見出し画像

泰然自若

 みんな地震大丈夫?(みんな地震大丈夫?の画像)

 先日は久方ぶりの地震に意表を突かれた。

 翌日が有給休暇であることだし今宵は存分に夜更かしをしてやろうと思った私はベッドに横になり、iPhoneで卑俗なサイトを開きながら夜更けまでモゾモゾする算段を立てていた。するといきなり卑俗なサイトを表示していたiPhoneから大音量で「ブーッ!!ブーッ!!」と警戒アラームが鳴り、ワーニングマークと共に地震の情報が画面に表示された。卑俗なサイトを閲覧していた私は警戒アラームが鳴った瞬間に「もしかしてとんでもなく非合法なサイトにアクセスしてしまったのか?」と激しい憔悴を覚えたが、部屋がガタガタと揺れているので「いやこれは私が人間の本能に抗えずに破廉恥なサイトにアクセスしてしまったことによる警告ではない、地震が起きたことによりアラームが鳴ったのだ、よく見ろ画面には架空請求の文言ではなくしっかりと地震の情報が表示されているではないか」と現実を認識し少し安堵した……いや、安堵している場合ではない、iPhoneは大音量でブザーを鳴らし続けている、これは緊急事態であることには変わりない、さらにはiPhoneの言語設定を英語にしていたので「地震です、地震です」ではなくネイティブな発音で「アースクエイク、アースクエイク」と例のsiriの音声で連呼されている。いよいよパニック映画のワンシーンっぽくなってきたな、というところで揺れは収束した。

 以前、日本の北と南で交互に地震が繰り返されているのは日本の真ん中にどデカい地震が来る前兆だという噂を聞いたことがあるので遂にその時が来てしまったのかと不安になったのだが、不幸中の幸いというかまあ私の自宅には具体的な被害は生じなかった。しかし南海トラフ巨大地震や首都直下地震の存在がある以上、何があっても良いように万全を期しておいた方がいいのは間違いないであろう。

 精神状態を落ち着けるためにボーッとインターネットのソーシャルネットワークサービスや匿名掲示板を見ていると、電車が止まり家に帰宅出来ない人や会社に泊まることになるかもしれないなどと供述している人がおり、みんな大変だなあと凡俗な感想を抱いた私は、会社への安否確認メールを送信しなければならないことを思い出した。

 メールボックスを見るとやはり会社から安否確認の回答依頼メールが届いていいたので、面倒だと思いつつも回答する。しかしこれが癪なもので、本人や家族の状況が無事かどうかを確認するのは無論いいのだが、「出社可否」なる非常に腹立たしい項目が存在しているのである。

 「出社可否」は今から出社できるのか、出社できるならばそれは1時間以内なのか3時間以内なのか5時間以内なのか24時間以内なのか、まあとにかく概ね何時間以内に出社できるのかということを回答する項目である。これの腹立たしいところは夜中の時点でもこの項目に回答しなければいけない点である。普通に考えれば朝起きて出勤し、夕方に退勤し、ヘロヘロになりながら帰宅し、夕食を食べて入浴し歯を磨き、さあ寝るかというところに夜中に地震が起きて「今から出社できますか?」という質問が飛んで来たら誰だって「いやお前ナメてんのか?」と言いたくなるだろう。災害対策本部の人間とか鉄道会社の社畜とかそういった人達はともかく、一介の社会人が何故一日に二回も出勤しなくてはならないのか?もし出社できるかどうかで安全状態を推し量ろうとしているのならそれは別項目の「本人の安全状態」で無事かそうでないかを確認する欄があるのでそれで事足りるのではないか?よくわからない。よくわからないので「概ね1時間以内に出社可」という欄に丸をつけて送信した。

 もちろん1時間以内に出社するつもりはないが、物理的には可能なのでそうしたまでにすぎない。よっぽど「不可」に丸をつけてやろうかと思ったが、そこで「不可」にすると出社できないような何らかの被害を受けたのだろうかと勘繰られそうなのでやめた。まあ「本人の安全状態」で無事を選択しているからおそらく何の詮索もされないのだろうが、職場以外の場所で労働の事を一秒たりとも考えたくないので処理を簡潔に終了させることを優先した。「出社可否」の回答欄には「その他」というのもあったのだが、これも同じく余計な詮索をされると面倒なので丸をつけなかった。

 こうして無事に安否確認のメールを送信した私は布団に潜り込み、iPhoneで再び卑俗なサイトを開いた。卑俗なサイトを開き、卑俗な写真や卑俗な動画を閲覧し、卑俗な右手で卑俗なティッシュをつまみ、ということをやっている内に先ほど結構大きめな地震があったというのに私は一体何をやっているのだろうという虚無感が波のように押し寄せてきた。もしかしたら私は、もう既に精神的に安全といえる状況から大きく逸脱してしまっているのかもしれなかった………………。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?