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人生放牧記「キロロより愛をこめて」

登別での勤務終了後、再び山ごもりをすることにした。
人生放牧を始めてから寮を渡り歩く生活を初めてキロロで5軒目。もはや荷造りなんて慣れたものである。キャリーケースで持っていくもの、箱に詰めて持っていくもの、事前準備しておくもの、現地調達するもの…。3ヶ月前後で社員寮を渡り歩くと自然とミニマリストになっていくものだ。

キロロの社員寮は玄関を抜けると食堂になっており、吹き抜けの高い天井がお迎えしてくれる。食堂横の階段を上がると談話スペースになっており、食堂を見下ろせる。
わたしはチョロいので吹き抜けという間取りだけでテンションが上がる。新築ピカピカとは言い難いが少なくともこれまで住んできた社員寮よりはルーメン的にも気持ち的にもだいぶ明るい社員寮だった。

1.キロロ寮に住んでみた
2.スキー場スタッフ
 2-1 同期の様なもの
 2-2 激おこ
 2-3 ごめんね素直じゃなくて

1.キロロ寮に住んでみた
キロロ寮は1階が玄関・食堂になっており、2階に談話スペースがある。談話スペースからは女子寮と男子寮へ廊下がつながっている。それぞれに共用の簡易キッチンと中浴場(シャワールーム付き)、洗濯場がある。洗面所とトイレは各階に設置されている。こういう共用のスペースは清掃担当の業者さんが掃除してくれてるのでそれなりに清潔である。共用スペースが充実している分、個室は狭くかなり簡素だ。

クローゼットとベッド、小さなタンスの上に6:4のミニブラウン管テレビ(部屋によっては大きめの液晶テレビがついてたらしいが…)、机と椅子のシンプルイズベストルーム。ベッドには恐ろしくクッション性がないお布団が置いてあり、寝ている間も決して体が休まらないストイックさ。仕事が休みの日に低反発マットレスを買いに言って持ち込んだぐらいだ。
社員寮と職場の両方に従業員食堂があるため管理者が不要と思ったのか、ここには従業員用の冷蔵庫というものがなかった。ただし、冬場は窓の近くに物を置いておけばキンキンに冷えるのでまぁ不要といえば不要だ。ちなみにわたしの部屋は社員寮の最上階だったため、小さなベランダが付いており、何か冷やしておきたいと思ったらベランダの外に積もった雪の中に突っ込んでおけば冷やすことができる。っていうか凍る。

勤務先のスキー場(およびホテル)は少し離れた場所にあり、決まった時間に従業員用のバスが走っている。徒歩圏内には山と雪しかないので、日用品など買い物がしたいときには山を降りる必要がある。近隣の街と社員寮を送迎してくれるバスも無料で運行しており、休みの日にはバスに乗ってお買い物に出かけることができる。近隣の街には大きなショッピングモールがあり、食料品から衣料品、雑貨や本など割となんでもそろう。そして私の心のオアシス、DVDレンタルショップもある。ライフライン、確保。

そんな訳で寮といい、行動範囲内の施設といい、割と住み良い寮なのだが、言わずにはいられない大きな難点がある。社員寮にたくさんのテントウムシとカメムシが巣食って越冬していることである。このセントラルヒーティングはお前らのためじゃないんだよ!何をぬくぬくしてやがる!幸運にも私の部屋は最上階にあったため個室内に被害は及ばなかったが食堂や浴室、階段室にやつらはたむろしており、カメムシにいたっては時折青臭さを爆発させていた。この…青二歳めが!!その点だけは本当に嫌だったが冬の期間だから奴らの活動がまだおとなしい方だった、と思い知るのはもう少し先の話。

2.スキー場のスタッフ
昨シーズンも別のスキー場でリフトのスタッフをやっており、その時のことも記事にしているのでここはさっと流しましょう。
昨シーズンの記事はこちら↓

ちなみに前回のスキー場ではお客さんのチケットを目視で確認して、回数券は手作業で切っていたけど、キロロのスキー場では自動改札が導入されており、チケットカウンター購入したICカードを改札にかざすとリフト乗り場に入れる仕組みになっており、チケット確認作業がだいぶ軽くなって、ハイテクノロジーに大感謝であった。

2-1同期の様なもの

派遣スタッフで働いていると、「職場の同期」というのが中々できない。新卒入社と違って入社時期がバラバラなので先輩か後輩の二択であることがほとんど。ただし、スキー場のスタッフの場合はスキー場の稼働開始に伴って集まった人たちで、配属して働き始める前に緊急対応などの研修もあるため、ある程度の人数がまとまって入社となり、結果的に同期の様なものができる。

そして私がキロロに配属された時は同世代(20〜30代)が多く、割と明るく社交的な人に恵まれたこともあって人間関係的にも充実した職場だった。リフトのスタッフは各リフトに固定のスタッフが割り振られていて、基本的に同じメンバーで仕事をすることになっていた。私の担当リフトには私のほかに同世代の女の子が二人いて、どちらも大変人柄のいい子だった。私は基本的にソロプレイヤーとして日常を過ごしているので、風呂や食堂にノコノコと一人で行くことが多かったが、その二人は私の行動パターンを把握していて、「今の時間なら居ると思ったんだよ!」とか「ご飯ゆっくり食べてて!今行くから食べ終わらないで!待ってて!」と言いながら一緒に風呂入ったり夕飯食べたりして友好的な時間を過ごした。リフトスタッフ同士で集まって談話スペースでの酒飲みしていることも多々あったが、そこに参加せずに自室にすぐさま引っ込んでいく私を「お疲れぇ〜おやすみぃ〜」と見送ってくれるちょうど良い距離感をもってくれていた。



私は仕事が終わったら職場関係の人とは関わりたくないと思うタイプの人間であるが、大人数が同じ屋根の下で過ごす社員寮では勤務時間の前後も職場の人と関わらざるを得ない。そういう状況では必ずストレスが発生するものと思っていたが近すぎず遠すぎずの距離を把握し合える間柄であれば心地よさを感じられる、と気づきを得られた時期でもある。そしてそういう人間関係を築けるの職場が稀であることも再確認したのだった。

2-2 激おこ

私は普段からあまり怒らない。理由は自分が怒っても相手の気持ちを変えられるほどの迫力がないからである。あとは「そういうミスもやってくるだろうと思った」と自分の中に相手に対して予防線を張りまくってるので怒りに達する前に対処しちゃうから。学生時代に「ごんきちは何しても怒らないけど、逆に何したらブチ切れるの?」と聞かれたことがある。その時は「家族を殺されたらブチ切れるかも」と答えた気がするが、キロロで働いている時に私はブチ切れた。安心してください。家族は健在です。

ここの職場では「働きながら休みの日にスキーやスノボをやりたくて」とか「人生経験の一つとして」とか「貯金したいから」とか何かしら目的を持ってやっている人が多く、性格が明るいかどうかは別として、テキパキ仕事をこなせるタイプの人がほとんどだったが、もちろんそんな人たちだけではない。目的があってここにきたというか、逆に他のどこにもいけなくてここに流れ着いたのでは?と思わせる残念な人もいたのだ。

その日はリフトの山頂当番。山頂当番は3人体制で、駅舎内での監視役、雪かきなどの雑務役、外での降車補助役を交代で回して業務を行なっていた。この日の山頂メンバーが大変にミスマッチで、居眠り常習犯とボンクラおじさんと私の3人だった。
居眠り常習犯は椅子に座ったら5分と起きていられないのでは?と思うほどすぐ寝る。たまにそういうことあるよね、私も昼過ぎとか眠くなっちゃうし。と最初は思っていたが、こいつはたまにではなくいつ見ても居眠りしている。のび太くんでももうちょっと起きとるわ。
その日も居眠り君は椅子に座って外を監視していたが睡魔に負け続け、生まれたてかと思うぐらい首が座らない。何度も声をかけて起こすうちに「なんで私がこいつを起こし続けなきゃいけないんだ。お母さんかよ」と思い始めた。そして居眠り君はついに声をかけても起きなくなって、首を垂れた状態で動かなくなった。

「おーい」
同じ時給で働いてるのにこいつは寝ていても給料がもらえるのか。

「おーい、外の人と交代の時間だぞ」
労働舐めんな?お前のその時間にもお金が発生してるんだぞ?

「交代だよ」
ぴくりとも動かない。

「寝てんじゃねぇぞ!!仕事中だぞ!!」

居眠り君はやっと起きた。
何年振りかもわからないぐらい久しぶりに怒鳴った。しかしこの日はこれだけで終わらない。怒鳴られたあと、モタモタと外へ交代に出て行った居眠り君はこのあと交代が2週したぐらいで再び居眠りモードを展開していた。

ボンクラおじさんは「リフト乗り降りの時にお客さんが転倒したら、非常停止ボタンを押してリフトを止める」というだけのことさえちゃんとできない人だった。
私に怒鳴られてもウトウトし続ける居眠り君にイライラしつつ、外の様子を見ていた。だって居眠り君ウトウトしててまともに外見てないし。そんな中、レンタルスキーをつけた人がリフトに乗って山頂へ上がってきた。外国人のお客さんのようだし、レンタルスキーだし、どう見ても雪山に慣れていない見た目だった。要注意だな、と思いながらリフトを降りる瞬間まで目で追った。ボンクラおじさんも視界に入った。

案の定、降りるタイミングを誤ったお客さんはリフト上でもたついた。山頂駅舎にある緊急停止ボタンは監視席とリフト降り場の2箇所。監視席でウトウトの居眠り君、あさっての方向を見て降り場で立っているだけのボンクラおじさん。

あのお客さん、絶対に転ぶ。そして居眠り君とボンクラおじさんは絶対に動かない。

絶望的状況を察知した私は山頂駅舎から飛び出した。うまく降りられなかったお客さんがリフトから転げ落ちた。

「おい!!止めろ!!」

ボンクラおじさんに大声で怒鳴ったがフリーズするおじさん。お前が止まってどうする。リフトを止めろ。

猛ダッシュで緊急停止ボタンを押してそのまま駆け抜け、リフトに引きずられかけているお客さんの元へ駆けつける。リフトは止まり、幸いお客さんは怪我もなく怒りもせずに助けに来た私に軽く感謝を述べつつ雪山を滑走していった。

怒りやイライラを通り越して心がぽきりんちょ。
なんでこいつらのお守りをしなきゃならないんだ。怪我人が出てからでは遅い。その日のうちに担当社員に居眠り君とボンクラおじさんの組み合わせで山頂番に入れないでくれ、と半泣きで直談判した。あんなのと一緒に仕事できないです。
大変理解のある社員さんで、居眠り君とボンクラおじさんは後で呼び出され厳重注意を受けたらしい。スタッフの人数の都合上、完全に避け切ることはできなかったがその後は流石に地獄のセットで山頂番に入れられることは無くなった。

どこでどんな仕事をするかより、誰と仕事をするかというのは本当に大事なことだ、とその時胸に刻んだが、後々になってより強く思うのはあれだけ勤務時間に勤務を放置するような奴が給料もらえて会社が回るのだから、私ももっと適当で良くない?ということである。肩の力を抜いて、と言えば聞こえはいいがまともに仕事しない奴が生きていけるんだから君も真面目に仕事しなくたって大丈夫だよ、と天使のような悪魔のような何かが囁く声が良く聞こえるようになった。

2-3 ごめんね素直じゃなくて

スキー場で仕事をすると福利厚生としてスタッフは無料でシーズン券を発行してもらえる。滑走具があれば滑り放題ってわけ。スキーやスノボが好きな人、得意な人がいるので、そんな人も仲良くなって滑り方を教えてもらったり、というのをやっている人も多かった。わたしは生粋のインドア派なので、休みの日には街へ行ってDVDを借りてきて自室にこもって映画を見たり、ノートに落書きをしたり、羊毛フェルトをつついたりして過ごしていた。
ある日、休憩時間中にスマホで「コスプレ画像集スレまとめ」を見ていたとき、衣装や小道具、メイクにこだわったハイクオリティコスプレをかき分けて、私の脳に強く印象を残したのは筋肉戦士セーラームーンだった。分厚い胸板、太く逞しい腕、鋭い眼光、整えられた髭。「戦士」の部分の色が濃すぎる。たぶん大槌をぶん回して敵の頭を兜ごとカチ割るタイプの戦士だ。
そしてその雄々しいセーラームーンの周りには色とりどりの髪とセーラーコスチュームを見にまとった野郎どもが立っている。カラフルさはアメリカのカップケーキといい勝負。

いや、セーラームーンって何だっけ。

本家がどんなだったか思い出せない。いや、そもそも女の子の多くが少女時代に通る「美少女戦士・魔法少女」の類を私は避けて通ってきたのできちんとした記憶がない。女の子「らしさ」を煮詰めたようなものを自分のそばに置いておくの、に違和感があったので、できるだけ遠ざけてきたのだ。
そして思った。「これはセーラームーンじゃない」と言えるほどセーラームーンを知らない私が、彼らを否定するのは良くない。そして私はDVDレンタルでセーラームーンを借りてきて、第一話からセーラームーンを履修することにした。

最初はキャラクターの言動にいちいち背筋が痒くなったが、じっくりと視聴していくうちにセーラー戦士の屈強さがわかり始めた。急に「あなたは戦士なのよ」と猫に言われ、中学生女子達が地球外生命体とスカート付きレオタードで戦うのだ。仲間や地球のために自らの命を賭けて傷ついて、敵を倒していく一方、期末テストや恋や友情にも振り回されながら戦い続ける。
可愛らしさを振りまいてフリフリきらきらラブリーッ!ってやってるだけだと思っていたが、完全に無知だった。突きつけられた運命を背負って、いくら傷ついても愛を貫くその姿勢、あまりにも天晴。

なるほど。真の屈強さを彼らは肉体とコスプレで体現したのだな。

ちがうと思うけど。

そしてセーラームーンで愛を貫く力を履修し終わる頃にはスキー場にも春が近づいていた。パウダースノーも徐々にザラメ状になり、気温もプラスになることが増えてきた。次の職場を探す時期だ。

北海道で育った身としては九州地方や沖縄はかなり遠い場所なので行ってみたさはある。でも行ってみたいということは、プライベートで旅行する時に行き先として選ぶこともある。では逆に近いところから攻めてみてはどうだろう。そこで北海道のお隣さん、青森県に行くことにした。ここからじんわりと下へ降りていくのもなかなかいいではないか。
社員寮とリフトスタッフの仲間達、そして通い続けたDVDレンタルショップに別れを告げて街へ向かった。街ではすでに春服が並び、雪は溶けてアスファルトが顔を出していた。もう春だ。冬服で身を固める季節はもう終わった。

ムーンプリズムパワー!メイクアップ!

防寒着を脱いで街を歩いた。
まだ寒かった。もう一回着た。




次回!「モリモリ青森!違和感モリモリ!」
楽しくない!お楽しみに!

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