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いよいよ卒論にも”断熱”の重要性が取りざたされました!

理事の吉田です。
他団体連携委員長を一応させていただいており、地域アドバイザー拠点の活動の一環から、宇都宮大学国際学部髙橋若菜教授と知り合うことになりました。
髙橋教授は日本では珍しい”環境政治学”を研究されています。
なぜ日本では珍しいかと言えば、日本の場合は環境なら環境、政治なら政治と区分けされてしまい、環境問題を提起するもそれを解決する手段としての政治や政治的アプローチを研究するような学問がわたしのつたない見識では見受けられませんでした。
そんな中、そこを研究されていると伺い驚いたと同時に同じ栃木県に素晴らしい研究者がいることに大いに喜んだ次第です。
何回かお会いしてお話してる内に教授のゼミ生の卒論が話題になり、サラッと過去の事例を紹介いただいたらビックリ仰天!
学生が断熱性能向上促進のために何をどうすれば良いのか?の考察を書いておられました。
まさに髙橋教授が教える環境問題を政治的手法でいかに解決するかの考察です。
学生がこんな素晴らしい勉強をされていることを多くの方にも知って欲しいと思いまして、髙橋教授に了解をいただき、今回はゼミ生である藤田雅さんの卒論を一部ご紹介させていただくことにしました。

学生は本質を見抜いていた

この目次をご覧いただくだけで、理解ある実務者なら中身の想像ができると思います。


住宅実務者ではない学生だからこそ、先入観のない客観的な考えを知ることができます。(以下「  」内が論文からの引用)

冒頭にも

―「東北地方出身で、現在は栃木県宇都宮市で一人暮らしをしている学生からは、”東北地方の実家よりも宇都宮のアパートにいるときの方が寒く感じる”と伺ったことがある。」―

とありまして、まさに宇都宮大学がある栃木県は冬季死亡率全国ワースト1でして、髙橋教授も学生がアパートが寒くてどうしようもないと良く言っているとおっしゃっていました。

第1章 国内外断熱基準の現状と分析枠組み

まずは世界との比較の中で

―「日本の省エネ基準2で定められている断熱基準は諸外国と比較して格段に低いことがわかる。同じアジアに位置する韓国、そしてアメリカカリフォルニア州では、日本よりもはるかに高い基準を設けている。欧州に目を向けると、イギリスやスペイン、ドイツも日本の規準を上回っている。そして、イタリアでも地域の気候に合わせて段階的に厳しい断熱基準を設けていることがわかる。さらに、北海道や東北地方は日本の各地域と比べると高断熱住宅が普及しているとされているが、それらで採用されている基準でさえも、 諸外国の中では最も低い状況にあることがわかった。」―

更にはこんなことも分かりました。

―「OECD(経済協力開発機構)加盟国の省エネ基準適合義務化の状況を表している。 すでに、イギリス、ドイツ、フランス、イタリア等の欧州やトルコ、ニュージーランド、 中国等が省エネ基準適合を義務化していることがわかる。OECD 加盟国 34 カ国中、28 カ 国で新築・改修築時に建築物の省エネ基準への適合を義務化しており、日本は先進国の中で義務化されていない数少ない国の一つであると指摘されている。」―

と、日本が諸外国と比べて遅れているとは分かっていましたが、ここまで遅れているとは、、、ですね。また、遅れている理由には

―「”日本は湿度が高いため”という言説や ”中小工務店における技術不足のため”という言説が存在する。」―

後者は言い訳?に良く使われているのは知っていましたが、前者の湿度が高いためって理由は本当に理解に苦しむし、もちろん

―「高断熱住宅の建設は技術的に一般的な 工務店でも取り組むことは可能であるという (中略)したがって、断熱基準の強化が進まない理由として議論される、気候や技術不足に関する言説は否定される。」―

とちゃんと書かれてありました。

第2章 欧州での断熱基準

欧州は世界で最も厳しい基準になっているわけで、有名なイギリス保健省のWHO最低室温18℃の資料も挙げつつ、わたし自身もあまり認識のなかった”エネルギー貧困”です。
欧州ではすでに室温と健康の関係は人権問題として認識されているので、そこに関する言及よりも、このエネルギー貧困の課題を問題視し、その解決にも断熱性能向上が必要不可欠であると。

「イギリスでは、欧州の中でも早期からエネル ギー貧困が国家問題として捉えられてきた。2011 年には、イギリス保健省イングランド公衆衛生庁によって、イングランド防寒計画(Cold Weather Plan for England)が策定され た。本計画では、複数の研究結果から、エネルギー貧困の健康への悪影響は、精神的健康やウェルビーイングへの影響も媒介する可能性があることが認識されつつあると述べられ ている [Public Health England, 2015]。さらに、エネルギー不足であるかどうかの重要な要点となるのは、住宅のエネルギー効率であるとされている [Public Health England, 2015]。 また、国家統計局によると、イギリスでは 2014 年から 2015 年にかけて冬季の死亡者数が 急増した [Office for National Statistics, 2015]。その増加幅は、イギリスより寒冷な他地域と比較して著しく大きかったと論じられている [Dalia, Vidas, Tomas, Grigorios, & Josef, 2020]。このことから、イギリスでは特に、低所得世帯や高齢者世帯が住宅内を温めるために必要なエネルギー費用を賄えなくなっていることが判明したという [同上, 2020]。そ こで、現在は、低所得者や高齢者にとって冬季の暖房費が手ごろな価格になるような政策も重視しているが、エネルギー効率の向上に重点を置いた政策を実施している」

「具体的にイギリスでは、アパートの断熱化を家主に義務付け、そして省エネ機器の購入をサポートしている [上園, 2017]。ドイツでも、住宅の省エネリフォームや省エネ機器の導 入を促進する補助制度が実施されている [上園, 2017]。しかし、多額の費用を必要とする ことから、実施が一部にとどまっており、より簡易で広範囲に実施可能なアプローチが求められているとも指摘されている」

アパートの断熱化を家主に義務付けるところまで行ってるんですね。

第3章 日本の断熱基準

これはあえて触れるまでもないのでしょうけど、学生の率直なコメントを紹介しておきます。

「現在の日本の省エネ性能を表すものとして、国土交通省が制定している断熱等性能等級についてまとめていくとしよう。断熱等性能等級は、等級が上がるごとに断熱性能が高いことを示している。2022 年 4 月 1 日までに 5 つのランクが設定されていたが、 2022 年 10 月より、新たに等級 6,7 が創設された。そして、先述したように、建築物省エネ法の改正により、2025 年 4 月以降には全ての新築住宅・非住宅に省エネ基準適合が義務 付けられる予定である。しかし、ここで義務付けられる基準は等級 4 で、表2をみると等級4は 1999 年に制定されたものであることがわかる。なお、等級5は ZEH、新たに新設された等級6、等級7は欧州と同等レベルの断熱基準が採用されている。このように、今後展開されていく省エネ基準の義務付けも諸外国と比べると未だ低い状況にあることが読み取れる。」

と日本の省エネ基準がアマアマだと言うことがバレちゃってますね。
また、議会でも

「宇都宮市議会令和 5 年環境経済常任委員会会議事録では、”ZEH レベルの 40 坪程度の家を造ると、初期投資 で 400、500 万円かかる。中小工務店では仕入れ値も高いため、お客さんに説明しても実施してもらえない”という発言もある [宇都宮市議会, 2023]」

とまさに聞き飽きたくらいやはりこの手の話は全国どこでもなされているんだなぁと。
断熱強化すると高くなってしまうから、その為の補助金なんですが、そこがまだまだ強化されていないために遅々として進まない。
その課題を具体的に突破しようとしている県が鳥取県ということでそこにしっかり言及されました。

第4章 鳥取県の独自断熱基準

NE-STに関しては今や有名なのでそこは割愛させていただきますが、わたしも気になっていた普及具合もしっかり調査されてました。

「これまで建設され た NE-ST のうち、T-G1 が 5 割、T-G2 が 4 割、T-G3 が 1 割である [槇原, 2023b]」

と、何となく予想はしていましたがT-G2が4割は導入効果ありだと感じています。今後はT-G2とG3で100%くらいになって欲しいですね。
更に、髙橋教授の専門分野である環境政治学的視点もしっかり言及されています。

NE-STが迅速に機能した大きな理由に鳥取県庁の組織も大きな鍵を握っているんですね。

「鳥取県庁の組織図(図9)によれば、双方とも「生活環境部」 に所属しているため、部長が同じであることがわかる。槇原氏によれば、部長が違うと横 のつながりを持つことは困難であるという [同上 2023a]。つまり、住宅系と環境系が同じ 部署に所属していることで、それらの関連性を認識できる状況が整っているのである。なお、図9に見られるような住宅系と環境系が、同じ生活環境部内にあるというガバナンス構造は珍しいということも、付記しておきたい。通常、住宅系は、鳥取県でいう「県土整備部」のような土木系の部署に所属する場合が多いという。」

そうなんです。わたしも長年色んな地域の行政組織を見てきましたが、鳥取県のような組織体系は初めてですし、とても理想的で素晴らしいと思いました。
更に1章から4章でそれぞれ考察してきたものを分かりやすい表でまとめています。

鳥取県が非常に素晴らしい理想的な取り組みをしているので全国の自治体は丸パクリでも良いので早く諸々進めて欲しいところです。
やはり気になる項目としては”エネルギー貧困”ですよね。
この言葉自体に日本はまだまだ馴染みもないし、論文にもあるように議論のテーブルにも上がってないような現状です。
この辺りを踏まえて最後に大まとめ。

終わりに(総括)

「本稿では、断熱基準に焦点をあてて、先進的な事例として欧州、鳥取県を取り上げてき た。これら 2 地域をはじめとして、各地域で、適切な室内温度の設定や健康被害・エネルギー貧困の解決等、ウェルビーイングに向けた策が講じられる中、日本では、未だに冬は 寒い家で我慢の生活が強いられる現状にある。そして、日本においては、冬は寒さを我慢するのが当たり前という考えが人々の中に強く根付いている。筆者自身、冬は暖房やスト ーブがあっても、お風呂場や窓の付近は寒いことが当たり前だと感じ、疑問にも思ってい なかった。しかし、本稿を執筆する前の報告書作成や本研究を通して、現状が異常であることに気付き、将来は、冬でも暖かく、寒さを我慢しない住宅で生活したいという思いが強くなった。
では、いかにして日本という国レベルで、断熱基準強化への重要性の認識を広めること ができるのだろうか。本稿で取り上げた欧州と鳥取県の事例では、断熱基準の強化は人々の生活をより良くするため必要であるという認識が広く共有されていた。「エネルギー貧困」、「健康」、「気候変動対策」、「費用対効果」のいずれの論点も、我々の生活に深く関与しており、決して他人事ではない。日本でも、今後断熱基準の義務化が実施されるという ことで、このことをきっかけに断熱の重要性、そしてより厳しい断熱基準の必要性が広く認識されることを期待したい。そして、欧州、鳥取県レベルの断熱基準が義務化されるこ とで、「夏涼しく、冬暖かい」住宅で、誰もが当たり前に生活できる環境になることを願 って本稿を締めくくる。」

と藤田さんの見事な総括。

吉田の感想

素晴らしい卒論を拝読させていただき、我々実務者と同じように一般の学生も日本の住宅における断熱性能の低さは問題で、早期に解決すべき!と提言しています。
確かに”エネルギー貧困”の問題も本当に問題だと思いますが、やはり日本ではまだそこの領域が成熟していないし、そこに時間と労力をかけるよりは”健康””気候変動対策”を軸にカイゼンを訴えていくことが効果大だと感じます。更に言えば早く広く普及させるには”費用対効果”が効果アリだと太鼓判を押されればそんなに苦労無く性能向上が加速普及していくことでしょう。
ただこの費用対効果、特に何年で元が取れる?となると冷暖房費を中心に光熱費的な部分だけで計算すると元は取れません。
そこで健康や冬の朝の有効時間活用や精神的な健全維持増進と言った環境・光熱費以外の要素(NEB)が数値化され、それらも計算に含むことができれば一気に形勢は逆転できると思います。
しかもそれが高断熱住宅は元が取れるという認識が常識化するレベルにまでならないと、一部の専門家のポジショントークで終わってはダメなのです。
と同時に”エネルギー貧困”の問題はそれこそ国家レベルでの問題として考えられていかねばならないのだろうなと。
とにもかくにも一日でも早く全国にNE-STが当たり前になることを切に願っております。
髙橋若菜教授、藤田雅さん、貴重な資料をありがとうございました!

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