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寡黙な加治くんの頭の中は、あんなことやこんなことでいっぱいだ 第二話

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寡黙な加治くんの頭の中は、あんなことやこんなことでいっぱいだ 第一話|ふらぺち伊乃 (note.com)


よかったら、お礼させてほしいな


 愛芽の告白から一夜が経った。今日は朝から学校中が、いつも以上に加治の話題で賑わっている。
 
「愛芽ちゃんが加治くんに告白したって聞いた!?」
「ね!愛芽ちゃん、さすがだよね~」
「経験豊富そうだし、なんかお似合いだわ」
「でも保留らしいよ」

 話題の内容は、愛芽が加治に告白するも付き合うまでには至らなかったということ。それから──

「加治って童貞らしいぞ」
「聞いた聞いた!まじでイケメンの無駄遣いだわ」
「ほんとそれ。貸してほしいわあの顔面」
「っつーか愛芽ちゃんに童貞捧げろよな!」

 ──加治が童貞だという内容だ。ただでさえ注目を浴びやすいというのに、公衆の面前で暴露してしまったのだから仕方ない。
 しかし加治は、自分の噂をされようがなんてことないらしい。なぜなら普段から、好機の目にさらされることが多いからだ。

 噂話が鎮火することのないまま、放課後を迎える。
 チラチラと向けられる目線なんて一切気にすることなく、加治は淡々と帰り支度を進める。

ガラガラッ

 扉が勢いよく開き、廊下の冷たい空気と共にムスクの香りが教室に流れ込んできた。
 現れたのはカスタードクリーム色の髪をした、ギャルだ。
 今日は大ぶりのハートピアスを耳からぶら下げ、目の上のラメを増量し、新品のルーズソックスを履いていつも以上に気合十分の装いをしている。

「加治くん、帰ろ~」

 愛芽が大きな声で呼びかけると、加治は腰を上げた。
 昨日、愛芽はギャルのネットワークを駆使して、加治の連絡先をゲットした。そして一緒に帰る約束を取り付けたので、こうやって迎えに来たのだが──加治の表情は、相変わらず愛想のないものだ。

 しかしその仏頂面は、愛芽との距離が近付くにつれていつもより少しだけ口元を緩める。
 それは両目3.0という驚異の視力を持つ万崎にしか見えないくらいの動きなので、愛芽を含むその他大勢から見た加治はいつも通りの無表情メガネでしかない。
 
「帰ろうか」
「うん!」
 
 話題の二人が並ぶと、一瞬にして教室中の視線が集まる。とはいえ愛芽も、加治同様あまり噂を気にしていないようで、加治と隣に立って視線を合わせていることに胸がいっぱいだ。

「加治くん電車だよね?あたし、歩きなんだ~。……方向一緒だし、せっかくだから駅まで行こうかな」

 ピンクの瞳に見つめられた加治は、メガネの奥の目をほんの僅かに細めた。
 
「あぁ」

 可愛いギャルとイケメンメガネ。目を引く容姿をした二人は、学校の外へ出ても目立つ。噂を知らない、ただすれ違っただけの人々の視線をも奪いながら駅の方向へと歩く。
 歩くたびに揺れる愛芽のミニスカが危うくて、サラサラとなびく髪が誘惑的で、妄想スイッチが入りそうになるも──加治は咳払いをして、なんとか気を静めた。
 
「加治くんさ、今日もレトルトカレー食べてなかった?」
「……食べてた。教室、来てた?」
「うん、一瞬だけ友達に用事あったから行ったんだけど……匂いですぐわかった(笑)」

 派手な見た目に反して愛芽はピュアな乙女だ。昨日その事実を知ったので、加治は愛芽を淫ら妄想に巻き込みたくない。
 加治はブンブンと首を横に振り、邪念を吹き飛ばす。
 
「今日はキーマにした。毎朝選ぶのが楽しい」
「へぇ~学校でカレー食べようなんて考えたことなかったから、ウケる!」

 無垢な笑顔が眩しい。徐々に下がり始めた気温や沈むのが早くなった太陽、地面を彷徨う枯れ葉。そんな秋の物悲しさをすべて吹き飛ばしてしまうくらい、愛芽の笑顔はキラキラしている。

「……百沢はゲラだな」
「そう?あ、でもたまに言われるかも」
「……いいと思う」
「え、うれし~」

 自分の言葉に対して更に笑顔を弾けさせた愛芽に、加治はメガネを掛けなおす仕草をした。愛芽の笑顔はレンズを割ってしまいそうなくらい光度が高いので、要注意だ。

「また今度さ、おすすめのカレー教えてよ」
「あぁ」
「やった!楽しみ~……って、もう駅着いちゃった」

 愛芽の言葉に、加治はハッとする。気が付けば二人の目の前には、駅のシンボルである銅像がそびえ立っていた。加治の体感では、まだいつもの半分くらいの時間しか経っていない。
 愛芽は少しだけ目を伏せると、ベージュのカーディガンの裾をぎゅっと握る。

「じゃあ、あたしはここで」
「あぁ……じゃあ」

 加治はぶっきらぼうに少しだけ手を振ると、去っていく愛芽の後ろ姿を見送った。
 会話が苦手な自分相手に、ニコニコと話しをしてくれる愛芽。楽しそうな愛芽の姿を思い返す加治は、満更でもない様子だ。
 澄み渡る空では、うろこ雲が気持ちよさそうに泳いでいる。
 このまま一緒に過ごせば……好きになるかもしれない。加治の胸はじんわりと熱くなる。
 
(……童貞卒業も近いかもな)

 加治は、帰ったら先々週の”週刊遊び人”のグラビアを見返そうと心で決めた。たしか白ギャルと黒ギャルのオセロコンビが制服着てるやつだったはず。そういえばその白ギャル、少しだけ愛芽に似てたかも……。
 ぼんやりと考えながら、加治はホームで電車を待つ。すると、その時。

 ──チャリーンッ!

 背後で何かが落ちる音がして、何かが加治の足元へと転がってくる。
 それはコツンと踵にぶつかると、動きを停止した。
 
「すみませんっ!」

 焦ったような、甘い声が響く。声の方へ振り返ると、アイドルのように可愛らしい女の子が駆け寄ってくる。

「小銭入れが開いてて、中身が落ちちゃって……」

 そう言った女の子はしゃがむと、加治の踵によって止まった五円玉を拾った。

「ありがとうございますっ」
「いや、俺はなにも……」

 ふわりと緩く巻かれたカシスパープルのミディアムヘア。ハーフアップにアレンジされていて、後ろは白のリボンでくくってある。
 そんな女の子らしい髪型が極めて似合うその子は、学年で一番可愛いと名高い、市瀬心実だった。
 初めて近くで見た心実に、加治は息を呑む。
 
「助かりましたっ!そこに立っていてくれなかったら私の五円、線路に落ちてました……!」
「いや、たまたまなんで」

 大きくて丸い目に、ぷっくりとした唇、白くて陶器のような肌、小柄で華奢だけど程よく肉の付いた身体。学年一だと言われることに納得の容姿だ。グラビアデビューすればすぐにでも雑誌の表紙を飾れるだろう。
 そんな男の好きな要素を詰め込んだ心実は、深々と下げていた頭を上げた。

「あの……私、一年の市瀬心実って言います。お名前聞いてもいいですか?」
「名前?……加治大志。同じ一年だ」

 加治は少し戸惑ったものの、相変わらず表情には出さない。仏頂面のまま名乗った。
 加治が戸惑った理由は、普段同じ学校の生徒から名前を聞かれることがないからだ。どこにいても注目を集めるイケメンなのに、休み時間のたびにグラビアを見る男。加治大志という名前は、高校入学後一瞬にして有名になったので、校内で知らない者はいないと思い込んでいた。自惚れていたことに、加治は羞恥を覚える。

 ちなみに市瀬心実も、加治と引けを取らないくらいに有名だ。もちろん加治も認知していた。
 ただ、加治が認知しているのは可愛くて有名だという理由もさることながら、なんせ万崎がうるさいのだ。「市瀬さんが可愛い」だの「市瀬さん最高」だの「市瀬さん尊い」だの、見かけるたびに騒いでいる。本人に聞かれないように、コソコソと。

「同じ学年なんだ!えへへ、なんか嬉しいな」

 急に砕けた話し方になる心実に、加治の胸はドキッと音を立てた。無邪気な笑顔はやはりグラビア誌の表紙レベルだ。
 加治はそれまで市瀬を見て騒ぎ立てる万崎に冷めた目を向けていたことを、少しだけ反省した。この可愛さは興奮するのも無理ない。近くで見るとく周りに花が浮かんでいる幻覚さえ見える。

「あの……せっかくだし、よかったら、お礼させてほしいな」
「え、俺立ってただけだけど」
「そういうのは、口実だって察してよ~!」

 恥ずかしそうに目を逸らした心実に、きゅんと甘い音が聞こえる。こんなことを言われて動じない男はきっと、男じゃない。

「……今から、時間ある?」

 心実が不安そうに上目遣いをすると、加治は無意識のうちに首を縦に振っていた。
 

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