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わたしはエスカレーター

わたしはエスカレーター。
ただいま殺人事件を捜査中。

事件は今からちょうど二週間前の深夜2時から4時のあいだに起きたとされる。現場は駅南口を降りてすぐのところに建つ高層マンション11階の一室。被害者は二十六歳の女性会社員でひとり暮らしだったという。着衣の乱れなし。終電の去った直後と始発の来る直前の二度、黒のパーカーのフードを被った小柄な男がマンションの防犯カメラに映っていたとのことだった。

警察の知らないある決定的な証拠をわたしは握っているのだが、それというのが犯人の「足」に関する情報で、高架駅の南口コンコースから地上へ降りるエスカレーターはA1(わたし)とA2、そしてA3の全部で三つで、件のマンションに向かうならA2もA3も遠回りになり、エレベーターは23時以降稼働しないし、わたしの横に設えられた階段の話では、その日の終電後に彼を踏んだ足裏と翌朝始発前に踏んだ足裏はいずれも一致しないとのことだったので、犯人は0時29分にビニールのサンダルでわたしを駆け下り、翌5時2分に同じサンダルでわたしを駆け上がったあの男以外にないと判断された。

「犯人は再び事件現場に現れる」の通説に従って、わたしは踏まれた感触からプロファイルした足裏の形状および足裏にかかる力の分布を手がかりに全神経を集中させて日夜網を張ってきた。ところがほどなくして駅近くの側溝に切断された人間の指やかかと、それから歯などが複数発見され、しかも発見された部位のいずれもDNA型が異なるという未曾有の猟奇事件が明るみになり、二週間前の女性会社員殺害事件との関連を警察は調べるのでもある。願わくは、女性会社員殺人事件とこの死体遺棄事件の両方を、わたし自身の手で解決したい。どうにかしてわたしは人間の役に立ちたいのであるが、犯人の目星がついたかと思えば、それを嘲笑うかのように遺棄される遺体は増えるようで、事態はますます混迷を深め、なんの成果も得られないまま二週間がいたずらに過ぎていった。

しかし事件発生から19日目にして、今度こそ殺人の夜に記憶された足裏の情報とぴたりと照合するそれを見出して、わたしは小躍りし、早速私人逮捕に及んだ。無辜の市民を巻き込むわけにはいかないので、まずはフルスロットルで上下に揺さぶりをかけてターゲット以外を振るい落とし、犯人を中央に追い詰めたなら、逃げようとする方向とは反対方向にこれまたフルスロットルで回転して、ゴムのサンダルの端をつまむと一気に巻き込んだ。

巻き込んだあとは何食わぬ顔して平常運転である。速度にして毎分30メートル、全長18メートルのわたしは一時間におよそ50回転するから、数時間後にはなかですっかり血抜きされたきめ細やかなミンチに仕上がって、それを地下の機械室の壁に空いた穴から側溝へ捨てて制裁完了。

これで街もようやく平穏を取り戻したと安心するのも束の間、女性会社員殺人事件の容疑者が検挙されたとの報が舞い込んだ。犯人は黒のパーカーを着た小柄な男、という見立てはどうやら間違っていたようで、容疑者は女とのことだった。被害者の会社同僚で、男をめぐる怨恨が動機とのこと。そのニュースに加えて、側溝からまたしても別の死体の一部が見つかったとの報も聞こえてきた。今度はそれが幼い男の子だったというので、街はいよいよ騒然となった。

女性会社員を殺害した犯人にこの手で制裁を加え得なかったことは、誠に痛恨の極みである。死体遺棄事件のほうは、わたしにはなんら手がかりがなく、警察も行き詰まっているという。

こんな不謹慎なこと、想像するだに罪深いとわかっていながら、また近くで事件が起きないかと期待する自分がいる。その際犯人には、ぜひともわたしを利用してもらいたいものである。今度こそ人間の役に立ちたいと思う。

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