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拍手の代わりに

屈折した天才ピアニスト設楽先輩は紺野先輩の長い友人なので、表向きの性格がかなり尖っていても無視は良くないと彼女は思っている。遅いお歳暮的に高級なバレンタインチョコレートを贈ることにした。

「なあ紺野、おまえはチョコレートを貰ったのか?」と図書室の机で勉強している背中に尋ねた。
「いきなりなんだよ、設楽。」機嫌のナナメはいつものことかと呆れながら応じる。
「……おかしいんだよ、そもそも。」言い淀みつつ怒りを滲ませる。
「誰のことを言っているんだい?」紺野は毅然と向き直る。
「最近おまえとよくいる女子からいきなり値が張るやつを渡された。なんで。」喉に詰まっていた疑問を設楽はようやく吐き出した。
「ああ……そのことか。」合点がいった。「先月のコンサートだったかな。ある曲だけいつもと雰囲気が違っていてすごく新鮮だったって。」紺野は上気して語っていた彼女を思い出していた。
「その曲とは何だ?あのサロンコンサートで俺は結構いろいろ弾いたはずだぞ。」設楽はさらに詰め寄る。せめて特定がしたいのだ。
「たしか……夜の…ん?…がす……なんとかとか聞いた気がする。」日ごろ口にしない単語は上手く出てこない。
「夜のガスパール。」ラヴェルだ。

「ところでおまえのほうは…。」あの程度の演奏でこれなら本命の男にはどうなのかという諦めにも似た好奇心が勝る。
紺野は言葉を遮った。「安心しろ、設楽。僕のほうはプロ顔負けの手作りだ。」
どうせそんなところだろう。答え合わせは終わった。「ふん……ボケはしばらく寝てろ。」

(作者より)設楽先輩には誕生日プレゼントもあげています。よろしければ下記リンクもどうぞ。