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コロナ禍の音楽教育(邦楽)について考えたこと

2019年、5歳~8歳の子どもたちがお箏で舞台デビューしました。伸び盛りの子どもたちのお稽古をコロナ禍でも「とめない」ために、2020年4月から「オンラインでミュージカルを制作する」ということをはじめました。 2020年9月に書きまとめた制作経過を、記録として載せておきます。

(1)はじめに―オンラインミュージカル企画の背景―

2020 年 2 月頃から、新型コロナウイルスの感染拡大の影響により、予定している発表会や演奏会が相次いで中止されるようになった。本番に向けて練習をつめていき、本番をいくつもこなしていくことによって結果的に技術が向上する、という練習パターンが、稽古場の子どもたちの中で確立しつつある時期であった。しかし「さあこれから頑張って練習しよう」という段階での中止の憂き目を何度か経験し、これ以上の「本番中止」の経験は、 子どもたちにとって悪影響であると考えた。(「中止になるかもしれない」本番に向けての 練習に注力するには、大人でも相当の精神力が必要であるし、音楽関連以外の行事も相次いで中止になっており、子どもたちの心理面が心配であった。)そこで、今年度は、はじめから舞台での発表を計画せず、オンラインで制作することを 2020年4月時点で決定し、門人の皆さんの了承を得た。希望者は ZOOM によるオンライン指導に切り替えた。そして、オンライン時代に対応していける演奏技術として、これまでの「相手の呼吸に合わせる」練習ではなく、「メトロノームに合わせて演奏する」「音源に合わせて演奏する」ことを新たな 練習項目に加えた。

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(2)オンラインミュージカル制作の方法

・2019 年に上演したミュージカル『おさかなちゃん、うじがわへゆく』の音源を、サンプルとしてユーチューブで公開。

(※動画はありません、音のみ)

・『おさかなちゃん、うじがわへゆく』のシナリオのパロディ仕立てで、シナリオの原案を作成し、稽古場と Web 上で、希望者に配布。

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・セリフや演奏をスマホで録って、期日までに返信してもらう。


・返信された音源を編集して、ユーチューブで発表する(音源のみ・動画はなし)。

・シナリオの内容は子どもたちの意向によって変更・追加し、その都度配信(現在も継続中)。

・演奏はテンポ 100 で各自収録し、編集で合奏形式にする。

・参加賞として「耳が動くこいぬのぼうし(@550)」をプレゼントする。


(3)シナリオの内容が意図しているもの


大人になるまで箏の稽古を続けた場合に困らないよう(子どものときに変な癖がついた、変な音を覚えた、などということにならないように)、442Hz で、習いはじめは、中指を練習することにしている。基礎練習(中指)を芝居仕立てにして、繰り返し練習するプログラムにしたものが、2019 年上演の『おさかなちゃん、うじがわへゆく』である。タイトルの由来は、食事中に子どもたちが、しらすごはんのしらすをつまんで「おさかなちゃーん、
どこいくの?」「えーっ、うじがわだよ」とごっこ遊びしていたのを、そのまま劇に取り入れた。稽古の後でよく、宇治川を散策していたことも背景にあり、楽しかったようである。

今回の『こいぬちゃん、〇〇〇へゆく』は、箏でよく使用する音階「平調子」と「楽調子」を理解できるようになるためのプログラムを織り込んでいる。

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(※この時点では、半音はシャープで統一していた。)

100 円ショップの「耳が動くこいぬの帽子(550 円)」を一人の子どもが欲しがったことから、「作品が完成したらこいぬの帽子を買ってあげます」という形で台本に取り入れた。

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お芝居の中での「こいぬちゃん」の目的地は京都市動物園であるが、子どもたちの「謎解きにしたい」との希望により、タイトルは今のところ『こいぬちゃん、〇〇〇へゆく』としている。
ストーリーやセリフの制作に、子どもたちがかかわると楽しいようなので、いろいろと意見を取り入れ、頻繁にシナリオを改訂しており、シナリオは完成していない。

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また、子どもが嫌だというセリフは消去し、「無理矢理させられている」という感じにならないようにしている。(例:「もうあるくのはいやじゃー」と常磐津風に言う、というところは、恥ずかしいから嫌だと言われたので、普通のセリフに変更した)
楽しませる工夫をしながら(稽古を嫌いにならないよう)、きちんとした内容を覚えられるよう、いろいろと工夫している。

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(4)制作の状況

制作は遅延している。


<遅延の理由>


・学校再開後、臨時休校中から一転、子どもたちが 6 時間授業などで忙しくなってしまった(保護者も、在宅勤務ではなくなり、忙しくなった)。

・音源に合わせて演奏する、ということが、子どもたちにとって、想定していた以上に難しかった。

・「音源に合わせて演奏」したものを「録音して」「返信」してもらう、ということは、思った以上に困難であった(保護者側に、時間の余裕やエネルギーが無いとできないことだと判明した)。

・「密」の状態を回避するために、稽古場の出入り口を開け放していることから、稽古場で録音しようとすると道路の雑音や虫の鳴き声が入ってしまい、なかなか環境が整わない。

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・必要な機材の一部が、在宅勤務者の急増で需要がたかまったためか、在庫切れで、いまだに入荷しない(発注は済んでいる)。

(5)コロナ禍にどう対峙するか、そのための紆余曲折と試行錯誤

子どもたちは、将来「コロナ世代」と呼ばれることがあるかもしれない。しかし、それが単なる「失われた時代」になってしまうことを、今のうちに、自力で避けたいという思いがある。教授者としては、自粛生活があったからこその強みとして誇れるものを伝授すべく、子どもの稽古では、現在、音階の理論を教えることに時間を割いている。その結果、今は、「発表会ないんやし、今年は調弦をおぼえよう」という空気が、稽古場に醸成されつつある。子どもたちは「お箏が弾ける」というだけにとどまらず、「お箏の調弦もできるスーパー小学生」になるべく、現在、楽しみながらミュージカルの音源を制作しているので、その空気をさらに膨らませ、強化していきたい。

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外出自粛中にも鬱屈しないよう、自分の「お気に入りのもの」でお気に入りの替え歌をつくっておく、ということもシナリオに書いた。

おきにいりのもの

また、当初は、新型コロナウイルスに感染した場合、入院が必須で、保護者と会えなくなる心配があったことから、入院しても保護者とメールで連絡がとれるよう、低学年・中学年の子どもたちにも、劇の中でローマ字入力を教えた。入院隔離の可能性は、すでにかなり解消されたが、シナリオとしてはこのままのストーリーをのこしておく。いつか「あんな時代があったね」「あのとき私たち、あんなこと心配していたね」と、ユーチューブを観て笑いあえる日が来るのを待ちたい。そして、いつか、シナリオにあるとおり、ロームシアターで、参加賞の「耳が動くこいぬのぼうし」をみんなでかぶって、この音楽劇を上演したいと思う。

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(6)今後の展望

・「音源に合わせて演奏する」練習を続けつつ、じっくりと音楽理論も教えていく。


・作品を完成させる、ことを目的化してしまう弊害を避けたいことから、事業を延期して、ゆとりをもった日程で制作を継続する。

・当初はシナリオの冒頭に演奏箇所があったが、前述のようにテンポどおりに演奏することがとても難しかったことと、使用を予定していたメロディについて、著作権の処理が非常に困難であることが判明した。そのため、テンポ 100 で演奏した音については、劇の最後に、総花的に、編集を加えて挿入する。現時点では、極力、パソコン側でのピッチの調整をしないようにしているが、多くの人の耳に触れるものなので、最終的な作品発表の際には微調整を行うつもりである。


子どもたちが利用しやすい音楽学習のプラットフォームをなかなか見つけられずにいる。広告表示の少ないブログも利用してみたが、ブラウザ経由でのインターネットへの接続はどんなサイトにジャンプしてしまうかわからず、安全に利用するためには結局保護者の IT知識と努力が必要になる。LMS なども検討したが、ID とパスワードを入力してログインしなければならないことが最初の関門になる。「保護者がつなごうとしないとつなげない」のでは、子どもたちが自分の意志で「やりたい」と思ったタイミングを逃してしまう。音楽教育専用の教育タブレットがあるとよいと思うが、それも見つけられずにいる。
結局、子どもたちにとって、自分の意思で気軽にアクセスできるプラットフォームとしては、今あるものの中では、もしかするとユーチューブが最適かもしれないと考えるに至っている。ユーチューブには他の誘惑も多いが、多くの子どもたちが現実に利用していて、テレビのリモコンなどでも手軽に操作できている。改訂を繰り返しているシナリオを、その都度プリントアウトするより、保護者も気楽なのではないだろうか、と考える(パソコンやプリンターを所有していない保護者は意外に多かった)。今後は、シナリオをユーチューブで制作する、ということを、試験的に行ってみたいと思う。ユーチューブをみながら、表示される画像や音源に合わせて演奏し、それをスマホで録音し、LINE で返信してもらう、という形を試行する。

2020 年 3 月からは、小中学校が一斉休校になり、新学期からは休校中の学習サポートのための Web 教材へのリンクが配布されるようになった。しかし、算数と国語ばかりで(一年生は塗り絵や迷路や間違い探しが延々と続いた)、音楽教育に関するサポートはほとんどなく、教科書に載っている曲の、主旋律の音源が再生できる程度であった。ある時期から、休校中の課題として、算数や国語のプリントも配布されるようになったが、音楽の宿題は、少なくとも私の稽古場の子どもたちに関しては、なかったそうである。

この喪失分をどうとりかえしていくか。音楽教育に携わる者として、学校で学べない分をなにか補強する役割を担いたいと考えたが、自分自身の稽古場も含め、多くの音楽教室が 5 月頃まで休業を余儀なくされていた。今後もいつどうなるかわからない。ミュージカルのシナリオに、さりげなく音楽理論を盛り込み、教材としても機能するように作りこんでいるが、今後は、作品としてのミュージカル音源とは別に、単独での教材も、並行して制作していきたい。​

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(7)最新の作品(第3回作品発表)


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