狐
狭い独房で口をぱくぱくと動かす山ン本の姿は滑稽だが、傍らで首を掻きむしっている看守数名の死体があるなら話は別だ。心停止、自傷、出血多量。どれもが顔を青褪めさせ、年甲斐もなく失禁していた。 仲間にハンドサインを送る。銃は最終手段だ。今回はスカウト目的で、殺しじゃない。タブレット上の指示を改めて反芻し、ヤツの正面に立つ。 削ぎ落とした耳が疼いた。“暗殺怪談師”との交渉なら、俺たちが適任だ。壇ノ浦組が本家の赦しを得るには、このシノギを成功させるしかない。 『山ン本五郎か?
5人目のダミアン・サンダースはアイルランドの山羊飼いだ。彼は父親と共に小さな農場を経営し、人との接触を避けて暮らしてきたらしい。時折嘶くような声で叫び、その音で山羊を集める。それが日課の男だった。彼が失踪したのは、3日ほど前らしい。SNSの投稿を翻訳し、俺はそう結論付けた。 1人目はニューオリンズのトランペッター。2人目は釜山に住む外国人留学生。年齢も顔も背格好も全く同じ『ダミアン・サンダース』という男が世界中に偏在していて、こいつはその5人目らしい。床に転がるそいつの顔
令和5年8月22日から9月22日にかけて開催された「第一回きつね童貞文学大賞」は、選考の結果、大賞・金賞・銀賞、各評議員賞、ファンアート賞が下記のように決定しましたので報告いたします。 ◆大賞 山本貫太『エイズで死んだ童貞』 大賞作品には草森ゆきさんからファンアートが送られます。 ◆金賞 ももも『恋愛未満』 ◆銀賞 真狩海斗『童貞、銃を拾う』 ◆各評議員賞 ◆謎のリドラー賞 まらはる『童貞が聞きたくなかったセリフを聞いた話』 ◆謎の暴力賞 るつぺる『ま
思い起こしたのは、昔撮ったクソみたいなパニック映画のワンシーンだ。雑なVFXに破綻しきった脚本、ラリった視界めいた極彩色の映像。静止画の爆発に後付けされたフリー効果音の音量バランスは最悪だった。 計算された破綻だ。意図して産まれたメチャクチャだ。若さゆえの型破り思考が招いたどうしようもない作品。俺の監督人生で最初に酷評された、映画未満の代物。 だからこそ、俺はこの映像を真剣に撮らなければならない。レンズが銃口ならシャッターは撃鉄だ。全てはタイミングが肝心で、それが今だ。
——人は誰しも童貞だった時期がある。 それは、青い春の果ての淡い泡沫。 それは、泥濘の底に眠る獣の呻き。 それは、届かない星を目指す愚者の行進。 どうも、謎のリドラーです。童貞文学が読みたいから募集するよ!! あなたの思う“童貞文学”をぶつけると主催が喜ぶ、そんな企画です。 ●審査員 闇の評議員三名がレギュレーションを満たした全作品に講評を行います。 大賞・金賞・銀賞を各一本、各評議員からの五億点賞を選出します。ファンアートを描かれた方がいましたら主
49人目も溺死だ。聖職者の心臓に鉛玉をブチ込むのは流石の依頼者も気が引けるらしく、俺はバスタブで揺れる死体から証拠のロザリオをもぎ取る。 『お前は必ず裁きに遭うぞ! 私の“神”が、きっと——』 今際の言葉はどれもテンプレで、聞き飽きた。信仰も多様性の時代で、人々は“神”に代入される言葉を各々で持ち合わせている。8人目は“寄人”、25人目は“えんら様”、ホテルのボーイは……もう忘れてしまった。 最悪なことに、そのどれもが俺の苦境を救ってはくれなかった。人は死んだら肉と
「頼む、ヤツがカフを上げる前に、事態を収めてくれ……」 深夜、ラジオ局で緊急事態が発生した。人気のラジオDJがアシスタントを人質にスタジオに立て篭もり、今夜の放送で放送禁止曲を流しながら自らの危険とされる思想をオンエアで語り続けることを宣言したのだ。DJは「目が覚めた」と語り、ギラギラとした眼光でブース内カメラを睨みつけていた。 「あの[コンプラ]DJ、ラリってやがる。30分後に番組を始める気だ。放っておけば、我々がその思想を黙認したことになるんだよ!」 「外から止めら
俺の勤務中にクソ店長を撃ち殺した客は、妙に落ち着いた口振りで俺を呼んだ。ハイエースの運転席の窓から銃口と覆面に覆われた顔を出し、まるで事故にでも巻き込まれたかのように肩を竦めている。 「手伝ってくれないか? こいつを棄てるのに人手が必要なんだ」 深夜のガソリンスタンド。夜勤をしていたのは俺と店長の二人で、俺は警察を呼ぶのを躊躇した。ただの肉塊になったこの男は、さっきまで俺のことを奴隷みたいに扱っていたじゃないか。高音で詰るような声はもう聞こえず、肩の荷が降りたような気
この作品はきょくなみイルカさんの依頼に基づいて制作されたイラスト原案の二次創作小説です。 アドレナリンの供給が止まり、代わりに汗が噴き出した。 無鉄砲な蛮勇に従って動いた末に辿り着いた袋小路の果ては、夕陽に照らされるバラック建築の陰だ。消えかけたネオン看板の灯が〈KEEP OUT〉の文字を形作るのを一瞥し、男は大袈裟に唾を吐く。せめて恐怖に駆られていると気付かれないよう、虚勢を張るしかないのだ。 懐に忍ばせたパケの中身は、砕いた錠剤と焦げた紙幣。男はそれをポケットに
#1 昨日会った男は、俺のことを『便利屋』と呼んだ。輸送先に頼まれた荷物を運び、渡された金を依頼人に返す。怪訝な顔をされたが、固辞するとそれきり何も言わなくなった。 一昨日会った女は、俺のことを『悪魔』と呼んだ。父親が求めていた物を渡したのは、良くないことだったようだ。爆弾を抱えて、勤めていた会社に自爆テロを仕掛けたらしい。泣きながら罵声を浴びせられた。 俺にできることなど、それくらいだ。求めている物を渡し、感謝される。金銭など受け取るつもりはないし、それで利益を得るつも
最近は稲作のゲームが流行っていることもあり、農業が時間と手間暇を惜しまない大変な仕事であること、農家が育てた作物を我が子のように思っていることなどがお分かりになったかと思います。 だからこそ、この事実を知ったときは怒りと悲しみで涙が止まりませんでした。専業農家をやっている祖父母はインターネットに疎く、noteという場で注意喚起ができるのは私しかいません。ですが、家族は私と同様に怒りで夜も眠れない日々が続いているのです。 これは告発ではなく、再発防止を兼ねた注意喚起と少し
令和2年12月22日から12月28日にかけて開催された「第一回きつねマンドラゴラ小説賞」は、選考の結果、大賞・金賞・銀賞、各評議員賞、ファンアート賞が下記のように決定しましたので報告いたします。 ◆大賞蒼天 隼輝(旧:S_Souten)『かくしもの』◆受賞者のコメント この度は大賞に選んで頂きありがとうございます!また、闇の評議員の皆様、応援や星、感想を頂きました読者の皆様、この場をお借りしてお礼申し上げます。 奇祭の割にはあまりはっちゃけられなかったな?と若干ビクビ
年の瀬だ、マンドラゴラの収穫時期だ!! 各所で話題になった(主催者調べ)『マンドラゴラ』をテーマにした小説賞です。ジャンルは不問、マンドラゴラが登場すればなんでもありのパーリトゥード。内輪ノリからKUSO、真面目な作品まで大歓迎!面白ければOK!! コンテストというよりは年の瀬の奇祭です。みんなマンドラゴラを書け!!!!!!! https://kakuyomu.jp/user_events/1177354055361575957 ●審査員 闇の評議員三名がレギュレ
#1 dust オートロックに隔てられた分厚い扉の奥では、地の底から響くような規則的なビートが流れていた。地上23階のクラブの防音設備は最低限で、高層マンションのワンフロアを全て買い取ったオーナーの財力を如実に表している。 今回のチップも弾みそうだ。漏れ聞こえるビートを尻目に、俺は屈強なガードマンに手の甲を差し出した。 「アツアツのピザです。中の鮮度もしっかりしておりますので、お早めにお食事ください!」 「オーナーはオーガニックをご所望だ。間違いないな?」 身分証明用
#1 馬車道に蹄鉄の跡が刻まれ、点在する街灯の光は霧に隠れる。襤褸を纏った物乞いの老婆が空腹で倒れ、煙突掃除夫の少年は煤けた顔を拭うことなく路地を駆ける。 この街に、延いてはこの国に、かつての輝きはない。蒸気機関の発明で得をしたのは資産家達だけで、日陰に集う人々に押し付けられた貧しさはじわじわと国全体の首を絞めていた。 俺は手綱を握り、小さく唸る。厄介な仕事を引き受けてしまった。 眼前に迫る闇は、霧の中に確かな無数の眼光を映す。下賤な猛禽の目だ。狙いは、俺が運んで
電波遮断アンテナが林立するバラック街を横切るのは、ガンメタル色に加工された武装ジープの群れだ。その末尾には鎖が繋がれ、10メートルほどの機龍の骸が引き摺られている。 「見たか? 本物だぞ!?」 「実物はデカいな……」 道路に面したバーに集う酔客たちは騒ぐ。彼らにとって機龍は街の外の脅威であり、その骸は本来なら金持ちのコレクションなのだ。 鋼鉄のシェルターを引き裂く巨大な爪、明滅するストロボ眼光、F-22ラプターを模した直線的な翼、威圧感と破壊性能を両立した背面の粒