日本人が気づいてない「強み」とは?|遊びと学び研究所 岸本好弘 第1回
テレビゲームでも採用されている、VR(バーチャル・リアリティ)のテクノロジー。
今回は、『ファミリースタジアム』をはじめとする、数々のテレビゲームを開発し、長きにわたりゲーム業界の最前線を見続けているゲームクリエイター・岸本好弘さんの目から見た、VRの現在地を語ってもらいました。
岸本好弘(きしもと・よしひろ)
アーケードゲームの時代からナムコ(現在のバンダイナムコエンターテインメント)に入社。ゲームクリエイターとして名作野球ゲーム『ファミリースタジアム』をはじめとする数々のテレビゲームを開発。2012年から2017年まで東京工科大学メディア学部准教授に就任。現在は「遊びと学び研究所」を設立し、ゲーミフィケーションデザイナーとして活躍中。往年のテレビゲーム資料の保存活動「ナムコ開発資料・アーカイブプロジェクト」も推進している。
日本ならではのVR(バーチャル・リアリティ)の特徴
——まずは、VR(バーチャル・リアリティ)の基本について教えてください。
岸本好弘氏(以下、岸本):
「VRというのは、ヘッドセットをつけることで、視界全体に映像が広がるようにする技術です。
もともとはゲームのために作られたものではありません。実際には行けない場所を観ることができるというテクノロジーです。
ライブ会場の中にカメラを置いて、VRを使ったライブ会場にいる気分になれるようにするとか、リゾート地の風景を映して『ここはマイアミだ』という気分になってもらったりするのが、アメリカで最初に作られたときのコンセプトです」
——ゲームを楽しむというより、実際の風景を見せるための技術なんですね。
岸本:
「離島などの遠隔地で手術をするとき、そこにカメラを置いて、遠い場所にいる外科医がカメラから届くVR映像を見ながら手術をサポートする、といった使い方をすることもあります。
遠くにある不動産物件を確認するために、あたかも室内にいるかのような風景をVRで体験してもらうときにも利用されています。
軍事訓練などにも使われているようですね。実際に突入する場所の地形や建物をVRで再現して、突入のため訓練にVRを使う。
エンタテインメントじゃない分野で、VRは大いに活用されています」
——でも日本だと、ゲームへの活用が主流であるようにイメージされています。
岸本:
「それは、わたしたちが日本人だからです。
日本人は独特で、VRという技術を知ったとき、現実世界からマイアミに飛ぶんじゃなくて、現実世界から架空の世界に飛びたいなぁと考えた。
CG(コンピュータ・グラフィックス)で描かれたポケモンがいる世界とか、初音ミクがライブをしている世界をVRで体験できたら素敵だなぁと思ったんです。
これは日本人にとっては自然なことなんだけれど、海外の人から見ると『なにそれ?』と驚かれる発想でもあります」
——かなり独特な発想なんですね。
岸本:
「海外でもCGを使ったVRはたくさんありますが、写実的な作品が多い。
もともと全世界レベルでは、FPS(ファースト・パースン・シューティング)というゲームが最大の人気ジャンル。銃を手に主人公の視点になって戦場を駆け巡るゲームですね。これはVRと相性がいい。
リアルな戦場で撃ち合うゲームは、悲惨な部分もあるけど、男の子にとってはあこがれの世界でもあります。
ゲームの中なら命は落とさない。でもヒーローになれる。
現実では命をかけなければならないけど、ゲームの中では願望が満たされます」
日本のゲーム開発のルーツをさぐる
——どうして日本では、そういう方向のVRゲームが作られないんですか?
岸本:
「そこには日本のゲームの歴史が大きく影響しています。
もともとテレビゲームは、1971年にアメリカ製の『PONG』というゲームが大人気になったところから歴史がスタートしました。
これが日本に入ってきた最初のテレビゲーム。次に『ブレイクアウト』というゲームが登場します。日本で『ブロック崩し』と呼ばれるゲームですね。
その後、ちょっとだけルールを変えた同種のゲームが、どんどん日本でも作られるようになっていきます」
——海外の人気ゲームのコピー、つまり真似をしていた時代の到来ですね。
岸本:
「ところが、いきなり日本からオリジナルゲームが生まれます。それが『スペースインベーダー』です。
製作したのは、当時タイトーにいた西角友宏(にしかど・ともひろ)さん。
自分(プレイヤー)は下にいて、上にいる敵をすべて消すとクリアになるという構造は『ブロック崩し』と同じですが、そこに『敵が攻撃してくる』『自分もミサイルで攻撃できる』というアイディアを足した。
これが世界中で大ヒットしたんです。
アメリカから『ブレイクアウト』が入ってきてから、わずか3年後のことです」
——種子島に鉄砲が伝来したら、瞬く間に日本オリジナルの高性能な火縄銃ができてしまった、みたいなものですね。
岸本:
「次にナムコが『パックマン』を生み、これも世界中で大ヒットします。
とりわけアメリカ人を驚かせたのは、黄色い丸に口がついているだけの主人公キャラでした。こんな抽象的なキャラは、アメリカ人は想像したこともなかった。
その売り上げは世界記録になり、ギネスブックにも載りました。
だから『パックマン』の制作者の岩谷徹(いわたに・とおる)さんは、アメリカでは凄い有名人ですよ。
映画『ピクセル』という、パックマンが主人公のハリウッドの実写映画でも、ゲスト出演しています」
——こうして日本独特のゲームは世界を席巻していったんですね。
岸本:
「1983年には任天堂がファミコンを作り、その後アメリカに進出します。
最初は『スーパーマリオブラザーズ』が同梱されていたのかな?これが爆発的に売れるんですね。
わずか十数年で、アメリカから入ってきたビデオゲームという技術を、魅力的なキャラクターが活躍する作品に仕上げてアメリカに持っていったら、『日本のゲームってすげぇ!』と驚かれたんです」
世界を席巻した日本人独特の感性
——でも、最初から海外向けに作ったわけではないですよね?
岸本:
「そこがポイントです。
日本人が、日本人の感性で『こういうの、面白そう』と作っただけ。それが結果として全世界を席巻したんです。
『ポケモン』もそうですね。あれは3Dのプレイステーションよりも後に発売されたソフトです。
ゲームがどんどん写実的になっていく時代に、任天堂はゲームボーイの白黒画面で『ポケモン』を作った。
これを海外に持っていくと発表したときも、『絶対にコケる。大失敗する』と、当時3Dのゲームを開発を間近で見ていたわたしは思ったものです」
——リアルなゲームが人気になっている海外では、売れるわけがないと。
岸本:
「その予想は外れました。
その2年後にフランスに行ったときに、パレードにピカチュウのデコレーションがついた山車が出ていた。
聞いてみたら『子どもたちに大人気です!』と。日本人が、日本の子どもたちのために作ったゲームだったのに、ちゃんと全世界でヒットした。
でも、それは当然のことで、海外の子供は自分の国のマーケティングデータなんか知らないし、自分の国で何が主流なのかも知らない。
ただシンプルに、自分が面白いと思ったものを受け入れるんですね」
——日本で、海外で主流の写実的なVRゲームが中心にならない理由が、すこしわかってきました。
岸本:
「はい。わたしたち日本人は、ごく当たり前のように、写実的でない架空の世界を作ろうとするんです。
そういうゲームこそが世界で勝負できるんだ、という実例も知っている。
だから現在も、日本ではリアルな戦争ゲームなどが注目されない傾向にあるんですね。
そもそも、日本で銃器を扱うゲーム作ってもリアリティは生み出せませんよ。アメリカでサムライのゲームが作られても、わたしたちが『なんか変だな』と感じるのと同じことです。
銃を持っている国、兵役のある国、ふだんから銃を撃つ訓練をしている国の人にとって、わたしたち日本人が作った銃を撃つゲームには、違和感だらけのはずですからね」
——ならばVRでも、日本人らしさを前面に出して勝負したほうがいいと。
岸本:
「30年前、アメリカから来た人は絶対に生魚を食べなかったけど、いまの外国からのお客様は、みんな『寿司を食わせろ』と言います。ラーメンもそう。
あんなの海外で流行るわけないと言われてたのに、いまは海外にもラーメン屋がたくさんある。
ユーチューブなどを介して日本のいろいろな情報が海外に広がり、文化の壁が壊されていくスピードは猛烈に速くなっています。
だからVRというテクノロジーを使うとき、日本が目指すべき道は、日本でなくちゃ作れないエンタテインメントを作ることだと、わたしは思っています。
諸外国では絶対に発想できないようなゲームですね。
日本でVRゲームを開発している人たちは、そういう方向でVRを突き詰めてほしいと強く思います」
私たちにとってみれば「それって当たり前だよね」と思っているものが海外から見るとかなり異質のものである、それはVRやゲームの世界にも言えるようです。
日本人が日本人らしさを出して独自のプロダクトを開発していく。
ここに日本のカルチャーや産業のヒントがあるように感じました。次回に続きます。(つづく)
・日本人が気づいてない「強み」とは?|遊びと学び研究所 岸本好弘 第1回
・5GがもたらすVRの明るい未来|遊びと学び研究所 岸本好弘 第2回
・ジョブスの哲学よりもっと大切なこと|遊びと学び研究所 岸本好弘 第3回
取材・文/野安ゆきお、写真/荻原美津雄、取材・編集/設楽幸生(FOUND編集部)
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