無重力の世界の法律って?|宇宙法専門家 北村尚弘 中編
前回、宇宙ビジネスにかかわってきそうな様々な法律の概論についてお話をうかがいました。
今回は、具体的に宇宙ではどんなビジネスが可能か?というお話を中心にお聞きしたいと思います。
北村尚弘(きたむら なおひろ)
2013年より弁護士として活動。JAXAでのインターンをきっかけに、宇宙ビジネスに関わる。宇宙ビジネスに関する複数の団体に所属するほか、弁護士有志にて『日本スペースロー研究会』を立ち上げ、宇宙ビジネスをサポートしている。所属団体として、東京弁護士会、弁護士活動領域拡大推進本部 宇宙部会、まんてんプロジェクト、(一社)宇宙エレベーター協会、(一社)日本航空宇宙学会、(一社)ニュースペース国際戦略研究所、日本スペースロー研究会がある。
ようやく端緒についた日本の民間による宇宙開発
――今後宇宙ビジネスが盛り上がれば、当然法律に関することも色々な議論が起こりそうですよね。宇宙ビジネスの中の法律は、法曹の世界でも需要が高まりそうな分野ですね。
北村:
「現在は15名ほどの弁護士で『日本スペースロー研究会』という団体を発足させています。
また今後は座学だけでなくセミナーや交流会を開催して、事業者との接点を増やそうと考えています。世間的な知名度はまだまだですが、宇宙開発を目指すベンチャー企業などと交流しています」
――宇宙開発のベンチャー企業は、具体的にどんな事業に取り組んでいるんですか?
北村:
「たとえば、OUTSENSE(アウトセンス)社は、宇宙建築のスタートアップ企業です。『折り紙技術』を応用し、宇宙に基地を作ることを目標にしています。
同時に、その技術を応用して、災害時に活用できるシェルターなどの開発も目指していると聞いています。
他には、主に衛星データを利用した事業展開を目指す企業が多いようです。特に今はAI技術を使って、いろいろなデータを組み合わせ、さまざまなソリューションに用いようという事業が多いですね。
たとえば農業では、衛星から水田の写真を撮り、そこから水などの量を解析して発育状況をモニターする、などです。
この方法で栽培された青森の『青天の霹靂』というブランド米は、他の品種の1.5倍の値段で売れているそうです。
変わったところでは、衛星から石油タンクの写真を撮り、石油の残量を調べるサービスがあります。その情報を投資家に販売するのです」
軍事目的の衛星は登録されない
――衛星のデータ利用は法律でどのように扱われているのですか?
北村:
「その点を扱っているのが、先ほどの『衛星リモートセンシング法』です。
解像度の高い衛星画像は国の許可をとって取り扱うこと、かつ、情報は取扱認定を受けている相手にしか渡してはいけない、という制度です。
衛星写真やデータは軍事目的にも使えます。だから安全保障上の制約が必要なのです。ただし、規制の対象は、『ここに誰々がいる』とわかるほど細かく写った写真です。
つまり、裏を返すと、そのレベルまで達していないものに関して規制はない、ということです」
――明確に制限することで、逆に自由度を高めるわけですね。世界的には規制されていないんですか?
北村:
「米国やロシアをはじめ、先進国が反対しますから、規制はできないでしょう。
先に挙げた『宇宙物体登録条約』は、自動車や船舶、飛行機が登録制であるように、衛星も登録しましょうという主旨で交わされた国際条約です。
ところが、軍事目的の衛星は登録されていないことがほとんどです」
――ええ! そうなんですか?
北村:
「だって、登録してしまうとスパイの意味がなくなってしまいますからね」
――たしかにそうですね。
『ゼロ・グラビティ』の世界で法律のできること
――話は少々変わりますが、現在、「スペースデブリ(宇宙ゴミ)」が問題になっていると聞いたことがあります。
北村:
「そうです。2013年に公開された映画『ゼロ・グラビティ』で表現された問題は、今や現実のものとなりつつあります。
1センチ以下の小さなデブリなら問題ないそうですが、それ以上だと穴が空いてしまうケースもあるので、宇宙ステーションなどは最近、回避行動が増えているそうです」
――そうなると法律の出番になりますね。もし事故が起きたら、事故の補償や責任の所在などはどうなるのでしょう?
北村:
「法律論で考えれば、宇宙空間においてはゴミを出した人が損害を賠償しなければなりません。
しかし現実には、ゴミといっても細かくなったりして誰のものかわからないんです。つまり被害をこうむっても加害者を特定できないことがほとんどです。
だから一般的には保険をかけるんです。宇宙保険でカバーするわけです」
――宇宙保険なんてあるんですね。
北村:
「逆に、宇宙では保険が発達しているんですよ」
――保険というのは海運から発達しましたよね。ということは、海と宇宙空間とは似たようなものだということでしょうか?
北村:
「そうかもしれません。ただし、船なら事故原因を調べられますが、宇宙空間では、事故が起きても『電波が途切れたぞ、事故が起きたらしい』くらいしかわかりません。
調査がむずかしかったり、不可能だったりすることが多いんです。
だから保険も特殊で、こわれた機能の分だけ損害があったとみなして保険金が下りるという仕組みになっています」
――そう考えると、宇宙空間はやはり特殊なのですね。そういえば一時期、月の土地が売りに出されていたことがありました。夢のある話ですが、これも法律上はどうなっているのですか?
北村:
「宇宙条約では、宇宙空間を誰も領有できないということになっています。
おっしゃったように、月の土地の権利書を売っている企業があります。でも、あれは法律的にはただの紙を売っているだけです。
その点は南極大陸と同じです。南極大陸は南極条約によって領土主権が凍結されています。誰かが南極の土地を所有することはできません。
宇宙空間もそれと同じです。領有を主張する民間人が現れても、それを認めることはできない、ということです。
『権利』というのは、本人がいくら主張しても、対外的に認められないと権利になりません。だから、宇宙に土地を持つことはできないというわけです。
それでも、ありうるのは事実上占有することでしょう。
たとえば、先に惑星にたどりついた人たちが、土地を占有してしまうようなパターンです。もしかしたら、彼らが権力をにぎって独立国を打ち立てるという、まるで映画のような世界が現れるかもしれません。その前には何らかの法律ができるでしょうが」
――税金はどうですか?
北村:
「もし、月や火星に移住するとしたら、地球に税金が落ちなくなりますから、月税、火星税といった概念が登場するかもしれません」
宇宙ビジネスの話は、なんだか映画の世界のような話が多すぎて、ワクワクすることばかりです。
月税、火星税などが導入される世の中は、本当に来るのでしょうか?次回に続きます。(つづく)
・宇宙法って知ってますか?|宇宙法専門家 北村尚弘 前編
・無重力の世界の法律って?|宇宙法専門家 北村尚弘 中編
・宇宙ビジネスのこれから|宇宙法専門家 北村尚弘 後編
取材・文/鈴木俊之、取材・編集/設楽幸生(FOUND編集部)
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