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人生放牧記「ロマンスの神様なんていねぇ」
富良野での農作業生活の終盤にヘルパー仲間から教えてもらったリゾートバイト派遣にスマホで登録して某スキー場のリフトスタッフとして派遣が決定した。時給だけで見たらホテルフロントとか、レストランのサービスとか、そっちの方が時給はいいけど接客する時間をできるだけ短くしたかった私は、「リフトのスタッフなら接客する時間はチケット確認してリフトに乗せる間だけ」と思い、志願した。
派遣会社を通じて就業先から注意事項や事前に準備するものなどが伝えられ、あれこれ買い込んで満を持して雪山に乗り込んだ。
1.ゲレンデ寮に住んでみた
2.スキー場スタッフ
2-1 お仕事の概要
2-2 インバウンドあれこれ
2-3 修学旅行ロマンス
1.ゲレンデ寮に住んでみた
ではまず社員寮についてだが、ここは前回の農作業ヘルパーの寮のような実習宿泊施設として建てられたものではなく、もともとホテルとして建てられて使用されていた建物。「もともと」というところがミソ。汚れや破損、装飾の施された椅子や談話室の深く沈むソファ、カーペットが敷かれた床や無駄に高い天井など「寮」ではなく「元ホテル」を感じさせる名残が各所に残されていて、廃墟感を巧みに演出している。
ちなみに私が働きに行った数年後に新しい社員寮が建てられたという噂を聞いた。これから新築にするから破損欠損もそのままで良いか、ということであれば、まぁ納得であります。しゃーない。
私は早めに個室の申し込みをしたこともあり個室がもらえたが、寮の空き具合によっては相部屋になることもある。同僚の相部屋生活者は他部署のオバさんと相部屋になり生活リズムが合わないわ、愚痴ばっかりだわで「かなり地獄」とのこと。友達同士で相部屋ならまだしも赤の他人と相部屋はなかなかつらそうなので、もし雪山ジョブに興味がある人はシーズンが始まる前に
申込をして早めに入寮するのがおすすめだぞ。
で、気になるお部屋ですが今度は間取り図でどうぞ。
![](https://assets.st-note.com/img/1696338649225-2EENZJUOAm.jpg?width=800)
元ホテルなので個室も元客室。大人二人がひろびろ泊まれる広さがあった。敷き詰められたカーペット、玄関横のクローゼット、ミニミニ冷蔵庫、ユニットバス、分厚すぎるカーテンなど「客室」がちりばめられていた。
しかし部屋になくてはならない照明器具の姿が見当たらない。ソファと机があるリビングスペースの天井にはかつてシーリングライトが存在していたであろう穴だけが残されており、二つあるベッドの間にはホテルでおなじみのベッドサイドテーブルがありそこにもかつて両方のベッドの枕もとを優しく照らしていたであろうベッドサイドライトがあったことを物語る穴だけがあり、行き場のない二本の配線が力なくぶら下がっていた。
誰?ここにいた、ライトを持って行ったのは誰?
暗くて本も読めないわ!!焚火でもしてやろうかしら!!
個室内の明かりは玄関灯とスタンドライト、ユニットバス内の蛍光灯だけ。
昼間はカーテンを開ければ日光はもちろん目の前はゲレンデですから、雪の反射も相まってとっても明るいわよ。でも夜は圧倒的ルーメン不足。いつでも寝る直前のリラックスタイムぐらいの明るさしかない。最終的に暗さに耐えかねてLEDのデスクライトを自費で買ってきてベッドサイドに設置したよね。ちなみに同じリフトスタッフが住む別のお部屋にも行ったことあるけど
そこのお部屋にはちゃんと照明ついてた。
なんでやねん!!誰だよ!!私の部屋の照明をもぎ取ったやつは!!!
2.スキー場スタッフ
2-1 お仕事概要
スキー場リフトスタッフとして働きに行ったため、仕事場は常にゲレンデ。
ゴンドラやリフトの駅舎の仕事をしていた。開場時には駅舎に収納されたリフトを出庫し、営業中はチケットの確認、乗降の補助、雪かきを行い、営業が終わると駅舎の掃除やリフトを駅舎に収納したりというのが主な業務内容だった。
毎年来ているベテランさんを除けば20代の若者が多い職場だった。大手のリゾート会社のため、身だしなみの規則は厳しく染髪や髭、ネイル不可。リフトスタッフは防寒着と防寒長靴が制服となっておりその中は何着ててもOK。基本的にお客さんの前で上着脱ぐこともないしね。脱げないし、寒いから。勤務時間は一日八時間で朝から夕方まで。ナイター営業は当番制。リフトやゴンドラに乗りに来たお客さんの案内が主な業務のため、お客さんが少ない日は非常に手持無沙汰である。持て余した時間は従業員同士で世間話をしてつぶす。富良野の農作業ヘルパーと同じく、全国各地から人が集まってきているのでどこから来たとか、これまでどんな仕事をしてたとか、今日は雪降りすぎじゃね?みたいな他愛もない話をして眠気を覚ます。
リゾバといえば男女の出会い、というのは語られがち。実際に従業員同士での恋バナが展開したり、なんだったらカップルで働きに来るっていうのは全然ある。ただし、勤務先が僻地であればあるほど、娯楽や話題が少ないので
デートと言いつつ勤務先の敷地内で一緒にご飯を食べたりスキー・スノボをすると職場の同僚やベテランのおじちゃんに発見され、仕事中の手持無沙汰タイムの話のネタにされ驚くべき速度と範囲に情報が共有される。田舎町の噂話と一緒。
ドロドロした修羅場はさすがに立ち会ったことはないけど付き合って分かれるまでの一連の流れは私も目の当たりにしたので、もしリゾバで出会いを求めている人がいるなら「ワンシーズンの恋」と割り切っておいた方がいいかもしれない。
2-2.試される英語力
そこのスキー場は国内はもちろん国外からのお客様も多く(主に中国からの団体客が多かった)スタッフもそれに対応すべく韓国人や中国人のスタッフも多くいた。日本語以外の言語で日常会話ができる人は申請すればわずかながら資格手当がもらえる。
ちなみに英会話ができる人でスキー場で働きたい場合は北海道内ならニセコに行った方がお給料が良い。ニセコは雪質の良さから海外からの旅行客はもちろん移り住む人も多いのでほとんど外国人の街となっているため、英語は必須能力だ。ニセコのリゾバ求人も募集要項に「日常英会話必須」と書かれているぐらいだ。私はそれらしき英単語を並べる程度の英語力のためニセコは断念した。
3歳児にさえ負けそうな英語力でも日本語の通じない相手に立ち向かわなければならないときはある。
ゴンドラの山頂勤務だったその日、午後から雪と風が強まり改善の兆しがないためゴンドラの営業を予定時間より早めて終了することになった。ゴンドラ山頂駅舎には小さいカフェや展望台もあるためスキーやスノーボードを持たずに来るお客さんも多く、ゴンドラの営業を停止するまえにその方たちをゴンドラに乗せて下ろさなくてはならない。
中国人の団体客がゴンドラで山頂へやってきて、展望台へ向かったあとに営業時間の短縮連絡がきた。日本語が通じない相手に話すべき時が来た。山頂展望台へ行くと猛吹雪の中、雪合戦をする大人たち。いや、めっちゃ楽しんでるじゃん。でもね、雪合戦しなくてもバシバシに大粒の雪が当たってるんだよ。お気づき?吹雪って知ってる?
![](https://assets.st-note.com/img/1696338717711-QqMLfsdz6C.jpg?width=800)
楽しんでるとこ悪いんだけど、降りてもらわないといけないんだ。
「エクスキューズミー!
ウィー ウィル クローズ ゴンドラ!
ウィンド ストロング! メニー スノー!
イッツ ベリー デンジャラス!
プリーズ ゴー バック!!」
ところで中国人に英語って伝わるのか?
団体雪合戦チームの一人が私の方を見て「?」の顔をしている。伝わってねぇ。もうひと押し。
「プリーズ ゴー バック!
ウィンド! ストロング!
ゴンドラ! スウィング!
ベリー デンジャー!
プリーズ ゴー バック!」
雪合戦中国代表の表情が「!」に変わった。「OK!OK!」と言って近くにいた仲間たちに声をかけ、駅舎に向かって歩き出した。あーよかった。伝わった。顔面に雪が吹き付けて痛い。しかし目覚めた雪合戦のソルジャーたちは吹雪になんか負けない。帰路で再戦。なんでだよ!やめてくれ!遊んでないで早く下山してくれ!頼む!
「プリーズ ハリー アップ!」
強まる吹雪に負けじと声を出す私。
「OK!OK!」と言って近くにいた仲間たちに声をかけ、駅舎に向かって再び歩き出した。そして雪合戦のソルジャーたち、再々戦。男子高校生かよ!!内輪で盛り上がりすぎて周り見えないやつかよ!下山してからやって!山麓にも雪は山ほどあるから!!
言語の壁なんか、たいしたことない。
壁を越えたところに「何語だろうが聞く気はない」という
鉄柵の意思がある。越えられねぇ。
2-3.修学旅行ロマンス
修学旅行で北海道にやってきて、スキー体験をしていく学校が結構ある。北海道育ちの私としては修学旅行でスキーとは新鮮な感覚である。北海道民が京都に修学旅行に行くみたいな感覚なんだろうか。
修学旅行生に限らず一般の方もスキー・スノボの初心者はまず初心者用のリフトにやってくる。初心者ゆえにリフトに乗る前は「動けない・止まれない」、リフトが近づくと「座れない・転ぶ」、リフトに乗ってから「物を落とす・自分が落ちる」とハプニングが盛りだくさんで、スタッフがその一つ一つに対応しなくてはならないため、かなり大忙し。なので初心者用リフトにはベテランのおじちゃんが担当スタッフとして配属されていた。
道外から工業高校の修学旅行生が来ていた日、私は日中はゴンドラ、ナイター当番で初心者用リフトに行くことになっていた。日中営業が終わり、ナイター当番で初心者用リフトに行って監視室の椅子に座った。日中の8時間勤務も長いけど、ナイター当番が一番時間の流れが遅い。
外を見るとレンタルウェアにゼッケンをつけた思春期坊や達が続々とやってきた。ナイターも滑りに来たんだぁ。元気ねぇ。せいぜい転ばずに無事故で楽しんでおくれぇ。などと思いながら高校生がリフトで山の上に運ばれていく様を眺めていた。ふと、リフトに乗っている男子高生と監視室のガラス越しに目が合った。
男子高生「女の人がいる!!!!!」
え?
男子高生「女の!!人がいる!!!!!」
いいよ二回も言わんで。
「まじで?!!」「ほんとだ!!!」「わぁーーーー!!」
はしゃいでリフトから身を乗り出す男子高生たち。
わかるよ。昼間ここにはおじさんしかいなかったからびっくりしたんだね。修学旅行で北海道にきて、ゲレンデにやってきて、テンションがおかしな方向に行っちゃったんだね。普段から「ちょっとお兄さん」って声かけられるぐらい性別行方不明な私だというのに、その距離で夕方の薄暗さでよく判別できたな。でも頼むからおとなしく座ってて。落ちてケガしたら私の仕事が増えてしまうから。
![](https://assets.st-note.com/img/1696338762891-Z2hxJ9qDVW.jpg?width=800)
そして頂上までいって滑って降りてきて再度リフトに乗車して監視室をガン見する男子たち。怖いって。ニッコニコで手を振ってくる。楽しそうだな、あいつら。せっかくなので手を振り返してあげると
「手ェ!振ってくれた!!!やったぁぁぁ!」
そんなにかい。大丈夫か。
私の顔面が新垣結衣だったら興奮のあまりはじけ飛んでただろうな。よかったな、私が縦横比間違えた星野源みたいな顔をしてたおかげで君たちは無事にリフトから落っこちずに済んでいるのだぞ。感謝してくれ、わたしの親に。何がともあれ、爆発的に喜んでくれているので私とて悪い気はしない。しばらく天皇陛下ばりにお手振りして男子高生を見送っていた。
監視役と補助役は交代制なので10分後に私が外に出て補助役で立っていると先ほどの男子高生が嬉々として話しかけてきた。
「おねえさん!笑顔が素敵です!」
どうも。
「おねぇさん!彼氏いますか?!」
何聞いてんねん。初対面でそんなこと聞くな。いないよ。
「なんでいないんすか?」
なんでって、アンタ。
そんなの人間性に問題があるからに決まってるだろうが!!
みなまで言わすな!!!現実を見せるな!!
スキー場に!ロマンスなんかねぇよ!!
現実を防寒具で見えないようにしてみんな生きてるんだ!覚えとけぇ!!
厳しい寒さと現実を耐え忍んで迎えた春。スキー場の営業も終わりに差し掛かり、再びリゾバの求人を開いて次の仕事先を探していた。物心ついたときから北海道にいるけど、この際北海道から出て仕事するのも全然ありだと思う。むしろ出てみた方がいいと思う。そんなわけで道外の仕事で、リフトの仕事よりもさらにお客と接しない仕事を探し、私は長野県の温泉旅館の内務の仕事を見つけた。主に布団敷きや浴室清掃を行う業務とのこと。これは客に会わなくて済む。あっという間に派遣が決まり、私は北海道の雪山を出て次は長野の山奥へ行くことになった。
次回!「異世界転生!長野県編!」
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