脚本『君の歌』番外編

一周年記念特別企画で公開しました、自作脚本『君の歌』の番外編をささっと小説形式で作ります。

『君の歌』はこの記事の一番下におきました、関連記事からどうぞ!

本編で活躍した音楽家ことスリーパーと、本編で名前しか出てこなかったヒーローことヒロくんのお話です。


音楽家は待ち合わせのカフェに着くなりテーブルに突っ伏していた。お冷を持ってきた店員から「大丈夫ですか?」と声をかけられ、その親切心をありがたく受け取りながら全く大丈夫ではない調子で「大丈夫です」と返した。待ち合わせまであと10分。約束の人はまだ来ていない。不眠症を患っている彼女にとって、たとえ寝れないと分かっていても、目を閉じる時間は大事だった。

手の中のスマートフォンが振動する。のっそり画面を見ると、『着きました』との文字。カフェの入り口を覗くと、帽子とマスクで顔を隠した青年と目があった。青年はそのまま彼女の方にずんずん向かってきて、「すみません。遅くなりました。」と爽やかに言いながら彼女の前の席に座った。

「おそい?うーん、平気。」「また寝てませんね。」「また?いや、最近は寝れてた。」「本当ですか?」「うーん、でも、今は寝てない。まただ。」そこへウェイターが青年にお冷とおしぼりを持ってきたので、青年はお礼を言った。「あれ?まだ何か頼んでないんですか?」「頼む?ああ、うーん。」「すみません、まだメニュー決まってなくて」そう言うと、ウェイターは、お決まりになりましたらお呼びください、と定型文を返して他の席へ向かった。「何にしますか?」「んー、飲み物。」「いっぱいありますよ。」「ヒロくん。」「俺はー、うーん、ケーキも食べていいですか?ケーキセット。ミルフィーユ、いや、モンブラン……ああ、んー、ミルフィーユと、カフェオレ。」「あー、これ。」「抹茶オレですね。大きく載ってるから選びました?」「うん。分からん。」彼女の不眠症には大分慣れているのか、青年はにこにこ笑いながら、ウェイターを呼んだ。

しばらくお互いの近況を話し、注文した品が来ると、料理の味に対してコメントしていた。

「ああ、生徒が出来たんだ。」音楽家が抹茶オレのクリームをかき混ぜながら何の前触れもなく言った。「生徒?」青年は一瞬何のことか分からず、ただオウム返しをした。「うん。歌手志望で、いきなりこっちに来て、なんか、ファンで、歌いたいって。」音楽家の話を要約するとこうだ。世界は普通の世界と異常な世界に二分されており、現在音楽家や青年がいるのは異常な世界である。二つの世界は本来交わることはないが、普通の世界に住んでいたとある少女が異常な世界に紛れ込んでしまった。そして音楽家が保護をしたが、その少女は歌手志望でたまたま音楽家のファンだった。その後その少女と交流を続けており、歌のことや進路のこと、はたまた他愛のないことを喋る仲になったという。音楽家と少女は建前では歌の先生と生徒だが、話を聞いていた青年にとっては友人同士のように感じられた。「良いですね。そういうの。偶然ってのは不思議なものです。良い出会いじゃないですか。」青年はミルフィーユの最後のひと口を食べてから言った。「まあ。一期一会だね。良い出会いもあれば、その逆もある。今回は良い方だった。ふふ、嬉しいね。」音楽家は説明しているうちに頭が冴えてきたのか、段々饒舌になっていた。「ちなみにその子、君のファンでもあるよ。」「えっ。じゃあ俺にも会わせてくださいよ。」「んー、会わせるかあ。いつ?」音楽家はスマートフォンで、青年は手帳を取り出してスケジュールを確認し出した。音楽家は、あの少女が青年と出会ったら、また早口で何か言い続けるのだろうかと想像したが、この目の前の青年にはサプライズをこめて黙っていた。青年は「その子へのお土産何が良いですかね?お菓子?甘いもの好きですかね?」手帳に何か書き込みながら言った。「新曲が良いよ。」「ええ?いやあ、新曲。ううん、ちょっと今は無くて。」「インプット中?」「んー、なんか出したいなあって気持ちはあるんですけど、なんかこう、あと一歩なんですよねえ。」「良ければ手伝おうか?」「いいんですか?」「うん。」「えー、じゃあこの後まだお時間あります?」「うん。」「場所うつしましょう。どこがいいですかね?カラオケとか?」「家でもいいよ。」「おっ。どっちのが良いです?」「私の家の方がここから近いからさ。」「じゃあお邪魔します。」

次に行く当てが決まった二人は席を立ち、会計を済ませて音楽家の家に行った。そして、そこで先程話題に上がっていた少女に出会うとは、まだ二人には知る由もなかった。



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