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お兄ちゃんって呼ばれたい! 第三話

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お兄ちゃんって呼ばれたい! 第二話|ふらぺち伊乃 (note.com)


怪しいです

「お前、すでに目付けてたのかよ。さすがだな」

 後ろから瞳の声が聞こえた。まだいたのか、こいつ。すっかり存在を忘れていた。
 ぽんっと肩を掴まれると、俺は小鼻をうごめかす。

「なめんなよ俺のイモ子への愛」
「ドヤ顔うぜぇ……で、どこの誰なん?」
「立花の妹だよ」
「え、立花の?」
「おー」
「……あいつって妹いたっけ」

 瞳がぽそりと何かを呟いたが、俺の耳には届いてこない。
 
「ん?なんか言ったか?」
「……いや、なんも。名前は?」

 今度はしっかりと聞こえた瞳の言葉。
 その言葉に俺は、ハッとした。

(言われてみれば俺、あの子に名前すら聞いてねぇ……)

 あの子のことで知っていることといえば、立花の妹だということくらい。
 お互いの名前もわからないような関係値で、いきなり「お兄ちゃんって呼んでくれない?」なんて頼んだら、確実にドン引きされてしまうだろう。
 ……あの子のこと、もう少し知る必要があるな。それと俺のことも、知ってもらわないと。

 すっかり黙り込んだ俺を見て悟った瞳は、呆れたようにため息を吐いた。

「名前も知らないの?おま……ほんと童貞だな」
「関係ねーだろ!」

 たしかにコイツだったら、そういうとこ抜かりないんだろうな。ヤリチンだし。
 とりあえずあの子の名前はあとで立花に聞こう。瞳にはそんなの反則だとか、言われそうだけど。

 
* * *

 教室に着くと真っ先に、窓際の席に座る立花が目に留まった。いつも通りイヤホンを装着して、不機嫌そうな顔でスマホを触っている。
 顔よし、頭よし、モテる。そんな立花のことを敬遠している男はただでさえ多いというのに、そんなに怖い顔してたら誰も寄ってこないに決まってる。こいつ、本当に友達作る気あんのか?『友達の作り方』にはどんな方法が書かれてるんだよ?
 ……まぁ俺は立花がただの不器用な奴だって知ってるから、声掛けるけど。
 俺は気配を消してそーっと近付き、後ろから立花の肩を掴んだ。

「おはー!」
「んばっ!?!?!?」

 立花は、相当びっくりしたらしい。その鍛えられたたくましい図体が、想像以上に飛び跳ねた。筋肉質で重そうな体なのにすげー跳躍力。さすがは運動神経いいだけあるな。
 
「……何の用だ、根本」

 そう言うと、立花はこちらをギロリと睨んできた。こえー顔。……だけど、よく見ると頬が赤くなっている。
 まったく。素直じゃない奴だ。
 俺は照れる立花にニヤニヤしつつも、本題を切り出した。 

「妹ちゃんの名前教えてよ」
「は?……なんで」
「知りたいから」

 立花の表情は一瞬にして、苦虫を噛みつぶしたような顔に変わった。
 名前くらいすぐに教えてくれたっていいのに、なぜか立花は口を割ろうとしない。
 
「……嫌だ、教えない」
「ふーん。じゃあみんなに言おうかな~あの本のこと」
「な、おまっ」

 立花が勢いよく立ち上がり、椅子がガタッと音を立てる。
 
「それだけはやめてくれ……!」
「妹ちゃんの名前は?」
「…………浬乃りの
「浬乃ちゃん……っ」

 渋々開いた立花の口から出た名前に、俺の胸はキュンッと鳴った。
 すげー可愛い名前。あの子にめちゃくちゃ似合ってる。

「お前、浬乃に何かするつもりじゃないだろうな」

 牽制するような目がこちらに突き付けられるが、最高潮に浮かれている俺は少しも脅威を感じない。
  
「なにも?ただ昼休み、会う約束してるだけ~♪」
「は?なんで」
「向こうから誘われちゃったんだ~♪」

 俺はへらりと答えると、口笛を吹きながら自分の席へ向かう。
 そんな俺を立花は怪訝そうな顔で見ていた。

 * * *

「すみません、遅くなって!」

 昼休み。授業が終わるチャイムが鳴ると同時に教室を出て、猛ダッシュで中庭にやって来た俺。
 置いてあるベンチに立ったり座ったりを何度も繰り返していると、申し訳なさそうな顔をした浬乃ちゃんが小走りでやってきた。

「全然大丈夫」
「校内案内の進行が遅れて……」
「そっか今日高校初日だもんな」

 確かに昼休みが始まってから少し時間は経ったが、待たされた感覚は全くない。
 だって俺、五年も理想の女の子と出会えるのを待ってたし。

「ここ、座る?」

 ベンチの隣をぽんっと叩くと、浬乃ちゃんは少し恥ずかしそうにちょこんと腰を下ろした。
 何も意識せず言ったけど……やばいわこれ。同じ椅子に、理想の子が座ってる。

 ドクン、ドクン……

 たちまち心音が大きくなる。
 やばい、頭回らんくなってきた。小さいけど高い鼻、長いまつげ……浬乃ちゃん、横顔も超可愛い。
 ぽーっと見とれていると、浬乃ちゃんの上半身がくるりとこちらに向けられた。

「単刀直入に聞きます」

 真面目な表情の浬乃ちゃんに、俺は息を呑む。

「なんでしょう」
「本当に、お兄ちゃんと友達なんですか?」
「え……え?」

 俺、そんなこと疑われてんの……?
 何を聞かれるのか少し緊張していたので、気が抜けた。 
 だけど浬乃ちゃんのこちらを見る真っ直ぐな目から、真剣に質問してるんだなってことが伝わってくる。

「うん、友達だよ」
「お兄ちゃんのこと、何かに利用してるとかじゃないですか?」

 俺の言葉に食い気味に口を開いた浬乃ちゃん。
 その言葉にぎくりと肩が反応した。

(それは……違うとも言い切れない)

「……怪しいです。だってお兄ちゃん、不愛想だし近寄るなオーラすごいし……これまで友達出来たことなかったから。学年が上がって急に友達だなんて、信じられなくて」

(うん、なかなか失礼だな)

 たしかに立花と仲良くなれば浬乃ちゃんに近付けるって考えたのはたしかだ。
 だけどいくら可愛い妹がいても、嫌な奴なら仲良くしようとか思わない。
 立花のことおもしれーって思ったから、友達も悪くないなって思ったんだ。

「同じクラスになって、たまたま話す機会があってさ」
「……それがきっかけで友達に?」
「まぁ、そんな感じ」

 浬乃ちゃん、まだ俺のこと怪しんでるっぽい。すごい目でこっち見てる。
 っていうかそもそも、俺なら自分の兄弟の友達関係なんて心配しないと思う。一人っ子だからわからんけど。
 きっと浬乃ちゃんはすごくお兄ちゃん想いで優しい子なんだ。
 ……いいな。立花はこんなに妹から愛されていて。

「立花って意外とおもしろいよな。変な本読んでるし」
「変な本?」
「いや、なんでもない」

 危ねー口滑らせるとこだった。
 
「なんか不器用というか。クールとか言われてるけど意外とリアクションでけーし表情豊かだしおもろいわ」
「……そうなんです。冷たいイメージを持たれてしまうんですが、そんなことなくて。本当は誰より優しくて暖かい人なんです」

 浬乃ちゃんの顔からはようやく不信感が消え、柔らかな表情に変わった。
 浬乃ちゃんがこんなに優しい顔をするんだ。きっと立花は家で”いい兄”をしているんだろう。

「立花ってなんか見ててもどかしいんだよな。もっと肩の力抜いて生きたらいいのにな」

 浬乃ちゃんに対する接し方を周りにもできたら、きっと友達もいっぱいできるはずだ。
 なんであんなに下手くそなんだ、あいつ。やっぱり家族じゃない他人と話すのは緊張すんのかな。
 俺は人見知りとかあんまりしないから、わかってやれねーけど。

「……よかったです。お兄ちゃんのこと、わかってくれる人がいて」

 浬乃ちゃんはそう言うと、安心したような笑顔を零した。

 ──ドキッ

 初めて俺に対して向けられた笑顔に、胸が熱くなる。

「疑ってすみませんでした」
「いや、全然……」
「優しいんですね。お兄ちゃんの友達さん」

 可愛い笑顔にまた胸がキュンと鳴る。
 風が吹くたび揺れるツインテールも、桜色の唇も、全部が俺の心を掴む。
 だけど……どうしても気になる。「お兄ちゃんの友達さん」って、長くね?
 
「その呼び方、ちょっと呼びにくくない?」
「あー、たしかに。……なんて呼べばいいですか?」
「おに……いや、貴也、とか?」

 っぶねーーー!!!本音がちらっと喉から出てきやがった。
 っていうか、下の名前で呼んでっていうのもちょっとキモかったか?
 脳内で後悔と戦っていると、鈴のような声が耳を通った。

「わかりました。……じゃあ、たかや、くん」

 ――キュン
 
 少し恥ずかしそうに頬を染める浬乃ちゃん。こんなの、ときめかない方がおかしいと思う。
 ……どうしよう。欲が湧いてきてしまう。
 今、「お兄ちゃんって呼んでほしい」って頼んだら、どうなる?
 この流れだったら……いけんじゃね?

「あのさ──」

 口を開いた時だった。

「お前ら、気は済んだか」

 ベンチの後ろからヌッと姿を現したのは。

「立花……!」
「お兄ちゃん……!」

 デカい図体が目の前に来ると、たちまち俺と浬乃ちゃんの座るベンチには大きな影が掛かかった。
 こちらを見下ろすその顔は、これまで見たどの時よりも真っ赤に染まっている。

「浬乃、お前は……余計な心配するな」
「だって、」
「根本。お前もわかったような口聞くな」
「盗み聞きしてる奴に説教されたくねーよ!いつから聞いてたんだ!?」
「……さっきだ」

 全く気配を感じなかった。だけど立花の口ぶりは確実に俺と浬乃ちゃんの会話を聞いていたものだ。
 どこから聞いていたんだろう。こいつの照れた様子からして、きっと俺がちょっと恥ずかしいこと言った辺りからは聞かれていそうだ。

「……絶対今年の読書感想文『友達の作り方』にしよ」
「なっ……!」
「お兄ちゃん、なんの話?」
「何もない……!」

 立花の鋭い目がこちらに向けられるが、俺はベーと舌を出しておいた。
 そのやりとりを見る浬乃ちゃんは、優しい微笑みを落とした。


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