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日々の事37

思ったこと

昨日Twitterでとあるフォロワが、同接数の少ない配信について抱く気持ちをツイートしていたので、それを呼び水に自分でも考えてみた。あくまで雑感なのでもっと統計なりサンプルが必要なのは否めない。
以下ツイートの転載。

実はツイート埋め込む機能を使ってみたかったのもある。
要するに、小規模な配信には「独特の居心地の良さ」があると言いたい。
そう感じる要素としては①同接数の少なさによる視聴者の固定化②商業主義的な空気の排除だ。

①はツイートで「内輪感」と言い換えているが、もう少し解像度を上げるなら「配信でコメントする人が毎回固定的である」ということだ。コメ欄での馴れ合いより、配信者も視聴者も「あ、またこの人いるな(=コメントしているな)」と共通認識を持っている状態を指す。ここを突き詰めると「一見さんお断り」的な空気が醸成されていくが、それは大なり小なりどこの配信でもあるので内輪の内側にいればラッキーといえるだろう。
ツイートの最後でも言っているが「自分の席が用意されている感じ」は居心地の良さに大きく寄与している。

②は配信者によっては死活問題だが、よくよく考えれば配信は「毎回お金を稼ぐためにやるもの」でもなければ「人気者でなければやってはいけない」ものでもない。趣味で、あるいは収益など最初から求めていない配信をしている人は沢山いる。我々がよく名前を聞いたり認知している配信者は「有名だから」認知しているにすぎない
個人的な感覚では、売れようとしすぎる人ほどすぐ引退し、特に強く意識していない人の方が細く長く続けている。前者がとりわけ観る側からは重大で、有名Vtuberの引退に例を見るように「突然の配信活動終了」などはまさに青天の霹靂。そんな心配をせずに、後者のようにゆるく長く見ていることができる配信者がいいに決まってる。商業主義は「引退」のスイッチを押しやすい。

以上が①と②の詳細だ。ここまで書くと要領を得なくなっていくがそこは勘弁願いたい。
繰り返しになるが小規模な配信の「独特の居心地の良さ」が自分は好きだ。いつもそうした配信を探している。みんなも自分にとっての居心地の良い配信(者)を探そうな。

今日はここまで。

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