恋愛と成長と

 そこそこ以前の話。仕事を介して知りあった人の中に、若くして一回り近く年上の男性とお付き合いしている女性がいた。あるとき、ちょっとしたきっかけで、どうしてその人とお付き合いしているのか、思い切って聞いてみた。すると、こういう答えが返ってきた。

「そこまで好きっていうわけじゃないんだけど、その人といれば成長できると思って。」

 そう、確か「そこまで好きじゃない」っていう台詞を話の流れで聞いて、それで「じゃなんで?」って思って聞いたんじゃないかと記憶している。もちろん、どこまで本音をしゃべってくれたのかはわからない。けれども、嘘ではないんだろうなあという印象で聞いた記憶もある。
 ともあれ、そういう話を聞いて、軽く驚いた。そういう、異性との関係に「成長」という契機を求めるのって、自分にはない発想だったからだ。

 そこで思ったことがある。恋愛を通して成長しようと思うのって、わりと女性に多いのではないだろうか。はっきりと言葉として聞いたのはその時が初めてだったと思うけれど、記憶をたどるとそう考える辻褄が合うことが多いような気がした。
 近しい記憶でも、ある女性が言っていたような気がする。お互いがお互いの努力する姿を見て刺激し合うのが理想だ、と。



 これと似た主題は、別の角度からも思ったことがある。

  自分自身の経験を振り返ると、私がそういう関係にある女性から叱責を受けるのは、その相手に迷惑をかけたからではなく、私の考え方や行動、さらには他の人に対する態度といったものに対してであったよう気がする。そうやって相手がよりいい人間へと変わっていくことは喜びでもある、と言っていた女性もいた。
 僕はこういう発想を全く受け付けない。どのような人間像を理想とするかなどそれこそ人それぞれなのであり、いくら恋愛関係にあるからといって相手を自分の理想に当てはめて非難することが適切だとは思えない。相手がどんなに僕のことを思っていってくれたのだとしても、僕は何もうれしくない。
 僕はどちらかといえば、相手から直接迷惑をかけられたときに怒ることはあるかもしれないが、相手が自分の「そうありたい、あってほしい」姿と違っていたとしても、何も言わないと思う。相手に成長してほしいとも思わない。いや、成長すること自体は喜ばしいことだけれど、それを自分が促そうとは思わない。
 けれども、こういう関係性を是とする女性もいる。それはやはり、恋愛を通して互いに成長しようとしているのだと言えるようにも思う。

 相手に自分の理想を押し付けてしまうのは、女性だけでなく男性にもあることだろう。そうであれば、こうした考え方はジェンダーの差というより個人差なのかもしれない。その意味では、恋愛に成長という契機を求める発想は女性に多いという僕の認識も、僕が女性を恋愛対象としているからそう見えるだけなのかもしれない。そうであったしても、恋愛に成長を求める発想が女性に多いように思えるというのは、僕の経験の範囲内では確かなことだ。
 現状では女性は理不尽な努力をナチュラルに強いられていることの裏返しなのかもしれない、とも思ったりする。もちろん、実際のところはわからない。


 こうした恋愛観(?)が女性特有のものなのかどうかはともかく、僕にはこうした発想とは全く縁遠い。僕は異性とお付き合いする上で、「成長」という契機を期待したことなどない。
 もちろん、恋愛を通して成長することはあるだろうし、好きになる相手は同時にある面では尊敬できることが多いだろう。けれども、僕にとっては、恋愛を通した「成長」なるものはあくまで結果として得られたものであって、成長を恋愛における重要なファクターと捉えたことがない。
 理由は簡単で、「成長する」なんてことは社会の中で生きていれば嫌でも要求されるもので、だとすればわざわざ恋愛の中に求めたいと思わないから。恋愛に求めるのは、むしろ、成長(の強要)に伴って否が応でも発生する、種々の苦しみや痛みを軽減することだ。陳腐な言葉で言い換えるなら「癒し」になるのかもしれない。僕の主観では「赦し」という言葉のほうが適切なのだけれど。

 だから、僕は、相手が僕との関わりを通して成長することを喜ぶより、僕といることで苦しみが軽減されることを願うし、相手も僕に対してそうであることを願う。
 もちろん、刺激を与えたり、自分を認めてくれることで相手の活力になったり、そういう機会があることは望ましいと思う。その逆よりは遥かにいいだろう。けれども、重要なのはそこではない。むしろ、なんらかの理由で努力ができなくなってしまったときにこそ、向き合ってくれることを求めるだろうと思う。そういうときにこそ、認めていて欲しいと思う。いつか必ず復活することを信じていてほしいと思う。
 僕が相手に対してしたいと思うことも、そういうことだ。ただ、残念ながら、そんな大したことはできないのだけれど。


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