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SNSをフル活用する、八王子・中西ファームの挑戦(1)

東京都八王子市小比企町。ここに江戸時代から200年続く農家、中西ファームがある。

4ヘクタールもの広大な農地で、年間100種類もの野菜栽培を手掛けるだけでなく、【楽しくなければ農業じゃない!】をモットーに、彼らは他の農家とは一線を画す活動に力を入れている。

・SNSへの毎日投稿
・独自の販路開拓&土日マルシェの開催
(農協との取引ゼロ)

・企業と提携した最先端スマートアグリの導入
・農業研修サービスの推進
…etc

そして2021年9月には、中西ファーム直営の居酒屋店のオープンも控えているという。

中西ファームとは、一体どんな集団なのか。
なぜ、これほどまでに、新しい取り組みを推進しているのか。

中心メンバー伊藤 宏さん(34)へのインタビューを通し、そのベールに迫る。

■青空取材、スタート!

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「どうぞ、どうぞおかけください。天気も良いですし、ここで話しましょう!そうそう。今日は11時から、すぐそこでマルシェもあるんですよ!
良かったら取材終わりに見ていってください」

取材班を温かく出迎えてくれた伊藤さん。その語り口調は農家というより、やり手のサラリーマンを思わせる。

「なにから話しましょう。全部お答えしますよ」

“伊藤さんの過去と現在、未来の話を通して、中西ファームの全容を余すことなく紹介してほしい
そう伝えると、伊藤さんの表情は一瞬にして輝いた。

「良いですね。僕、話すの大好きなんで。それじゃあ、私の過去から話しましょうか」

■本気で打ち込めるものがなかった

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「実は僕、いろんな職を経て、農家になったんですよ。最初に就いたのは、動物の飼育員でした」

“動物が好きだったのか?”
記者の問いに、伊藤さんは笑いながら答える。

「それが全然(笑)。人並に猫やインコは飼っていましたけど。とにかく自分の力でお金を稼げるようになりたかった。大学に行くより2年で専門を終えて、早く社会人になりたかったんです」

専門学校卒業後、仙台市の八木山動物園で飼育員として就職するも、長続きしなかったという。

「動物園は1年で辞めちゃいました。その後、動物を輸入して個人のブリーダーに卸す仕事に就いたんですけど、そこも1年で退職。いま振り返ると、あの頃の自分には、本気で打ち込めるものがなかったんだと思います。
三社目はブライダル関係のベンチャーに転職しましたが、“自分の天職はこれだ ”とも思えず、ずっとフワフワしていましたね」

そんな伊藤さんに、転機が訪れる。
職場の同僚だった奥さんとの結婚だ。

「結婚を機に、転職を決意しました。フワフワした状態のまま、仕事に追われる毎日が続けば、理想の家庭生活を築けないという強い焦りがあったんです」

不動産・飲食・葬祭業…。
次々と異業種企業の面接を受ける中、伊藤さんの焦りは無くなるどころか、より一層強まっていった。

「ぶっちゃけ、どの仕事もできそうだと感じていました。実際、選考は順調に進んでいましたし。だけど、ここでまたサラリーマンをやって幸せになれるのか、自信がまったく持てなかった。あーでもない、こーでもないと悩む僕を見かねたんでしょうね。奥さんから誘われたんです。『気晴らしに、ウチの畑に来てみれば?』って。
そうそう。紹介が遅れましたが、私の奥さんは、中西ファーム6代目の長女なんです」

中西ファームを訪れた伊藤さんは、
眼前に広がる風景に心が安らいでいくのを感じたという。

「畑に立って背伸びしてみると、空気が澄んでいて、青空が広がっていて、そよ風が吹いて超気持ちいい。“なにか自分に手伝えることはないかな”っていう気持ちは、自然と湧いてきましたね」

2012年春。伊藤さんの中西ファームでの“農業体験”がはじまった。転職活動の合間に収穫を手伝ったり、市場に連れて行ってもらったり。

そんな日々を過ごしていた伊藤さんに、ある変化が生まれた。農業への沸き上がる興味だった。

“仕事としての農業はどうなんだろう”
“やっぱり農家はいま、若手が不足しているのか”
“ベンチャーの経験を農業に活かせないか”
“やり方を変えたら、もっと上手くマネタイズできるんじゃないか”


“農業なら、本気で打ち込めるかもしれない”


調べれば調べるほど、農業に面白さと可能性を感じた伊藤さんは、2012年夏、専業農家になることを決心する。

■直面した「農業の限界」

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専業農家になった伊藤さんは、当時25歳。“農業で一旗揚げてやる”。血気盛んな青年は息巻いていた。

「このままだと日本の農業は衰退するという思いから、毎日の農作業の傍ら、知人と協力して農業法人を立ち上げたんですけど、上手くいかなかった。農業を理解していなかったことが、一番の原因です」

農作業に専念しない伊藤さんに、周囲の目は冷ややかだったという。

「当たり前ですよね。当時、中西ファームの人員は少なく、人手が足りていないのに、新人の僕は、経験もないくせに他の業務に力を割いていた。このままじゃだめだ!最低5年は下積みとして、本気で農業をやろうと決めました」

2013年の年明けから、伊藤さんの農業漬けの毎日がはじまる。周囲の信頼を徐々に得られるようになった中で、農業に本気で取り組んだからこそ、はっきりと見えたことがあった。

農業の限界。すなわち、売り上げの限界です。このまま本気で農業をやっても結局は、“面積×単価”で売上は決まってしまう。かといって希少な品種を高単価で販売しても、設備投資にお金がかかる。そもそも僕は元々野菜が大好きで農家をやっているわけではない(笑)。特定品種の野菜のために、何十年も情熱を捧げられる自信もなかった。
面積を増やせば売上は増やせますけど、人員も増やさないといけない。“農家はやればやるだけ無限に稼げるんじゃないか”と思っていたのが、そもそもの誤りだと気付いたんです。その気付きは自分にとって、大きな成長だったと思います」

日本の農家の多くが、現状維持を好む理由がここにあると、伊藤さんは指摘する

「ほとんどの農家は、現状の売上で食べていけるんです。わざわざリスクを冒してまで、新しいことに取り組む必要がない。品種や販路を変えたりはできますが、大きなイノベーションではない。
でも、現状維持だと、同じことの繰り返しで面白くないですよね。少なくとも僕は嫌だった。農業に本気に取り組みながら、新しいことにチャレンジしたかったし、農業は楽しいんだと、世間に知らしめたかった

伊藤さんが最初に着手したのは、“開けた農園”への改革。農業体験イベントの開催や援農ボランティアの募集もその一つだ。
そして、新たな出会いが生まれる。若手メンバー、タカマツさんの加入である。

「タカマツ君は、当時大学を卒業してすぐウチに、援農ボランティアとして来てくれました。最初は週3ぐらいの参加頻度だったのが、僕の熱意溢れるしつこい勧誘もあり(笑)、社員として週5で働いてくれるようになったんです」

■家族経営からの脱却

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*写真左から、伊藤さん、タカマツさん、ナカさん

高松さんの加入は、中西ファームにとって、大きな転換点になった。それまで、家族経営で農業を行っていた中、中西家の親族以外が社員として入ったのは初めてだったのだそう。

「タカマツ君が入って、中西ファームの雰囲気は一変しましたね。もちろん良い意味で。マルシェにも出店できるようになりましたし、彼が風穴を開けてくれたことで、親族経営じゃなければいけないという、変な空気がなくなったんです。
同世代の彼の加入は、僕にとって、ホントに嬉しい出来事でした。車中楽しく会話しながら、青山ファーマーズマーケットに向かったり。新しい品種栽培に挑戦して収穫までいけたら、“できたー!これがプチヴェールかー!”って喜び合ったり」

その後、同世代のナカさんの加入も決まる。

「若手が増え、収穫量と品種が増えたことで、スーパーや飲食店など、新しい販路開拓にも成功しました。2013年から農協との取引は年々減っていき、いまでは完全にゼロです」

当時を振り返り、伊藤さんは嬉しそうに語る。

「僕とタカマツ君とナカで、一緒に昼ごはんを食べながら、“いつか、こんなことができたら良いよねー!”って話をしょっちゅうしていました。SNSの毎日投稿も、土日マルシェも、飲食店の経営も、農業研修サービスの立ち上げもそう。当時話していた未来の構想は、ほぼすべて実現できていますね

その後、新たにイイダさんがジョイン。八王子市小比企町で、中西ファームは徐々に、しかし確実に、若手が活躍する農家集団へと変容を遂げていった。

そして、5人目の若手メンバー、マサキさんの加入より、中西ファームの取り組みはさらに加速していくことになる。 

(2)へと続く。

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■中西ファーム Instagram
https://www.instagram.com/nakanishi_farm/

■毎週土日(11~13時)、畑でマルシェを開催中!
住所:東京都八王子市小比企町2706
アクセス:山田駅徒歩13分/八王子みなみ野駅徒歩20分
※詳細は、中西ファーム 公式HPをご参照
https://nakanishifarm.jp/

■中西ファームの野菜を購入できるスーパーはこちら!
イトー ヨーカドー(八王子店、多摩センター店)


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