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向き合うのはチェスではなくて

小学2年生にして難易度とドラマ性の高さが光るシミュレーションRPG『王国の紋章』シリーズ第1作にハマった紺野玉緒。何周したかは数えきれないらしい。同じハードウェアで発売された外伝も好む。

しかしもう4年生からは中学受験の塾通いが始まったため、以降デジタルゲームにじっくり触れる時間がなくなってしまった。

高校の時に設楽のヤツから屋上でチェスを教わっているのを見ただろう?あいつからは「覚えは早いがセンスがない」と言われたけど、それはチェスのコマに経験値は貯まらないからね。

「じゃ、息抜きに君もちょっとだけ遊んでみる?かなりレトロなゲームだけど。」と彼女を誘ってみた。

初代に限らず『王国の紋章』は難しいゲームである。中学受験準備を機に遊ぶのをやめてしまって10年近く経つ今、どうしてあの頃は小さかったのに何周もできたのかを彼はうまく理解できずにいる。

「あ、もしかして、聞いたことあるかも?」

彼女はゲームの名前を耳にした時、意外すぎる反応を示した。

「同じ教室の女の子が難しいけどキャラクター同士の会話が楽しいって言ってたの。ゲームの名前の後ろがたしか"花鳥風月"だったかな……?」

それは最新作だ。対応するのは最新ハードで今の彼の部屋にはない。しかし彼女が人懐っこく笑いながら話しているのを聞くと心が揺れる。

「興味を持ってくれて嬉しいよ。それ、このシリーズの最新作だから、今度君が来るまでに揃えておくよ。楽しみにしていて。」

後日。彼女の部屋ーー。

紺野のゲーム機にも序盤のイベントバトルを終えた時点のセーブデータが保存されているが、彼女も彼女で戦略を練りたいがために、花屋のアルバイトで貯めたお金からゲームソフト『王国の紋章〜花鳥風月〜』と対応ハードを追って購入していた。今日は部屋に来ていた紺野が攻略本を兼ねる。マンツーマンである。

「うーん、このゲームって準備することが細かくたくさんあるよね。」彼女は画面の前で首を傾げていた。

「……煩わしいかな?」紺野は心配そうに顔を覗き込んだ。

「ううん、玉緒さんが詳しく教えてくれるから全然気にならないよ。」

彼女がそう笑うと急に紺野はたまらない気持ちになった。画面と操作に集中している小さな背中から目が離せなくなった。僕はもう我慢の限界だよ。

「……今日は君の部屋でしよう。」

後ろから抱きすくめた。もう君は全部僕のものだ。