日本交通公社理事・塩谷英生| 第1回「爆買い」以後の「インバウンド」って?
日本交通公社理事・塩谷英生インタビュー 目次
第1回 「爆買い」以後の「インバウンド」って?
第2回 「ポスト東京五輪」のインバウンドはどうなるの?
取材・文/河鐘基、写真/荻原美津雄、ロボティア、取材・編集/FOUND編集部
「インバウンド」という言葉、目にしたり耳にしたりする機会が増えたという人も多いのではないでしょうか?
「インバウンド需要」「インバウンド対策」など、世の中にはさまざまな関連用語が飛び交っています。
今回は、この「インバウンド」について、いろいろ探っていきたいと思います。
第1回 目次
・インバウンド産業の変化、15年で6倍に!?
・「今」のインバウンド事情、5割以上が中国・韓国から?
・インバウンドの恩恵を受ける産業
・ゴールデンルート以外の地域も!! インバウンドに人気
まず、改めて「インバウンド」とは、何を指すのか? JTB総合研究所が公開している「観光用語集」によると、次のように定義されています。
インバウンド(Inbound)とは、外国人が訪れてくる旅行のこと。日本へのインバウンドを訪日外国人旅行または訪日旅行という
出典:JTB総合研究所・観光用語集
日本政府が、海外訪日観光客の増加を狙い、官民一体の戦略的な「ビジット・ジャパン・キャンペーン」をスタートさせたのは、今から15年前の2003年です。
この年は、「訪日ツーリズム元年」とも位置づけられました。(出典:日本政府観光局, 国土交通省・グローバル観光戦略)
インバウンドへの施策はそこから様々な展開をみせ、今の盛り上がりへと至っています。これからさらに産業が成長するためには、どんな課題があって、どうやってクリアしていけばいいのか。
そんな「インバウンド」のこれまでとこれからについて、専門家である公益財団法人・日本交通公社の塩谷英生理事にお話をお伺いしました。
インバウンド産業の変化、15年で6倍に!?
2003年1月、小泉首相(当時)による「観光立国宣言」以降、観光産業が日本の重要テーマとして改めて位置づけられることになりました。(出典:観光立国推進基本法)
同時に国土交通省が中心となり「ビジット・ジャパン・キャンペーン」というインバウンド促進活動を開始しました。(出典:ビジット・ジャパン事業)
その後、首相官邸や日本政府観光局(JNTO)などが中心となり、官民で連携し、日本を“売り出そう”という動きが本格的に活発化します。
日本を訪れる外国人旅行者の数は、「観光立国宣言」が行われた2003年では521万人。
2018年は3,150万人前後が見込まれています。この15年で約6倍に増えたことになります。
これほど、訪日外国人旅行者が増えた背景にはどのような要因があるのでしょうか。
塩谷氏:
「まず、円安、ビザ規制の緩和、
政府によるプロモーショなど
日本側の要因があります。
そして、
GDPや世帯収入が
アップしたことなど、
諸外国側の要因があります。
それらが複合的に絡まって、
日本への旅足が増えたと
分析できます」
日本と諸外国、両方の複合的な要因で、訪日外国人観光客が増加しているわけです。
15年で約6倍という、順調に成長してきたように見える日本のインバウンド産業。しかし、塩谷さんによると「時系列的にいくつかのポイントがあった」そうなのです。
塩谷氏:
「2003年以降、
訪日外国人観光客の数は
基本的に右肩上がりでした。
しかし、
円高やリーマンショック
などによって、
数が落ち込んだ時期もあります。
この10年でいちばんの“底”は
東日本大震災があった
2011年です。
それ以降、
徐々に回復の兆しを見せ、
ターニングポイントとなったのが
2015年です。
この年は、
前年比で年間600万人以上、
5割弱の伸びを記録しました」
ずっと、右肩上がりに成長してきたわけではなかったインバウンド産業。東日本大震災があった2011年には、大幅な減少となりながら、そこから徐々に回復し、ターニングポイントとなったという2015年。
なぜ、前の年の5割近くも観光客が増えたのでしょうか?
塩谷氏:
「前年の2014年は
中国と日本との間に
尖閣諸島問題がありました。
その緊張状態がとけたことで、
中国人旅行客の揺り戻しが
あったからではないかと
個人的には理解しています。
『爆買い』という言葉が
流行したのも2015年です」
爆買い
中国人観光客などの訪日外国人旅行者による、大量の買い物を表現した言葉。「爆買い」は、2015年の流行語大賞にも選ばれました。
また、塩谷氏によると、「現在(2018年)の訪日外国人旅行客数は、2015年にターニングポイント迎え、前年比で10%強の伸び率が期待されている」とも言います。
もともとは、15%ほどの増加が期待されていたのですが、夏季に各地を襲った地震や豪雨など自然災害の影響で、8月、9月の伸び率が芳しくなかった。そして、9月は、「5年ぶりのマイナス」を記録。しかし、10月以降は順調に回復を見せるという動きも見られるそうです。
「今」のインバウンド事情、5割以上が中国・韓国から?
では、具体的にインバウンドに関する詳細を見ていきましょう。
まず訪日外国人旅行客の国別の内訳です。
塩谷さんによると、「全体の8割をアジア勢が占めていて、なかでも中国・韓国からの観光客が5割を超えて圧倒的に多い」とのことです。
訪日外国人旅行客の内訳
・旅行客全体の8割強がアジア勢
・アジアの中でも中国・韓国からの旅行客が5割以上
最近の傾向について、塩谷さんは、次のように話します。
塩谷氏:
「特にここ数年は、
韓国からの旅行客が増えています。
消費単価(旅行中に使うお金)は
多くはありませんが、
九州や大阪など
西の地域へ旅行する人が増え、
その頻度も高いのが特徴です。
韓国から距離的にも近いので、
国内旅行の延長のようなかたちで
日本に来られる方が
増えているのだと思います」
一方で、日本のインバウンド産業を支える大きな柱となっている「爆買い」などに代表される中国人旅行客の“買い物効果”ですが、塩谷さんによると、
「一時期ほどの勢いはなくなってきている」
と言います。さらに、
「消費単価も下がってきた」
と分析しています。
その要因のひとつに、越境EC(インターネットを使った国境を越えた商取引)など、グローバルな流通環境が改善され、日本の商品が中国国内でも手に入る機会が増えたことが挙げられます。
インバウンドの恩恵を受ける産業
インバウンドの恩恵を受けるのはどのような産業なのでしょうか。
塩谷さんは、大きく5つの産業に分類できると言います。
塩谷氏:
「基本的には、
ホテルなどの宿泊産業と、
交通産業が軸となります。
そのほかに、
飲食産業、
おみやげ販売などの小売り業、
テーマパークやスキー場、
博物館などの観光施設、
添乗やパッケージツアーなど
旅行業および旅行仲介業
となります。
宿泊産業においては、
『民泊』という新たな業態が
増えています。
インバウンド需要を見越して、
ホテルなどの宿泊産業に参入する
企業も増えています」
インバウンドの恩恵を受ける5つの産業
・ホテルなどの宿泊産業
・交通産業
・飲食産業、おみやげ販売などの小売り業
・テーマパークやスキー場、博物館などの観光施設
・添乗やパッケージツアーなど旅行業および旅行仲介業
ゴールデンルート以外の地域も!! インバウンドに人気
外国からの観光客は、おもに日本のどの地域を訪れているのでしょうか。
観光先も、この15年の間に少しずつ変化してきているようです。
塩谷氏:
「当初は、
東京、京都、大阪を結ぶ
いわゆるゴールデンルートが
インバウンドの
中心エリアでした。
そして、
そのルートの間にある、
愛知、山梨、箱根あたりも、
訪れる人が多かったです。
やはり日本と言えば、
東京、京都、富士山などの
認知度が高いので、
関空イン、成田アウト、
またはその逆といった旅路が
ポピュラーでした。
そして、その亜流として、
飛騨・高山方面や、
新しく開通した北陸新幹線で
北陸方面に足を延ばすという
観光客もいました。
しかし最近では、
北海道、九州、沖縄など
ゴールデンルート以外のエリアを
選択する人が増えてきている
という状況です」
塩谷さんによれば、訪日外国人旅行客が増えるにつれ、ゴールデンルートでは飽き足らず、別のルートを選ぶ旅行客が増えはじめているとのこと。
また、旅行のスタイルも、いわゆるパッケージツアーではなく、FIT(個人で手配する旅行)で、自由度が高い旅行を選択する層も増えているそうです。
塩谷氏:
「訪日外国人観光客の数が
3,000万人くらいになり、
各国と日本を結ぶ
LCC(格安航空会社)が増え、
周遊よりも地方FITや
一都市滞在型FITなどを
選ぶ旅行客が増えているという
傾向にあります。
また、
“大衆化”の傾向もあります。
実は、
日本を訪れる
各国の富裕層の割合は、
それほど増えていないのです」
観光庁の『宿泊旅行統計調査(平成29年)』によると、訪日外国人の訪れる地域は、3大都市圏以外の比率が徐々に増えてきていることがわかります。
2015年には38.3%だったのに対し、2017年には40.9%まで上昇しています。地方を訪れる人が確実に増えている証拠と言えるでしょう。
三大都市圏以外を訪れる訪日外国人観光客が増加。
・2012年は38.3% → 2017年は40.9%
宿泊旅行統計調査
日本政府は、東京五輪が開催される2020年までに、訪日外国人観光客数4,000万人という目標を目指し、インバウンド産業を強化していく計画を立てています。
現在のペースでいけば3,800万人前後は現実的であり、大台達成の可能性も夢ではなくなってきました。
インバウンド元年と呼ばれる2003年から2018年まで、15年間、これまでの流れはわかりました。
気になるのは“ポスト東京五輪”です。つまり、2020年以降のインバウンド産業はどうなっていくかということです。
実際問題、東京五輪の後のインバウンド産業に対して、私たちは、どんな見通しを持っておくと良いのでしょうか。
このあたりについては、次回詳しくお話を伺いたいと思います。
つづく
日本交通公社理事・塩谷英生インタビュー 目次
第1回 「爆買い」以後の「インバウンド」って?
第2回 「ポスト東京五輪」のインバウンドはどうなるの?