懺悔

 偶然、こんな言葉を見かけた。

「プロもアマもない、楽しい音楽を。」

 この言葉を見て、月並みな表現だが、雷に打たれたような思いがした。
 そうだ、僕も似たような思いを持っていたのではなかったか。


 話は僕が大学一年生の頃のことだ。
 当時所属していたオーケストラは、毎年の夏に、新入生を鍛えることを目的とした合宿を行うのが恒例だった。そして合宿の最終日、新入生と上級生とでアンサンブルを組んで演奏会を行うのだ。
 合宿最終日の大トリは、弦楽器パートの新入生総出演の弦楽合奏。大学のサークルなので、弦楽器は8割が大学に入ってから楽器を始める。つまり、楽器歴半年に満たない奏者が大半を占める弦楽合奏だ。スリリングなイベントだと言えるだろうか。
 僕の年の演奏曲は、シベリウスの「アンダンテ・フェスティーヴォ」だった。

 そして、演奏が始まって、終わったときの感動を、僕はいまでもよく覚えている。心の奥底から感動した演奏だった。もちろん、同期の仲間たちの演奏という文脈によるものもあるだろう。それでも、それまで体験したことのないほどの感銘を受けたことは間違いない。
 以後、「アンダンテ・フェスティーヴォ」は、僕のお気に入りの曲の一つとなった。

 その後年月が経ち、ある音楽仲間にこの話をしたところ、「それはいい体験だったね。やっぱり音楽って魂でできてるよ」という答えが返ってきた。
 この体験をしていると、その言葉を正しいと思わざるを得ない。昔から技術的限界に悩まされている僕だが、その技術的制約の中でもある程度人の心に触れる演奏はできると信じて続けているのは、この体験が強烈な印象として残っているからだ。



 それでもやはり、技術的限界に悩まされることも多い。技術なのだから練習すればいいのだが、時間と才能に限界がある以上、やはり壁は存在する。
 その壁を意識するせいか、いつしか、音楽を作る「魂」のようなものを意識することは、少なくなっていったような気がしている。まして、集客のような現実的問題に直面すると、ますます自分の技術的限界によるのではないかと考える。自分が音楽をする意味があるのか、と考えるようになる。


 

 ところで。
 僕には、同志と呼べる存在がいた。
 今は遠くにいて、話すこともほとんどないが、今でも敬愛する同志だ。
 実は、冒頭の言葉は、その同志が発したものだ。
 僕の音を認めてくれて、そして僕が尊敬してやまない、同志のものだったのだ。

 それを見た瞬間、僕は痛感した。僕には、やはりその同志が必要なのだと。
 僕が忘れていた、見失っていたものを思い起こさせてくれるのは、僕に進む道を示してくれるのは、いつもその同志だったのではないか、と。

 にもかかわらず、先日、僕は自身の浅はかさ故に、遠くにいる同志に非礼を働いてしまった。許されることではない。
 恥じよ、自分。
 同志がいたから自分がここまでやってこれたことを失念し、相手の立場や状況より、自分の感情を優先させた態度を、心から恥じ、悔い改めよ。
 どの面さげて、再び敬愛する同志と共演したいなどと言うのか。恥を知れ、自分。

 そして、かつての同志のライブ映像を観た。僕からはどうしても実際より小柄に見えてしまうその同志は、小さく見えるその体全体で音楽を発していた。共演者のリスペクトにあふれ、自分のやりたいことと共演者のもつ力を調和させる姿がそこにあった。
 この人と同志であったことがいかに幸運で幸福であったことか。そのことを再度思い知らされた。体が震えた。肺の奥が痛んだ。涙が止まらなかった。


 だから、僕は、もっと努めなければならない。
 プロもアマもない、楽しい音楽を奏でられるように。
 あの時の「アンダンテ・フェスティーヴォ」を超えられるように。
 そしていつか、もう一度、同志に認めてもらえるように。
 音楽愛好家としても、「人間」としても。


 だから、同志よ、どうか許してほしい。
 僕があなたの影を追うことは、どうか許してほしい。
 ここを見たりしていないだろうと思うけれど、どうか許してほしい。
 僕がそうなりたい音楽愛好者であるために、必要なことだから。
 一言「許す」と言ってほしいけれど、それは求めないことにする。


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