バンコクでの一日(ゲイと添い寝編)
アジアで一か国だけ絞ってどこに行こうかと考えた時、以前僕の大学に留学生が来たことにも左右されたのだろう。まず最初に僕の頭に浮かんだのはタイだった。灼熱のタイ。仏教のタイ。夜の街のタイ。
予想より日程が多く取れたということもあり(お金を節約したいということはさておき)、まず最初の数日はタイの首都バンコクでカウチサーフィンで宿をとり、現地の人と交流してから一人で観光することに決めた。
数入るお相手の中、笑顔がステキで、旅も好きだというバンコクの空港の近くに住む、黒人のフィリップに相手を決め、彼にメッセージを送った。
相手からもいい感じの返事。日本が好きでもあるようだ。僕達は話を進め、じゃあすまないが何日に君の家に僕を泊めてくれないか?という話になった。
相手からは一言いいよという、嬉しいお言葉。カウチサーフィンの大体がこういう流れだろう。だが最後に彼はこう付け加えた。一応俺ゲイだけど、それでも大丈夫かい。
僕はすぐさま以前の皆のコメントを漁る。ふむ、一見したところやばい感じのコメントはない。まあ大丈夫だろう。こいつら全員がグルになってない限り、何かが起こる心配はなさそうだ。そこで僕はGOサインを出した。
LINEのアドレスを交換してから、いざバンコクへ。親切にもフィリップは待ち合わせの最寄りのバス停で僕を出迎えてくれた。荷物をしょい込み僕らはバスに乗り込んだ。三車線を全て埋め尽くす車の嵐。その中で英語で挨拶から話を進める。日本人の英語にまつわる力量を身をもって知っているのだろう。僕の拙い英語にもふんふんとイライラすることもなくうなづいて聞いてくれた。
彼の案内で、夜でも忙しく商っている屋台の集まった区画に行き、そこでトロピカルなジュース、はたまた幼虫の揚げ物のようなゲテモノ類、その他このタイの地で有名な数々を僕達は食した。食事を済ました後に、何か特別なこともできたのだろうが、長旅で疲れただろうからと気を遣ってくれ、彼の家にそのまま向かうことになった。彼の家は屋台からバスで20分ぐらいの場所にあった。マンションの三階で、キッチン付きのリビングが一部屋。そこに冷蔵庫やら、ベッドやらの家具が壁に引っ付くような形で置かれていた。
風呂場を見るとシャワーと便器と併設され、ウォシュレットがなく、ただ尻を洗う用の別個のシャワーが壁から伸びていたのが、海外経験の浅い僕には衝撃的だった(後にこのシャワーの水圧が車を洗浄するほどの勢いの持ち主であることが発覚する)。
フィリップから一通りのハウスルールを受け(ゴミ出し。生ごみは緑色のケースだよ。明日は仕事だから、早く起きるよ。けど君は寝てていいよ)、それからいざ寝る段となった。
ここで、問題。どのようにして寝ればいいだろう。どう見ても寝床はただ一つ。セミシングルサイズの固そうなマットレスだけだ。そしてどう見ても、どう解釈しても二人で仲良く寝れるように、身体にかけるバスタオルのようなものが二つベッドの上に畳まれて置いてある。
一回頭を整理しよう。今提示されているのはマットレス一つ、それと僕とフィリップ。フィリップはゲイであり、黒人。
いやいまや嵐吹き荒れるジェンダー論におかしな偏見を持っているわけではない。これはただ純粋なる可能性の話だ。男でストレートな友達が横に寝るというのなら、僕はこういう思考状態に陥らない。けれど哀しいかな僕はこういう経験に疎いのだ。ゲイというのはどういう人種なのかとんと分からないのだ。例えば異性愛者が何の気もなしに隣に寝そべる。これはたぶん数パーか数十パーセントで危うい経験だろう。それではゲイとストレートでは。ふむふむ。これは僕の理解の範疇を優に越える質問だ。
そうして悩んでいると、シャワーを浴びたフィリップが腰にタオルを巻いて風呂場から出てきた。彼の筋肉量は僕を遥かに抜きんでている。もし掴まれば、僕は蜘蛛の巣に引っかかった虫けらである。
だが、もしこの状況から逃げ出そうにも床に寝るしかない。外は真っ暗。外の道路には涎を垂らす野良犬さえ歩いていた。
あきらめよう。カウチサーフィンの皆のコメントを信じよう。そう僕は思った。というか自分を説得しにかかった。フィリップの笑顔はそういう変な、人を食い物にするような奴がみせるそれではなかった。僕には少なからずそう見えた。
僕はお休み、と言うと旅で傷んだ重い身体を固いマットレスの上に下ろした。もちろん背中を向けて、出来るだけ端っこに寄って。
その後何か起こったかだって?はい、僕はゲイにならず、そして(大切なことだが)何かのヴァージンを失うこともなく、以前のまま、ストレートで生きております。
サポートしてくださると、なんとも奇怪な記事を吐き出します。