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もしトラからほぼトラへ

太平洋の向こう側で、トランプさんが有罪評決を受けましたね。
しかし、熱烈な支持者は擁護のために集会に足を運び、資産家は相次いで大口の献金をしています。むしろ大統領選では氏への投票を後押しする勢い。


昔、テキサスを旅した時、博物館が大好きなわたしはヒューストン自然科学博物館というミュージアムを訪いました。

アメリカの博物館は、たいていどこも圧倒的なコレクションの量で見る者を驚かせます。自然科学博物館にも膨大な数の展示がありまして、時代区分に応じて、巨大恐竜の骨格標本やら、ネアンデルタール人やら、マンモスやら、ありとあらゆる展示が揃っている。いつまでも見ていられましたね。テキサスの自然とか歴史なんかも本当に面白い。

すっげ〜た〜の〜し〜、って、ニコニコ顔で能天気に各所を回っておりましたら、人類の戦争について紹介しているブースだったかな、小学校1〜2年生くらいの子供たちの一団が、我々大人たちと同じように展示を見て回っていました。
博物館は、オトナのアミューズメント施設であると同時に、子供たちにとっては勉学の場。行政の支援によって入場無料で開放されています。

で、子供たちに何やら解説しながら引率しているのは、大学生らしき女の子。聞き耳を立てていたわけではないんですが、なんとなく聞こえてくる話の内容を精査すると、どうやらインターンとして学校に勤めているんでしょうね。子供たちの反応を確かめながら、熱心に歴史について語っているという感じでした。

ところが、ショックな場面が訪れたのはそのすぐあと。彼女は、広島に落とされた原爆のキノコ雲の写真を指し示して、こう言い放ったんです。

「アメリカは、悪い日本を止めるために戦争をしました。そして、その戦争を終わらせるために原子爆弾を落としました。たくさんの日本人が死にましたが、これは仕方のない犠牲でした。アメリカが原爆を落としたおかげで、日本は無条件で降伏し、ようやく戦争が終わったんです」

彼女の言葉は、わたしだって理解できます。
同じ空間にいるわたしを、おそらく彼女は日本人だと認識していたはずなのに、悪い日本うんぬんのところは、やたらと力強く言葉を発していました。
アメリカの側の正義に立ってみればそういうことなんでしょう。実際、あの出来事があったがゆえに、日本の軍部に渦巻いていた継戦論、つまりは本土決戦が回避されたといいます。

しかしながらです。一般市民を10万人規模で殺しておいて、仕方ありませんでしたはないでしょうよ、と。その前から東京をはじめとする日本の各都市を空襲で焼き払い、一般市民を殺しまくってきたんです。
しかも、子供たち相手にそれを正当化して語っていることに、大きな衝撃を受けました。いい歳して分別がついているはずの大学生がまだこんなこといってるんだって。せめて、こんな悲しい戦争は二度と起こしてはならないといって欲しかった。少なくとも原爆は正義だなどとはいって欲しくなかったです。

さらに、アメリカに根強く残る日本人への差別意識について、ダイレクトに感じる別の場面にも遭遇しました。

とある牧場を取材した際、わたしたちをアテンドしてくださったのが日系3世の方でした。もともと、この牧場では、誰かが案内してくれるとは決まっておらず、とりあえず自由に施設内を見て回っていいと伝えられていました。「お構いはできないけど撮影はOKよ。何か聞きたいことがあったらクラブハウスに立ち寄ってね」という具合に、ゆる〜いメディア対応です。
なので、そんな感じであちこち眺め歩いていたら、日本のメディアが取材に来たと聞いて、駆けつけてくれたのが彼だったんです。

見た目は、まったくアメリカ人っぽくないんですが、と同時に、日本人の血が入っているのもほとんどわからない、なんとなく風体はラテン系ヨーロッパ人。フランス映画に登場しそうなイケメンでした。でも、話を伺うとお祖母様が日本人で、ご本人はクォーターになるんだそうです。

ところが、彼が生まれるずっと前の戦争中は、お祖母様もお父様も相当な差別的扱いを受けたそうです。戦争が終わっても当分の間それは続き、お祖母様の孫にあたる彼が誕生したあとも、日系であることを話すのは家族間でタブーになっていたそうです。
「僕自身は大好きなおばあちゃんの血を受け継いでいることに誇りに思っているんだよ。でも、両親からは誰にも話さないようにっていわれてきた」と、ちょっと悲しそうに語ってくれました。

なんだかんだいって、南部にはまだまだそういうアメリカ至上主義があるみたいですね。南部の素朴な人たちは、飾らないし、とっつきやすいし、個人的には東部の人より断然付き合いやすい気がしているんですが、そういう「もしトラ」が「ほぼトラ」になって、今は抑制が効いているマイノリティへの偏見や憎悪が顕在化しちゃうと、結構恐ろしい社会になるんじゃないかと不安を感じています。
ひと頃、コロナが流行った時、これを市民は「チャイナ・ウイルス」と呼んで、アジア人に対する無差別な暴力やヘイトクライムが起こりました。ごく一部の不届き者の所業でしょうが、潜在的にそういうところがあるんです。

ことさらに敵愾心を煽るつもりはなく、むしろ多少アイツらなんだかなぁと心の内では思っていても、日本人はアメリカ人と努めて仲良くしていくべきだと思っています。でも、話せばわかる、理解しあえると思ったら案外そう簡単にはいかない。わたしたちが常日頃、正しいと思っていることが、必ずしも正しいと思われていない世界がある。世界は決して甘くはないと、知っておくべきです。

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