調達力・購買力の基礎を身につける2
(1)-1 調達・購買部門の強い企業、弱い企業<基礎知識>
調達・購買部門の強い企業とは社内に対する影響力が強いことです。社外に対する影響力が強いことです。それぞれどういうことでしょうか。
前者は、企業全体の理念・戦略に基づいて自部門の戦略を構築し、社内に浸透・徹底させることができることです。調達・購買部門の言うことを、それまでの実績から信じさせ、社内と協心できることです。後者は、サプライヤーを自社戦略に従わせることができ、高いコスト低減率を実現できていることです。
調達・購買部門出身の社長は日本では多くないのですが、トヨタ自動車やその他製造業などでは当部門からの社長登用が目立つようになりました。また、海外企業ではCPO(Chief Purchasing Officer)という調達・購買部門担当役員を置くことが多くなってきました。
とはいえ、まだ「強い調達・購買部門をつくる」というスローガンが浸透しているとは思えません。部門を強化しようという意識なくして強化されることはありません。そして、強化のためには調達・購買部門のマネジメントの徹底と、各バイヤーの意識の向上が必要です。
(1)-2 調達・購買部門の強い企業、弱い企業「私の経験」
「ボールペンばかりで大変だよ!」
ある企業のバイヤーと話していて驚いたことがあります。その企業では毎日平均2社ほどのサプライヤーから新規の売り込みを受けるのだそうです。各社二人ずつとしても、毎日4人と会うことになります。さぞかし名刺も減る一方でしょうし、だいたい顔と名前も覚えることができないはずです。
私は「そんなに売り込みを受けたらパンフレットばかり溜まるでしょう」と訊いてみました。彼曰く「パンフレットは捨てることができるが、なんとなく粗品は捨てることができない」と言うのです。粗品の中で最も多いのは、ボールペンだそうで、机に溢れてどうしようもないのだそうです。
「買ってくれ、買ってくれ」と頭を下げるのは、バイヤーを勘違させてしまう最も早い手段ではあります。会社の看板がすごいのであって、そのバイヤー個人がすごいことはほとんどないからです。しかし、その当時の私はと言えば、逆に頭を下げてモノを納入してもらう日々。どうしようもない納期設定ばかりで、常にサプライヤーにお願いするために足を棒にして歩く毎日でした。正直、羨望の眼差しで彼を見てしまいました。
立場が強くなれば、強気な交渉もできます。立場が強くなれば、おのずと営業マンが接する態度も変わってきます。優良顧客向けには営業マンの質を変える(つまり、優良顧客向けには優秀な営業マンを担当させる)ということは実際にあります。
理想のみから話を展開しても仕方がないので明記しておくと、自社の業界内優劣(業界1位か最下位か)をバイヤー個人で凌駕するのは難しいことがほとんどです。また、ときに産業の勢い(景気の良い自動車産業やIT産業か斜陽産業か)は個人の能力の差など吹き飛ばすことがたくさんあります。
(1)-3 調達・購買部門の強い企業、弱い企業「自社の制約を超えて」
しかし、です。矛盾するように感じられるかもしれませんが、自社の調達・購買部門を強化することはできます。業界のナンバーワンの影響力を持つことはできないかもしれません。ですが、発言力をより持った部門に変化させていくことはできます。
私が知る限り、社内外に強い影響力を持った調達・購買部門とは下記の条件を満たしています。
(1) バイヤーのレベルが高く、またスキルアップさせる仕組みを持っている
(2) 高い目標を社内に向けてコミットし、実現させている
(3) サプライヤーに対して調達・購買部門が最終決裁権限を持っていることを認知徹底させている
難しくもない、しかしそれでいて地道な活動を要求するものばかりです。
(1)は、当然のことかもしれません。社内外にメッセージを発言しようとしたときに、調達・購買知識を持っているということは相手を信頼させる前提だからです。ただし、企業によっては設計者などの他部門の方がバイヤーよりずっと調達・購買の知識を持っている場合があります。これでは、信頼もされませんし、影響力を行使することなどありえません。また、知識体系が非常に整っており、あるレベルを通過したバイヤーが次に一体何を学べばよいかを明確にすることが必要です。
(2)も重要です。殻にこもりがちな調達・購買部門は、そもそも社内にコミットしていません。「このサプライヤーを使おう」というときには「一体それによってどんな良いことが起こるのか」を明確にせねばなりません。「俺たちのことを聞いてくれたら、○%の原価低減を約束する」とか「不良発生0%にする」とか「納期遅延ゼロ化する」といったコミットをしないから、関係部署も聞く耳を持ちません。高い目標を自ら掲げ、社内にコミットすること。これが必要です。そこまで言ってしまえば、社内部署も協力せざるをえませんから。
(3)は、強調してよいはずです。よく「サプライヤーが直接設計者と連絡を取っている」という話を聞くことがあります。バイヤーには、全てが決まったあとに見積りだけをサプライヤーが持ってくるのです。これでは、バイヤーの立場などありません。しかし、中には「面倒くさいことを言ってこないで。設計と話してから決まったら教えて」と言ってしまうバイヤーがいます。あくまで社内の窓口はバイヤーであって、他部門ではないはずです。決裁責任はバイヤーにあるはずです。それを自ら他部門に丸投げしてしまってはいけません。それでは社内にもバイヤーは単なる「支払い処理係」という認識しか持ってもらえません。必ず自分のところに社内外から連絡が届くように仕向け、自ら決定のプロセスに関わってゆくこと。こういう積み重ねが何より大切です。
(1)~(3)で説明したような部門のマネジメントの徹底と、バイヤーの意識向上があってはじめて強い調達・購買部門は実現するはずです。
強い調達・購買部門とは、リバースオークションや電子調達システムを導入したからといって一朝一夕に出来上がるものでは決してなく、強い意志と日々の愚直な積み重ねの果てにあるからです。
(1)-4 調達・購買部門の強い企業、弱い企業「雑感」
ある老年者が自分の事を指して「士・農・工・商・犬・購買」と言っていたのを聞いてびっくりしたことがあります。何でも好む犬でさえ食わないような仕事を請け負っているからそう呼ぶのだそうです。笑ってしまいます。いや、笑い事ではありません。自部門の哀愁を自虐的に語るのは許してあげてよいとしても、若いバイヤーの士気を下げるのは止めてもらいたい。
昔は、バイヤーの研修で「いかに営業マンを言いくるめて安くするか」というロールプレイをやっていたそうです。私はそういう研修も価値を認めますが、そういうメンタリティではいつまでも社内の下請け部門に成り下がったままでいるのは必至です。
調達・購買部門の長としてCPO(Chief Purchasing Officer)を設置することが議論されていますが、私はそれよりもまずCPO(Chief Passion Officer)が必要だと思います。
(2)-1 調達・購買部の貢献とは<基礎知識>
調達・購買部門が社内に貢献できることとしては、調達を通じてQCDに優れた製品を提供し、企業価値の最大化を図ることです。それに加えて、次のような貢献が考えられます。
(1) 社内へ先進情報を提供する
(2) 社内の暴走を防ぐ。サプライヤーをときに守り、健全な関係を保持する
(3) 社内のコミュニケーションを効率化させる
(1)は別項で説明します。
(2)に関して。ときにサプライヤーに対し高圧的な態度に出る生産管理部門・設計部門担当者が存在します。そのような一連の態度を倫理的、法律的観点から自制させる役割を調達・購買部門は担っています。ちょっとした不道徳・不正・脱法行為であっても社会問題化することは少なくありません。企業の一員として、社会的責任を果たすためにも、社内への教育が求められます。
(3)に関して。これは、流通線として説明ができます。生産管理部門・設計部門がN人、サプライヤーもn社存在するとします。このN人とn社のやり取りの流通線は最大でN×nです。ここに調達・購買部門が媒介役として入れば、この流通線はN+nとなります。1回あたりの通信コストや機会費用を考慮すれば、社内外の窓口として調達・購買部門を設置することで総費用の削減が可能です。また、窓口の一本化によって誤った情報が流出することも防げます。
(2)-2 調達・購買部の貢献とは「私の経験」
「教えられてないからできません!」
後輩バイヤーがそう言ったのを聞いて愕然としたことがあります。その後輩バイヤーは、私の仕事を引き継いで1ヶ月ほど経っていました。私は次々に仕事を引き受けていましたから、それをそのまま引き継いだ彼は、あまりにも多大な量に驚いていたようです。
次々にかかってくる電話。次々に押し寄せるサプライヤー。日々の業務、問題。そのセクションの業務の何もかもが、自分にふりかかっているように思ってしまったのです。
引継ぎ前は「大変みたいですね」と言っていましたから、自分がやることになる業務への覚悟はしていたようです。しかし、実際それをやってみると、徐々に不平不満が鬱積していったのです。
当初は夜遅くまで残ることで何とか対応していったようですが、じきに仕事の荒さが目立つようになっていました。日々の設計者からの問い合わせには「時間がないからできない」と言い、いつかしら「あの設計者は放っておいてもなんとかしてくれるだろう」と自己の仕事の不完全さを肯定するまでになっていました。
言い訳ばかりが多くなり、自分の窮状を周囲にアピールするようになりました。彼は私の前の机で仕事をしていたのですが、あるとき彼は電話中に私に聞こえるように、こう言っていました。
「それは引き継いでもらっていません。教えられてないからできません!」
こうやって彼は、社内外の人間からの問い合わせを受けないでよいようなポジションを獲得してゆきました。
自分の存在を、自身で否定するということは本当に哀しい話です。
(2)-3 調達・購買部の貢献とは「バイヤーは社内外を結ぶコミュニケーションツールとなる」
入社間もないバイヤーに「どうやったら、仕事を早く覚えることができ、早く成果を挙げることができますか」と訊かれると、必ず答えることがあります。
「2年間は、与えられた仕事を全て断ってはダメです。他のバイヤーが答えるべき問い合わせにも嫌がらず対応して下さい。そして多くの人たちと触れ合い、仕事を詰め込んでください。詰め込めば詰め込むほど仕事の密度は上がります」と。
聞いたバイヤーにとってはかなりのプレッシャーなのかもしれません。しかし、これは私が強く信じていることです。
バイヤーの仕事を普通の2倍やっていれば、関わる人たちの数は2倍以上に増えてゆきます。評価してくれる人の数も2倍になってゆきます。自分の行動と態度で社内外に貢献ができます。
通常の仕事以外でも、会社に貢献できることは考えてみただけでも色々あります。これらはほとんどお金を必要としない、難しくもないことばかりです。
・ サプライヤーから聞いた話で参考になりそうな内容があれば、資料をまとめて社内に配布してみてはどうでしょうか?
・ 社内で常識から外れている行為を散見したら、それも配布したらどうでしょうか?
・ 自分の経験を書き残し、社内で共有化してみてはどうでしょうか?
・ 調達関係の勉強会に出席し、他社の「開発購買」などの参考事例を各部門にプレゼンテーションしてみてはいかがでしょうか?
調達・購買部門は社内とも社外とも付き合います。社外(サプライヤー)から見える市場の情報(市況の動向や技術トレンドなど)を社内に提供する。社内(生産・設計部門)から見えるお客の情報(自社が市場から求められているもの、生産予定品目)を社外に提供する。その両方への窓口として存在意義を発揮してゆきます。
バイヤーは社内外を効率よくつなぐことのできる立場にいます。良いモノを安くタイムリーに調達してくるだけが仕事ではありません。
ときには倫理・法律上から社内が暴走しないかもチェックし社内を教育したり、情報を提供したりします。金銭的メリットではないので、効果が分かりにくい面はあります。それでも、社内外に良い影響を与えることは必ず評価されます。
「あの調達・購買部門に、あのバイヤーあり」と社内外に認知されるようになって下さい。
(2)-4 調達・購買部の貢献とは「雑感」
最近、日本中のバイヤーの方々からメールをもらったり話したりする機会が増えてきました。その人たちから感じる志はものすごいものがあります。
少しずつでもいいはずです。その志を表現し、行動することで、きっと何かが変わってきます。
「教えられてないからできません!」と言ってしまうようなバイヤーが減り、社内外の窓口として自覚し業務を続け、調達・購買部門の存在価値が増してくることを私は心から期待しています。
(3)-1 調達・購買の社会的意義<基礎知識>
各企業は、安価な製品を提供すること、技術の向上に寄与すること、人々の生活を向上させること、などを理念として持っています。その理念を基とする企業活動に伴う社会的責任としては、環境や人権に配慮すること、社会倫理に徹した行動を取ること、世界的な平和・安全を維持すること、などが挙げられます。
調達・購買部門の主な業務はサプライヤーの選定です。調達・購買部門が自らも高い社会的責任を果たした上で、サプライヤーに取引条件として同様の社会的責任の取り組みを要求すれば、サプライヤーは従わざるを得ません。あるいは調達・購買部門はそのような社会的責任を果たしたサプライヤーを選定することになります。
具体的にはサプライヤーに対して下記項目を要求することになります。
・ グリーン調達に適合しているか
・ 工場内の安全衛生は満足できるレベルか
・ 個人情報保護を徹底しているか
・ 反社会的な行為に手を染めていないか
などを厳しくチェックする動きが見られます。そして、その動きが加速し遂行されれば、サプライヤーの企業全体的な質は向上してゆきます。次にそれが、社会全体の向上・発展につながってゆきます。
とすれば、調達・購買部門とは「モノを買うという行為を通じてよりよい将来を創造する仕事だ」ということができます。
(3)-2 調達・購買の社会的意義「私の経験」
「従業員が工程内で腕を切り落としてしまいました!」
サプライヤーから「ある製品が納入遅延になりそうだ」という電話を受けたときに、そんな理由を教えてくれたことがあります。
正直、私は驚いてしまいました。というのも、そのサプライヤーの工場にはそのちょっと前に監査を実施し、安全面も「優良」という結果になっていたからです。新しく取引を開始するサプライヤーでしたが、準備は万全のはずでした。
サプライヤーに対して次のような作業・書類を要求していました。
・ 工場品質証明取得の有無(ISO等)
・ 品質管理体制図
・ 温度、環境、動作試験指示書
・ 使用物質一覧表、環境対応の取り組み予定表
・ 工場監査時指摘の改善確認書
・ 資本金等の企業情報一覧
・ 企業安全性、収益性書類
・ 取引基本契約書
等々。まるで抜けがないように思えました。実際、私も工場監査中なんら疑問を持つことがありませんでした。普通に見える工程。普通に見える従業員たち。何ら問題がない工場であるかのように思えました。
腕を切り落とした原因を聞いてみると、どうやら大量の生産品をさばくために、安全装置を稼動させず、かなり簡略化したやり方で生産していたようでした。
少し背景を説明します。製品はプレス品でした。プレス品のうちタンデムという製法で生産するものは、一回一回製品をセットしたあとに作業者が両手を使いボタンを押す必要があります。両手でボタンを押させることで、作業者がプレス機に巻き込まれることを防止しているわけです。ただ、両手でボタンを押すことは、かなり時間がかかり、生産効率が落ちてしまいます。
それを改善するためか、この工場の一部では片手で製品をセットし、足の付近にボタンを設置し、そのボタンを足踏みすることでスピードアップを図っていました。安全装置の思想を無視した形で、この工場は稼動していたのです。もちろん、書類には表現されません。しかし、こんなことは、秘密でもなんでもなく、ただ「そこにある事実」でした。こんなことは工場の中では誰でも知っていたことです。
問題だったのは、その「事実」に対して私も含め誰も疑問にすら感じず、「こういうもんなのか」という程度しか感想を持ち得なかったことです。
こういう目に見える事実を発見し、正規のやり方を指導し、地道な改善を積み重ねてゆけば、生産が遅延することはありませんでした。何より大事な工員が腕を喪失することはありませんでした。
(3)-3 調達・購買の社会的意義「書類確認だけではなく」
サプライヤーの情報を確認するときに、バイヤーはどうしても書類だけを見てしまいがちです。工程内の安全や衛生。グリーン調達や人権問題への対応。昨今求められる情報が多いためか、どうしても字面だけを追ってしまうのです。
しかし、それでは資料のための資料になってしまいがちです。安心するためだけの資料とでも言いましょうか。バイヤーが多忙なせいか、これらの報告資料が単なるルールのためだけに使われている気がしてなりません。
例えば、「工場内の清掃さ」を確認するためにどうしますか。工場内が清潔であるべき理由は、完成品ができる限りきれいであるべきだからです。それに触れる工場関係者やお客にできる限りの高い品質の製品を提供すべきだからです。工員の健康を考えるべきだからです。
もしそうであれば、床が清掃されているところだけを見て、品質監査で満点をつけるべきでしょうか。壁がきれいに磨かれていることだけを見て、満点にするべきでしょうか。工場の床や壁よりも、製品を生産している機器類の上部がきれいであるべきだ、と思いつく発想力、感度はあるでしょうか。機器類の上部が汚れていればホコリが舞い、製品に付着するだろう、ということを気づくことができるでしょうか。そういう感度があれば、普通には見えない機器類の上部を見ようとするでしょう。梯子を使って、あるいは2階から。機器類の上部の汚れを発見すれば、満点どころかバツをつけるでしょう。
こういうことは書類では確認できない、加えて誰も教えてくれないことです。だから、バイヤーはそもそもなぜこのようなチェックをするべきなのだろうか、という質問を自己に投げかけねばなりません。
感度を得るには、おそらく目的意識が必要です。目的意識があるバイヤーならば、きっと日々の業務の中で次々に発見があります。そして、その小さな小さな発見の積み重ねの中からしか、感度を磨いていくことなどできないはずです。
青臭い言葉を述べるのは趣味ではありません。が、「グリーン調達」「安全衛生」「個人情報保護」などというお題目を要求する前に、それらの真の目的と自己の業務を通じて社会に貢献できることを原点に立ち返って自問するべきだと私は思います。
調達という行為を通じて社会を改善する。こういうとなんだか社会正義を振りかざす夢想人のようです。ただ、夢想人と言われても、それでもなお私は各バイヤーが社会貢献の意志を持って業務に取り組むことを強く勧めます。
(3)-4 調達・購買の社会的意義「雑感」
サプライヤーの企業レベルを見る際にISOなどの規格取得の有無を調べることがあります。これは非常に有効な手段です。今では多くの企業が取引可否基準として採用しています。
しかし、そのような規格はあくまでも「社内にそのような業務プロセスの仕組みを持っていますか」ということを問うているだけです。従業員の意識まで浸透していなければ、逸脱行為はいつでも起きます。
よって、本当にサプライヤーの企業レベルを知る際には、書類外のことがらに拠るところが大きくなります。営業マンや社長の態度・姿勢。工場の様子。その全てが監査対象になります。目的意識を強く持つことによって、感度が増してきます。それによってサプライヤーへの改善要求事項も当然変わってきます。
大袈裟に言えば、調達を通じて社会貢献することは人生の総蓄積をかけた営みの果てにあるのだ、と思います。
(4)-1 バイヤーとして身に付けるべきこと<背景・基礎知識>
これまで、バイヤーに求められる能力は「声が大きいこと」「人間味にあふれていること」「体力があること」であると言われました。その反動として、「これからは、そのような能力は不要である。知識やテクニカルなスキルを身に付けるべきだ」という主張がなされました。
大切なことは、二者の主張する両方の側面を高めてゆくことです。この二つの主張の過ちは、身体(右脳的なこと)と知識(左脳的なこと)を分離して考えていることです。人間味にあふれていることがもちろん重要であるように、知識を習得することも同じく重要です。
さらに、両方を同時に高めることによって、相互に好影響を与えることが証明されています。これらを概念的に説明したものがインストラクショナルデザイン(教育体系)におけるKSA区分です。
K(Knowledge)・・・調達・購買に関する各種知識
S(Skill)・・・交渉テクニック、プレゼンテーション、パソコンスキル
A(Attitude)・・・高い倫理、礼儀、目標に対するコミット、やる気
日々の業務のなかでもこれらの区分を意識してゆけば、多面的に能力向上をはかることができます。
まずは、KSAの分類にしたがって自分が身に付けてゆきたいことを整理することを強くお勧めします。
(4)-2 バイヤーとして身に付けるべきこと「私の経験」
「いままでありがとうございました」
調達・購買部門を去っていった人たちをたくさん知っています。「一度大学に戻って、MBAを取得しコンサルタントになる」と言った友人や、全く別の職種に就いた友人、実家を継いだ先輩。
その多くが、次の職業としてバイヤーを選択していませんでした。最近になって、私は多くのバイヤーと話す機会があり、もちろんその中にはバイヤーとして転職を繰り返す方もいらっしゃいますが、まだ一般的とは言えません。
無理な納期要求に、無理なコストダウン目標。もし、こんな日々が続いていたのだとしたら、辞めることは一つの選択肢となります。不条理の中で揉まれることも多々あるため、モチベーションの継続も難しい。
そもそも問題は「あるべきバイヤー像が分かっていない」状況の中、「バイヤー何を身に付ければよいのか」が分からないことです。「理想のバイヤーは、製品知識があって、業界知識があって、交渉力に長けていて、戦略を構築できて、人間味にあふれる人だ」と抽象的に語られるのがせいぜいです。普通は「声を大きく出しておけ」とか「勢いで仕事をしろ」「大切なのは気持ちだ」とか、精神論が語られるくらいでしょう。
具体的にどうやって成長してゆけばよいのか。そういう方法論は誰も教えてくれませんでした。
悶々としていたときに、世界にはバイヤー教育の方法論があり、実践されていることを知りました。それは、知識偏重ではなく、精神論偏重でもないものでした。
背中を丸めて歩いていれば、暗い発想しか出てこないように。笑っていれば、明るい発想しか出てこないように。身体(右脳的なこと)と知識(左脳的なこと)は近い関係にあります。「体力がある」ということと「知識を学ぶ」ということは、どちらかを否定するべきではなく、同時に高めようとすることが大切です。
(4)-3 バイヤーとして身に付けるべきこと「バイヤーのためのKSA区分」
バイヤーとして身に付けるべきことを明らかにするために、まずは目標を設定します。これは業界や分野によって変化します。そこから、どんどんブレークダウンしてゆきます。そこから、KSA区分にしたがって習得すべき内容を明らかにします。
もう一度おさらいすると、K(Knowledge)/S(Skill)/A(Attitude)の頭文字がKSAとなっています。
まずは自分として(組織として)どういうバイヤーになりたいか、という大きな目標があって、そこから細分化が必要です。積み上げ式の思想ではなく、目標からブレークダウンします。そして、しつこいのですが、KSA区分にしたがってまんべんなく各方面の向上を狙います。Aばかりになっていないか、Kばかりになっていないか、というチェックも必要です。
重要なのは、何を成し遂げることができれば、その項目に関しては完了とするかの定義づけです。例えば「プレスマシンについての知識を習得する」といった際に、プレスマシンの大まかな分類(タンデムなのか、プログレなのか、トランスファー)を知れば終わりとするのか、こういう場合はリストライクの工程を加算すべきだ、とか1ショットあたりの電気代はこのマシンだと何円くらいだ、とまで知るかでは学習内容が変わってきます。
ある目標設定の際は、各項目の定義づけを実施しますが、そのときはなるべく簡単な設定とし、毎年どんどんハードルを上げてゆけばよいはずです。そちらの方が持続もしますし、モチベーションも上がります。
まずは「部門で最も優秀なバイヤー」という目標設定から、バイヤーとして身に付けるべきKSAを模索してはいかがでしょうか。
(4)-4 バイヤーとして身に付けるべきこと「雑感」
あるバイヤーと話していると、そこの企業は「会社の理念」と「部門の目標」と「バイヤーの教育体系」と「バイヤーの評価軸」が全てリンクしていると聞かされました。驚くべきことです。たいていの企業はそこまで整合性を保てません。
その企業では「バイヤーがあるべき姿」は考える必要はなく、定義されています。バイヤーはそれに従って学習し、経験を積んでゆくのだといいます。
ただし、そのような企業に勤めていないバイヤーであっても、個人目標は自分で決めればよいはずです。それにKSA区分で身に付ける項目を探してゆくだけです。それが決まったら、手帳にでも貼って日々見返しましょう。一度書いたものは古新聞ですから、どんどん変化しても構いません。
(5)-1 調達・購買力はどのようにして獲得するのか<基礎知識>
調達・購買力を獲得するには、バイヤー個人と組織にそれぞれ求められることがあります。バイヤー個人については他項目で述べてゆくとして、組織が力を強めたければ次のことを行ってゆくしかありません。様々なことが言われていますが、単純化してしまえば、①たくさん買うこと ②長く安定的に買うこと ③言ったことを実行すること の3点です。
①については、大企業の場合各事業部門をまたいで集中購買という手法を取り入れるところが多くなってきました。これは文字通り、バラバラに注文していたところを、本社機能で集中・一括して注文する形態です。また、グループ企業間での共同購買という方法もあります。これは3章で述べます。
②は、戦略の構築が求められます。どのサプライヤーと戦略的に長期取引を行ってゆくかを決め、関係を深めます。また、日本においては「このバイヤーが言うのだから、なんとかしてやろう」とか「このサプライヤーの部長の頼みだから、配慮してやろう」という人間的つながりが重要となるときもあります。これは長期的な関係ゆえでしょう。
③に関してはサプライヤーとの信頼関係です。調達・購買部門は上記を実践して、より大きい調達・購買力を獲得するように努めます。
(5)-2 調達・購買力はどのようにして獲得するのか「私の経験」
「すみません。負けました」
絶体絶命のトラブルに襲われたことがあります。私の担当していた半導体が全く入らないのです。「普通でしたら3ヶ月待ちですよ。それを2ヶ月待ちにしているんですから」と営業マンは語りました。しかし、それでもまだ3週間早く納入する必要があります。さらに悪いことには他の部品は全て納入できる目処がたっていました。
私はよほどのことがあっても上司に泣き言をいうことはありません。できる限り自己完結するのがビジネスマンの義務だと思っています。しかし、このときばかりはそうは言っておられませんでした。私の担当部品だけのせいで生産ラインがストップする可能性すらありました。
まずは課長を交渉の場に引きずり込みました。納入前倒しの交渉です。しかし、結果は全く改善しませんでした。次に部長。お願いして、サプライヤーの営業本部長に納期改善を依頼してもらいました。それでもダメ。
困った私が社内に助けを求めると、「あの人に頼んでみたら」というのです。「あの人」とはそのサプライヤーをかつて15年も担当していた元バイヤーです。彼にコンタクトすると、「よっしゃ」とサプライヤーの工場長や数々の関係者に電話してくれました。
すると、驚くべきことに2週間後には全数が納入される運びとなりました。私はお礼をすると同時にバイヤーとしての年季が劣っていることを認めざるを得ませんでした。彼は「まぁ、昔から知っているからね」とだけ。
私は「ありがとうございます。本当に感謝します。それにしても、私の負けでした」と言うしかありませんでした。
(5)-3 調達・購買力はどのようにして獲得するのか「購買力の獲得に向けて」
この機会があったために、私は彼から調達・購買業務について色々と訊くことができました。すると、前述の①たくさん買うこと ②長く安定的に買うこと ③言ったことを実行すること を実践していた人でした。
①のたくさん買うことは、別に集中購買や共同購買だけが実現できるわけではありません。組織内で同じものを別の部門が別々に注文していたりすることがあります。そういうものをまとめて注文するだけでかなりの量になったりします。しかも交渉がやりやすくなります。それは後年スペンドアナリシスという大袈裟な言葉で紹介されていたりするのですが、早い話が「その企業内で何をどれだけ調達しているか分析しましょう」というものです。実はバイヤーは目の前の価格決定や納期業務に奔走してしまい、一体一年間で何をどれくらい調達しているかを知らない場合がかなりあります。
他部門が独自に発注しているのならばまだしも、同じ調達・購買部門で違う課が同じモノを別々に注文していたりします。その総量を把握するだけでどれだけのコスト低減のネタが出てくるか分かりません(サプライヤーも担当者が別だったりして、把握していないときもあります)。
②の長く安定的に買うことはサプライヤーとの関係を築く際に重要になってきます。長期的、ということはサプライヤーの中に知り合いが増え、人間と人間との深化もできる、ということですから。それが相手に対する調達力として形作くられてゆくことは間違いありません。もちろん、それには単に長く取引する、というだけではないことは言うまでもありませんが。
③の言ったことを実行することは、要するにサプライヤーが信じるに値する存在になれるかということです。当然のことを当然にやるだけのことです。
調達・購買部門はサプライヤーに対して戦略的に、そして誠実な態度で業務を行わねばなりません。あくまでも調達・購買力とは他社との関係の間にのみ成り立ちます。相手に信頼してもらい、戦略を具現化するためにはどうしたらよいか。そういうことを考え、行動してゆくことが大切です。
(6)-1 調達・購買力はどのようにして発揮するのか<背景・基礎知識>
調達・購買部門の目的は、高いレベルのQCDを自社に提供することを通じて企業価値を最大化することだと説明しました。とするならば、調達・購買力はQCD向上のために使われなければなりません。
調達・購買力のある企業にはサプライヤーが集まってくるはずです。バイヤーはこの状況で、次のことを徹底することにより影響力を発揮します。
(1) 競合の構造作りと結果の尊重・・・可能な限り競合の体制を構築し、競り勝ったサプライヤーに注文することを徹底。サプライヤーに対して緊張感を与え、コスト競争力のアップを促します。
(2) ペナルティー制度・・・納期遅れ、見積り辞退、品質不具合を生じた場合は、しばらく競合に参加させないなどの処置をとります。調達・購買部門だけではなく、関係部門が一丸となった厳粛な処置でなければいけません。
(3) コスト低減の実績の次期へのフィードバック・・・毎期のコスト低減率が目標値に達していれば次期以降には優遇し、目標以下であれば戦略サプライヤーから外します。
別章で詳しく説明していますが、これらは特別なことではなく、当然のことを徹底するということです。
また、サプライヤーにこちらの存在を認めさせる、もっと言えば「下手なことをすると何が起こるかわからない」と思わせることが大切でしょう。別に脅迫を勧めているわけではありません。「何をやっても許される」と思わせることは最も避けねばならない、と言いたいだけです。それはバイヤーも同じで、「何をやっても許される」と思ってしまえば、言動は暴走してしまうでしょう。
必要なのは適度な緊張感と相互尊敬の下で取引を進めることです。当然のことを徹底していれば自然と力は発揮できます。
(6)-2 調達・購買力はどのようにして発揮するのか「私の経験」
「調達・購買部門は相手にしません。設計者や生産部門に向かい営業します」
そこまではっきりと言ってしまう営業マンを見たことがあります。この発言には、次のような思惑があるようです。
・ バイヤーは何を買うかを決定しない(できない)
・ バイヤーの社内での力は弱いから、設計者や生産部門が「買いたい」といったら、バイヤーは注文書を発行するだけだろう
・ つまりバイヤーに売り込む意味はない
これはその営業マンへの批判ではありません。少なからぬ調達・購買部門を見るにつけ、「ここには売り込んでもしかたないな」と思うことが多いからです。自ら「ああ、そういうことは設計に電話して」とか。
だからこそバイヤーは変わらなければいけないわけですが、それにしても気概くらい持っていないのかよ、とは思います。これでは誰もバイヤーを信用しませんし、調達・購買部門が力を発揮できるはずもありません。
ただし、調達・購買力を発揮している頼もしいバイヤーもいます。以前、知り合ったシンガポール人のバイヤーです。
ある日、日系サプライヤーの営業のトップがそのバイヤーのオフィスに訪問したことがあります。そのとき、その営業トップはシンガポールのバイヤー連中が日本語を解さないと思ったらしく、こうつぶやきます。
「現地人はいいから、日本人のマネージャーに会わせて」
その発言が彼の怒りを買ったのです。彼は日本語を理解できました。自分たちの存在を無視された――、これは「そのまま放っておけばマズい」と思ったそうです。翌日から、彼は全身全霊でそのサプライヤーへの発注金額をゼロにすべく、「サプライヤー外し」に奮起しました。2ヵ月後、シンガポールでそのサプライヤーから購入する金額はゼロになりました。慌てて、その営業トップは謝罪にきたそうです。彼は、「俺たちの力をみくびるな」とだけ言いました。
「カッコいい」
私は彼からこの話を聞いたときにそう感じました。サプライヤーをいじめることがカッコいいわけではありません。自尊を守っているところがカッコいいと感じたのです。自らの仕事にプライドを持ち、地位確立に情熱を燃やし、自己の存在意義を「これでもか」というくらい見せつけるこの姿。私は、やる気も覇気もなく、ぼんやり漂うだけのバイヤーを見るたびに彼のことを思い出します。
獲得した調達・購買力を発揮するには、冒頭に書いたように競合の徹底やペナルティー制度やコスト低減実績のフィードバックなどを徹底しましょう。それに加えて、必要なのはシンガポール人バイヤーがやったような信賞必罰です。サプライヤーがバイヤーに対してある意味「恐れ」を持ってもらわねば、究極的には調達・購買力など行使できません。
「ナメられたら、おしまいだ」。こう簡単に言ってしまってもいいでしょう。
バイヤーもサプライヤーも馴れ合いで仕事をしていてはプロではないはずです。時に厳しく、芯を持って。当然のことを徹底し、調達・購買力を存分に発揮して下さい。
(7)-1 調達・購買の課題とは何か<背景・基礎知識>
調達・購買の課題としていくつか挙げることができます。
(1) マネジメントプロセスが定着していない
(2) ノウハウの伝承が行われていない
(3) 人材の育成が体系だって行われていない
(4) 情報が共有化されていない
(5) 個人評価が明確化されていない
これ以外にたくさんあるでしょうが、おおよそカバーしているはずです。
これらの課題に共通して看て取れるのは、未だに調達・購買領域の発展が手探りで行われていることです。(1)~(3)に見られるように、意識的でないとキャリアを積むことが難しい状況にあります。求められるのは個人の自覚です。
組織の処方箋と個人の処方箋は異なります。バイヤー個人としては、組織が育ててくれないのであれば自分で知識を貪欲に吸収し、情報を集め、能力を構築してゆくしかありません。
(7)-2 調達・購買の課題とは何か「私の経験」
「お前って何も分かっていないんだな!!」
私がバイヤーというものを始めて半年経ったころ、ある飲み会のときです。私は当時のグループリーダーから罵倒されたことがあります。
「半年経ってみてどうだ?この仕事に慣れたか?」と課長は私に尋ねました。「ええ、色々分かってきた気がします。でも、まだ仕事を完全に任せられていない気もしています」と私は率直に答えましたが、この一言が隣で聞いていたグループリーダーをイラつかせたようなのですね。
「なんで、そう思う?」。グループリーダーは即座に訊いてきました。「ぼくの仕事をやってもらっていることがあるし」「じゃ、お前がやれよ」「いや、本当はやりたいんですけど」
単なる質問のようにみせかけて、実は私を詰問してくれていました。そこからは、矢継ぎ早の問い掛けです。
「じゃぁ、あの製品についてどれだけ知っている?」「どれだけ学んだ?」「お前から提案したいことってあるか?」「OC-3って何メガだ?」「ATM(Asynchronous Transfer Mode)のこと、理解しているか?」。単なるイジメでした。最後にグループリーダーは言うのです。
「全く分かってなお前!そんなんじゃ、仕事なんてできるはずないだろ!!」と。
そのグループリーダーは、設計部門が必ず最初に問い合わせしてくる人で、担当外の質問であっても「私に訊かないでくれ」とは一言もいわず的確にアドバイスをする人で、高速で仕事をこなす人でした。こういう人がいれば、他部門の誰も私になど訊いてくるはずがありませんね。下にいる人間たちには厳しく、結果だけを問う。私の例もその表れです。
私は、なんと良い指導者にめぐり会ったのでしょうか。これは皮肉ではありません。現在では、部下に対して厳しくしてしまうとすぐに仕事を放棄したり辞めてしまったりする社員が急増中ですから、あまりこのグループリーダーのような態度を取ることは難しくなってきているでしょう。でも、やってしまいましょう。最初から仕事のハードルを低くするのではなく、どれだけ高いレベルが必要かということを感じさせねばならないからです。部下からしても最初に仕事のハードルを高くしてもらうことは、その後の宝物となります。
そのころでしょうか。自分というものがいながら、自分の上に問い合わせがゆくということに、恥かしさや無念さやら様々な感情がゴッチャになって駆け巡っていました。「自分の存在意義」というとなんだか大袈裟です。でも、そういうことを考えるよいチャンスだったのは間違いありません。
(7)-3 調達・購買の課題とは何か「調達・購買の課題を超えて」
私は冒頭で、調達・購買の課題は、(1)マネジメントプロセスが定着していない (2)ノウハウの伝承が行われていない (3)人材の育成が体系だって行われていない (4)情報が共有化されていない (5)個人評価が明確化されていない こういうことだと書きました。仕事自体が属人化しているために、全体としてまとめることができていないというわけです。
組織への処方箋は企業全体で考えてもらうとして、バイヤー個人の処方箋として次を挙げたいと思います。
・ 「代替性のなさ」がバイヤーの生きがいの本質
・ 「代替性のなさ」を獲得するために必要なことは主体性
私は「下が育たないんだよね。サプライヤーさんとの交渉も最後は私がやっちゃうし、他部門との調整も・・・」というボヤキを中堅バイヤーから何回も聞いたことがあります。同時に「下が育たないんだよね」とボヤいているにも関わらず、あの満足感に包まれた顔は何だろうかという疑問も持ってきました。
そのボヤキの原因はもちろん「下の人に任せないから」です。なぜ自分でやってしまうのか。なぜなら人は「代替性のなさ」が生きがいの本質だからです。「あの人ではなく自分にしかできないこと」。これだけを求めてさまよっているようなものですから、簡単に「自分にしかできないこと」を捨てることはできません。
だから先輩バイヤーは「下が育たない」と言いながらも、満足しながらその「自分にしかできない交渉や他部門との調整」をやり続けるのです。若手バイヤーはまず何よりもこの構造を理解せねばなりません。普通にやっていては、おいしく難しい仕事は先輩に流れるようになっているのです。
ではどうしたらよいか?簡単です。自分に指名で仕事が舞い込むようにすればよいのです。
世の中には法則があります。「現場にいる人しか知らない、貴重な情報がある。優秀な人は偉くなる。偉くなると現場に行けない。だから、偉い人は貴重な情報を知らない」。
上司が自分の仕事を奪おうとしたら、自分しか知り得ない情報を出せばいいのです。担当の自分しか知らない情報。どんな小さなことでも構いません。営業マンのこと、生産現場のこと、新製品のこと、アロケーションのこと、日々向き合っているサプライヤーの情報を社内に発信します。それも高速で。
そして、「こういうことだったら自分に聞いてください」と言う(言ってしまいます。本当に言ってしまうのです)。私の場合、幸運にもこの策が成功し、他部門長まで私に問い合わせをしてくれるまでになりました。
最終的な判断が必要なときに、毎回上司に頼ってしまうバイヤーがいます。自分で交渉できなかったときは上司に解決してもらって一丁あがり、としてしまうバイヤーがいます。 他部門から自分ではなく上司に相談が行くことを「仕事が減った」と喜んでしまうバイヤーがいます。バイヤーはこれらのことをずっとずっと恥かしいと思っていなくてはいけません。現場の物事を一番知っている自分ではなく、他者を頼りにする部外者いることを、ずっとずっと恥かしく思っていなければいけないのです。
組織の問題をあげつらっても個人の課題解決とはなりません。マネジメントプロセスや教育体系が成立していないかもしれない。だけど、そんな苦情を言っている間にバイヤー個人としてどうするかを考えた方がよいに決まっています。
バイヤーにとって重要なのは、現場で学ぶことです。そして、自分しかできない「何か」を育てることです。情報を社内に発信することです。自分で決断することです。自分で責任をもってやり遂げるということです。自分の価値を上げることです。
スキルや知識があっても、上司や他者(他部門)へ依存し続けていれば、誰からも信用されません。自部門の中で評価されることもないでしょう。一人一人が、真剣になって自分の特性を活かした「調達・購買」を考えたときに、何かが変わります。いや、変えましょう。
今すぐに。
(7)-4 調達・購買の課題とは何か「雑感」
ちょっと熱く書いてしまいました。もちろん、意識的に、です。苦情を言いがちなバイヤーに対して私が伝えたいことは「課題はたくさんある。システムが悪いかもしれない。しかし、そうだとすればシステムが完全に変わらない限り状況は好転しないことになる」ということです。であるならばその「悪い」システムの中でいかに泳ぐかを考えた方が賢明でしょう。認識は悲観的に、行動は楽観的に。
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