まれると思っています。

ただ、これは個人差があるかなぁ。


分かりやすいのは、人の感情。

どんなに耳障りの良い言葉を使っていても、素晴らしいと思われるようなことを言っていても、
その言葉や語気、本人が発しているエネルギーから本心で言ってるのかそうじゃないのかが一発で分かる。

嫉妬、憎しみ、憎悪、敵対心、怒り、焦り、不安みたいなのは特に分かりやすくて、私から見れば、本人が隠そうとしても丸見えなんですよ……。

私の場合は、それが声で顕著に分かります。声って波動そのもの。
声色や語気で、本当のことを言ってるか、言ってないかを瞬間的に感じ取っている感覚ですね…。そこに思考は介在しません(言語化の限界)


人付き合いでも、やはり分かりやすくて。

自分に何か与えてもらうことを期待してる下心、自分に対してして欲しいアクションやかけて欲しい言葉、寄りかかりたい・構って欲しい甘え、どうにかして欲しくて押し付ける感じ、とかね。

そういうのはあっていいんだけど、暗に示されるのが苦手で。

言葉で直球ストレートに言ってくれれば全然OK。全然ウェルカム。
だけど、ほのめかされたり、私に察して欲しい感じを出されると、一気に心の扉を閉めます。

ハイ、営業終了~!!!!!

ってなる。あくまで私の場合は、です。


で、これって別に「共感性」じゃないと思いません?

理解したいと思う相手じゃなくても、寄り添う気持ちがなくても、共感しようとも思ってない相手でも起こる。

私は長年「何なんやこの感覚は……しんどっ」って思ってきたのですが、ようやく適切な言葉を見つけた。


”常に全受信モード”


なのだ!(笑)

良くも悪くも、感情をキャッチするアンテナの精度が人よりも高いから、全部受信する。いったん全部受け取る。
これがエンパスの実態なんじゃないかな。

いや、エンパスというか私の特性なのか?
まぁ言葉の定義は分かりませんし重要じゃないので、こだわらずに進みますw

エンパスの課題


でね、全受信モードで生きていると、あまりにもしんどい。

他人の感情がずっと流入しているようなもんだし、それに気付かなかった時の疲労感・精神的な気持ち悪さは何とも形容しがたい。


ここで大事な課題が「境界線を引こう」

他人の感情やエネルギーが流入することで、自分との境目がどうしても分からなくなりやすいから、

「これは、私の感情」
「それは、違うやつ」

って、感覚的なところを意識出来るようになるといい。
(身近な他人だけじゃなくて、もっと奥深くの集合無意識と同調しやすい人も一緒)

普段から自分の内側の感情の動き、それに連動する身体感覚をよく観察して、スイッチするような感覚というか…。


・・・ってね、こうして書いてる私も、まだまだ出来てないのです!
むしろめっちゃ苦手で、苦戦中。

しかも、つい昨日、ようやくこの感覚が腑に落ちたもんで(タイムリー)
そもそも他人の感情を無意識のうちに受け取っていることが分かるところからが、スタートかなと。


他の境界線を引くトレーニングとしては、やはり両親との関係性を見直すことが非常によく効きます。
というか、避けては通れない部分ですね。確実に。

また別記事で書くけど、私の場合は「共感」「理解」の中毒になっていたので「拒絶」「批判」がとっても怖かった。

だけど、エンパスの人ほど、拒絶や批判を受け入れる必要がある。

むしろ受け入れた方がすごくラクになります。自他の境界がハッキリするので感情の濁りが減る感覚。

私もこういう特性を持っていて「生きづらい、しんどい」って無意識的に思っていたんだけど…
別に共感される必要もないし、理解されたいというのも薄らいで。サッパリしたから、この記事が書けていますよ♪


というわけで、エンパスの皆さん、共感性が高くて感情に敏感な皆さん、諸刃の剣を磨いていきましょうぞ。

「生きづらい」で片付けてしまうのは超勿体ない。自分が使いやすい武器に育てていけば良し。

人は人、自分は自分、の図
(ウフィツィ美術館にて)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?