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ルポ「路上生活」書評

この文章は,以下の書評を受けて作成したものである.

路上生活者.筆者の地元である県立明石公園にも,小学生の頃はブルーシートなどで覆われたテントなどを作り生活していた人を見かけることがあったが,行政側が生活保護を受給させアパートにでも入れたのかいつの間にかいなくなってしまっていた.このように,最近は行政その他が実施する「浄化作戦」により見かけることはずいぶん減ったが,それでもなお日本においては一定数路上生活を営む人がいると思われる.この本は実際にそのような「路上生活」を二カ月間実施し,そこで得られた経験をありのままに綴ったルポルタージュである.

路上生活という対象に限らないが,この「ありのまま」に見るというのが意外と難しい.例えば,読者の中にも路上生活を営む人を「競争社会にて排斥され,仕方なく厳しい生活を送っている可哀想な人たち」と見たり,逆に「国民の義務である勤労,及び納税を果たさず,他人の手を借りながら無責任にその日暮らしを続けている人たち」と見たり,様々な見方をする人が存在するであろう.確かに,それらの意見は部分的には合理的な要素が存在するかもしれない.しかしながら,そのどれもが実際に「路上生活」を送る人たちと直に接し,話をし,似たような生活を送りなるべく同じ目線で捉えようとした上で発されたものではないだろう.得てして,人間および知的生命はよくわかっていない対象であっても,なぜか不十分な情報のまま自己が満足するような結論を導出してしまいがちである.この本は,そのような人間が図らずも持ち合わせてしまうバイアスについて改めて実感させる機会を与えてくれる.

ただ,路上生活を現実として営んでいる人たちには,やはり一風変わった性格をしている方が多いのは事実であろうとこの本からは受け取ることができる.例えば,「表現者になりたい」と筆者に初対面から宣言しているにもかかわらず,(ルポライターとして表現者の側である)筆者が「まずはYoutubeにて配信するなど小さいところから始めた方がいい」など具体的なアドバイスをした場合には何かと理由をつけてやろうとはしない「黒綿棒」というホームレスが本ルポには登場する.また,彼は陰謀論に似た意見や「警察や公安に監視されている」という被害妄想を持っており傍目から見ても同調する人が少なそうな考え方をしている.本当に彼の夢を応援したいと思う筆者は,TVディレクターをやっている知り合いと繋げようとしたり,スマホを貸したり手助けしようとするのだが,そのいずれも失敗に終わってしまう.読んでいる私にとっても,もし彼を何らかの形で助けないといけない場合どのような方法があるのか,全く思いつかなかった.

黒綿棒のようにファンキーさは欠けるのではあるが,生活を崩す要因として最も想像しやすいだろう競艇やパチンコなどギャンブルにハマっている人もこの本では複数人登場する.特に,生活保護費や年金をもらった瞬間に競艇場やパチンコ屋に行ってしまい,その日のうちにスってしまうという「典型的」な例がやはり多い.日々真面目に働き,税金や社会保障費の納付を行なっている方にとってはこの光景を見ると怒り心頭に達する方も多いであろう.まあ,少なくとも公営ギャンブルなら控除率という形で一定程度胴元に回収されるため,全部が全部無駄になるというわけでもないのだが…

ただ,孤独やストレスなど彼らにも彼らなりの事情があってギャンブルに金を突っ込んでいるのであろう.また日々「真面目に働いている」人がどの程度ギャンブルに身を投じた経験があるのかわからない.そもそも,そのような人たちは憂さ晴らしにギャンブルへ足を運んでしまうような経済的,社会的状況に身を置いてしまった場合,本当に刹那的な快楽を選ばないと自信を持っていえるのだろうか?冒頭にも書いたように,「同じ目線」に立とうとすらしない言説に果たしてどれだけ有効性が担保されるのであろうか.

また,「同じ目線」に立っていないだろう姿勢は,ホームレスを支援しようとする側にも存在する.例えば,「ホームレスのあなたたちも社会の一員である」ということを敢えて強調したいのか,自転車など持ち物を,まるで子供に対するかのように持ち上げるボランティアがおり,不快な印象を筆者と黒綿棒は持った.こういったボランティアを行う場合どうしても発生してしまう,いわゆる価値観の一方的な押し付けであろう.

ホームレスに限らず,この社会には自分が想像するより遥かに多種多様な形で生業が存在している.私は,このような生業に対し一つ一つ価値判断をしていくという作業について,その負担からなるべく取りたくはないと感じてしまう.というよりも,その価値となる基準も,高々自分という限られた肉体・情報体が算出した曖昧な指標に過ぎない.「みんな違って,みんなどうでもいい」という,あらゆる他者に対しある意味絶対的な肯定を行う姿勢で以って,淡々と自らがなすべきことを成すということをするのが一番楽ではないかと考える.この「ルポ路上生活」は,そのように他者に対する根本的な見方のありようを提示してくれる本であると言える


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