花粉症の原因と対策 |東京都医学総合研究所廣井隆親 前編
毎年、花粉の季節になると辛そうに目をこすったり、鼻をかんだりする人をあちこちで見かけるほど、「日本人の国民病」の一つとなっている花粉症。
「この辛い状態をなんとかしたい!」
「完治する方法はないのか?」
などと悩んでいる方も多いと思います。
今回の取材は、そんな日本人の敵「花粉症」を長年研究している、東京都医学総合研究所 花粉症プロジェクトのリーダー、廣井先生にお話を聞いてきました。
廣井隆親(ひろい・たかちか)
公益財団法人 東京都医学総合研究所 花粉症プロジェクト プロジェクトリーダー。
平成2年 日本大学大学院松戸歯学研究家博士課程 卒業 日本大学松戸歯学部保存種復学を経て、平成4年 米国アラバマ州立大学バーミンガム校・免疫ワクチンセンターにて研究。平成7年 大阪大学微生物病研究所免疫化学研究室、平成15年 東京大学医科学研究所免疫化学研究室を経て、平成23年 財団法人東京都医学総合研究所 プロジェクトリーダー。平成24年4月より現職。
スギ花粉症激増の原因は、環境とヒトの体の変化
――花粉の季節になると、多くの日本人が悩まさせる花粉症ですが、今花粉症の患者さんはどのぐらいいらっしゃるのですか?
廣井隆親氏(以下、廣井):
「花粉症予備軍の患者を含めますと、東京都では約2人に1人が花粉症です(東京都福祉保健局調べ)。全国平均でも約2.5~3人に1人が花粉症だと言われています」
――私たちが子供の頃(昭和後期)、「花粉症」という言葉は、まだあまり一般的ではなかったような気がします。
いつ頃から増えたのでしょうか?
廣井:
「記録では、16世紀初頭から存在は確認されていました。日本では1960年代に花粉症と見られる症状が初めて報告されています」
――ということは、名前は知られていなくても患者はその頃からいたんですね。
当時は高度経済成長期であると同時に、大気汚染などの公害が深刻でした。それが原因だったのでしょうか?
廣井:
「現在でもスギ花粉症の原因は、いろいろなことが言われており、複数の要因が関わっているのではないかと考えています。
まず確実に言えるのは、スギ花粉、つまりアレルギー抗原(アレルゲン)の量が増えたことです」
――花粉量はなぜ増えたのですか?
廣井:
「戦後に木造家屋の材料を確保するため、成長が早く安上がりなスギをたくさん植えたからです。
ところが時代は変わり、輸入木材が安く手に入るようになり、スギ林の伐採と植林は採算が合わず放置されてしまいました。
その結果、大量の花粉を飛ばすようになったわけです」
――他には何があるのでしょうか?
廣井:
「やはり大気汚染の問題、そして舗装道路の増加です」
――舗装道路が花粉量に関係しているんですか?
廣井:
「花粉が土に落ちると土が花粉を吸収して、微生物が分解します。
ところが舗装道路では花粉が吸収できなくなり、微生物で分解されません。花粉が溜まっていくことになります。
こういった外的環境因子は、花粉症を語る上で大きいと思います」
――花粉症の原因は環境の変化ということですか?
廣井:
「いえ。それだけではありません。
もうひとつは、そもそもヒトの体質が変わってきたことがあります」
――私たちの体が、ですか?
廣井:
「昔は青鼻汁を垂らした子供があちこちにいましたね。あれの原因は『一種の細菌感染』です。
何らかの細菌が鼻腔に侵入し、それを防いだ青鼻汁は、細菌と体の免疫が戦った残骸です。
見た目はよくないですね。しかし現代では、非常に衛生環境も良くなり青鼻汁を出している子どもはほとんど見かけません。
しかしながら免疫学的にアレルギー体質になりやすいということが、いろいろな研究によりわかってきました」
免疫応答の中心をなす、ヘルパーT細胞の2つの役割
――なぜ、そうなるのでしょうか?
廣井:
「『ヘルパーT細胞』という名前を聞いたことがありますか?」
――どこかで聞いたことがあるような、ないような……。
廣井:
「リンパ球の一種です。ヘルパーT細胞には1型ヘルパーT(Th1)細胞と2型ヘルパーT(Th2)細胞があります。
Th1細胞は、体にばい菌が侵入した時に防御をします。
一方、Th2細胞は主にアレルギーを誘導する細胞です。
さらに、この2つの細胞は互いに抑制し合う関係にあります。
つまり、『Th1細胞が働いた結果が青鼻汁』、『Th2細胞が働いた結果がアレルギー』になりやすいと考えられています。
健康なヒトの場合、この2つの細胞関係はうまくバランスがとれています。
ところが、花粉症のヒトはこのバランスが崩れて、Th2細胞が優位な状態が多いのです」
――それが「ヒトの体質が変わった」ということなんですね?
廣井:
「そうです。そして体がそんな状態の時に、先ほどの外的環境因子が加わった。
それで花粉症患者が、またたくまに増えたというわけです。
他にもさまざまな要因があるでしょうが、メインはこの2点だと考えています」
――遺伝するんでしょうか?
廣井:
「花粉症は遺伝しません。花粉症に関係する特定原因遺伝子は多くの研究者が探していますが、決定的なものはいまだ見つかっていません。
しかしアトピー性皮膚炎などは、遺伝の要素があると考えられているアレルギー疾患なので、花粉症は遺伝しないと、完全に言い切ることもできません。
誤解のないように言っておくと、アトピー性皮膚炎も親が発症したから子供も発症するとは限りません。
あいまいな表現ばかりですが、今の段階では『こうだろう』としか言えないのです」
舌下療法で根治するのは6割
――少し話題を変えさせてください。スギ花粉症はすでに社会問題化しています。どんな対策が講じられているのでしょうか?
廣井:
「環境対策と医療対策です。
環境のほうは、スギを伐採してしまう、花粉ができないスギを植える、などを行わなければなりません。
しかしながら、それらの事業が進んでいないのが現状です。行政にとって大量に予算が必要だからです。木を伐採し廃材にするのも安くないお金がかかるものです。
またスギ山が多すぎて(※九州全土の面積と同じ程度)、手の施しようがないということも聞いています。
今後、伐採した木材をセルロースなどの他資源料にするなど、採算に合う事業になれば一気に進むでしょうが、現状はまだまだのようです」
――環境対策が進まないとなると、医療に力を入れるしかないですね。
廣井:
「そうです。世界で多くの研究が進められています。
大きく分けると、アプローチは2つです。
1つは抗アレルギー薬と呼ばれる各種薬剤の開発です。これは毎年改良され進歩しています。ただし、症状を抑えることはできますが、根治はできません。
もう1つは皮下または舌下免疫療法(以下、舌下療法ともいう)です。テレビなどのマスコミでも取り上げられているので、ご存知の方も多いと思います。
私たちの研究室も、この舌下療法の作用効果についての研究を行っています。しかし報道には大きな誤りがあるんです」
――どんな点ですか?
廣井:
「舌下療法で、すべての花粉症が治ると思っている点です。
しかし『成功すれば根治する』のであって、誰もが治るわけではないのです。失敗することもあります。
東京都医学総合研究所で行った臨床研究によると、2年間で6割が根治に成功、4割が治りませんでした。
また人によって治療に必要な期間が異なります。
半年で症状が収まる人もいれば、1年2年とかかる人もいる。舌下免疫療法のガイドラインでは4~5年は治療を続けるように推奨されています。
ガイドライン通り、4~5年続けても治らない患者さんも2〜3割はいらっしゃると思います」
完璧な治療法だと思っていた「舌下療法」ですが、どうやら完璧ではないようです。まだまだ先生の研究は道半ばなんですね。
次回は、廣井先生が研究されている舌下療法に、なぜ効く人とそうでない人がいるのか?その辺りからうかがいたいと思います。(つづく)
・花粉症の原因と対策 |東京都医学総合研究所廣井隆親 前編
・なぜ花粉症になるのか? |東京都医学総合研究所 廣井隆親 中編
・花粉症研究の最先端に迫る |東京都医学総合研究所 廣井隆親 後編
取材・文/鈴木俊之、写真/荻原美津雄、取材・編集/設楽幸生(FOUND編集部)
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