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[道順障害の研究 #3]医師に相談して良いことなのか

リモートワークに救われる

2020年。流行り病で世界中の人々がひきこもりになり、オフィスは一斉にリモートワークに切り替わった。取材もほぼオンラインで実施され、ライターになって以来はじめて気力・体力ともに万全の体制で取材に臨むことができている自分に気が付いた。ストレスに感じていた要素がすべて取り払われたからだ。

ストレスから解放された内容をざっくりと記すと以下のとおり。
※詳細は「<2>方向音痴で困ること」参照

  • 「道に迷う」という不安とストレスから完全に解放された(道順障害)

  • 予備時間をとる必要がなくなった(道順障害)

  • 時間を有効に使えるようになりQOLが上がった(道順障害)

  • 何度も会っている方に「はじめまして」と言って不審に思われることがなくなった(相貌失認)

  • インタビュイーの顔と名前がモニタに表示されるので、質問する相手を間違えることがなくなり取材に集中できるようになった(相貌失認)

世の中が大変なことになり私自身もその渦中に置かれている一方で、リモートワークが実現したことで人生が少し楽になったように感じ始めていた。そして次第に、もし生きることを難しくしている原因が医学的に存在するのであれば、客観的に判断してもらい、原因と全体像を把握し、対策がとれるのであれば最大限の努力をして克服したいと考えるようになっていった。しかしこんなこと、どこに相談しに行けばよいのか。ん~、……病院?

「医師に相談する」というハードルの高さと距離

しかし、「方向音痴」や「人の顔が覚えられない」といったことを医師に相談してよいものか、注意力や努力が足りないだけだったりしない?……と私は非常に悩んでいた。いや、相談することではないと9割がた判断していたかもしれない。そんな時、遠くの地で内科医をしている友人から「VRゴーグルを買ったので遊ぼう!」と連絡があり、VR空間(※1)で待ち合わせをして近況を報告し合うことになった。たわいもないことをいろいろと話したが、多くの人が病院に駆け込んでいる時期だったこともあり、風邪や胃痛程度で病院に行くのは気が引けるという話になっていった。その流れで「病院にかかるタイミングって、何を基準に判断すれば良いの?」というかねてからの疑問を友人に投げかけてみることにした。恥ずかしながら、私は病院にかかるタイミングがイマイチわかっておらず、倒れる寸前になって病院に行くことが多かったのだ。

この質問に対する友人の回答は明確で、「日常生活に支障をきたしていると感じたら」というものだった。……なるほど、たしかに。身体の調子が悪くてもがまんしてやり過ごしていれば快復していることが多々あるし、「つらい」の度合いは人によって異なる。「もっと早めに受診してください」と医師からアドバイスされることがたびたびあったものの、人に依って基準が異なる「もっと早め」がどの段階なのかが判然としていなかった。ゆえに「日常生活に支障をきたしている」という表現は、ガイドラインとしてわかり易いものだった。

「病院/医師に相談」というハードルの高さと自分との距離がクリアになった。次に用意するべきものは、一歩を踏み出す勇気だ。

※1:この時に使用したのは「Immersed」というバーチャルオフィスのVRアプリだ。VR空間でPC作業をしたり人と会ったり、複数人でのミーティングができたりする。外出や人と会うのが苦手(いや、どちらも好きだけどハードルを感じる)な私にとって、VR空間で人と会ったり体験を共有できることは、人とのつながりや社会性を保つための大きな助けとなっている。
動画:音が出ますのでご注意ください

決定打となった出来事

医師に相談。その一歩を踏み出すきっかけはすぐに訪れた。決定打となったのは、クライアントの顔を覚えることができず、そのことを取引先から指摘されたことだった。冒頭で触れたとおりリモートでの取材がほとんどではあったが、現地での取材も少なからず実施されていた。そんなある日、何度も取材させていただいているかなり著名な方と普段とは異なる場所で偶然お会いした際、よそよそしい挨拶をしてしまったのだ。慇懃無礼という言葉があるが、そんな感じで受け取られたのかもしれない。周りのスタッフが凍り付いたようなリアクションをしたのがわかった。インタビューのときは心を開いて話してもらえるようコミュニケーションに細心の注意を払ってきたぶん、「仕事じゃなければよそよそしいのか」と誤解されたのだ。さぞ嫌な気分になったことだろう。申し訳なくて思い出すだけで心臓がつぶれそうな気持ちになる。

この出来事がとどめとなり、長い間ため込んできた「生きづらさメーター」がリミットを迎えたように感じた。万策尽きた。私はライターに向いていない。毎日同じ時間・同じ電車に乗り、同じ建物・同じフロアのオフィスに行き、決められた席に座り、同じ顔ぶれと仕事をするべきだ。「ライターを辞める」という選択肢が1位に躍り出た瞬間だった。同時に「日常生活に支障をきたしていると感じたら病院へ」という友人の言葉が頭の中でスパークした。

ひどい方向音痴や人の顔を覚えられないことが、私の日常生活(なかでも仕事)ひいては人生に支障をきたしていることは明らかだ。慣れ親しんだ街なのになぜ毎回迷うのか/迷ったときのめまいにはどのように対処すればよいのか/外出するのが気が重くひきこもりがちだ/なぜ人を見分けることができないのか/人に会うのが憂鬱だ/どうすれば改善するのか/そもそもこれは何なのか……。長年、心に重たい霧のようにたちこめていた疑問に決着をつけるため、私は思い切って医師に相談することにした。そして、これでだめならライターを辞めることを決めた。

補足:私は一人で出歩くのでさえなければ、人と会うのもおいしいものを食べ歩くのもどこかに出かけるのも大好きだ。行きたいところもやりたいこともたくさんあるし、キャラクターとしてはかなり社交的なタイプだと思う。それゆえ余計にこの症状がつらいと感じているのかもしれない。

TEXT_みむら


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