独白するナリタブライアン/有馬記念まであと1296日

──今聞いた通り、2人の方が先にウララと会っていて、1番最後になったのが私なんだ。

その入試シーズンの、実技試験の次の日、私はルドルフに呼び出されて、1人執務室へと向かった。呼び出される心当たりなど星の数ほどあるので、どのサボりのせいで小言をもらうことになったのかは皆目見当がつかない。ともあれ、ルドルフからの小言であるならば、それは耳に入れて終わりにしよう。その相手が姉貴やグルーヴでないだけまだマシだ。私はその程度に考えていた。

「入るぞ」

ノックの代わりにそう言い、その返事も待たずに私は開けた。

「で、何の話で怒られるんだ私は?」

部屋の正面、その奥にあるデスクの中央にルドルフはいた。頭からそういう話だろうと決めつけていた私は、そんなふうに言ってみたんだが、不思議とルドルフからの反応はなかった。デスクに片肘をついて拳を作り、頬杖のように構えてこちらをみているばかりだ。

おいおい、私がいくら放蕩役員だとはいえ、そんなに睨まれる覚えはないぞ。

私がそう思った時、ルドルフはデスクの上にあった書類を指差して言うんだ。

「ハルウララというウマ娘を、知っているか?」
「いや、初めて聞く名前だな」
「だろうな。今回の受験生の1人だ」

ルドルフは書類を私の方に差し出した。読んでみろ、という事なのだろう。
ははん、と私は見当がついた。実はね、私は過去にもルドルフから、実力はありつつも素行的に問題のある生徒が入学してくる際、意見を求められたことが多々あったんでね。ほら、ウララが会ったオルフェーヴル。彼女の入学の時もそうだし、キンイロリョテイや、エアシャカールの時もそうだった。今回もそんな事だろうと思いつつ、書類に目を通してみた。
しかし考えてみれば、変な話だと思わないか?何故、問題児達が入学して来るとなると、そのご意見番が私私になるんだ?
そう思わないか?そうだろう?

それで見てはみたものの、あんまりにも素行がキレイなもんだから逆に驚いたよ。一体どんな問題児がやってきたのかと身構えていただけに、肩透かしを食らった気分だった。

「なんだ、どこにも悪いことなんか書いてないじゃないか」
「そうだろうな。地元では有名な愛されキャラらしい」
「だったらいいじゃないか」

素行は良好。いい事だ。
健康も壮健。無事これ名馬って事だな。
おやおや、ファンクラブまであるのか。
基礎体力は、まあ平均以上か。
総じて期待値はあるな。
成績は未勝利、と。

「──未勝利?」
「そうだ」
「公式記録がないって事か?アマチュアの大会を総ナメとか、そういう話だろう?」
「いや、レースと名のつくものには生涯一度も勝った事がないらしい。小学校の運動会でさえ、な」
「なん......だ、それは?」

続いてルドルフが見せてよこしたのは、昨日、一昨日と行われた試験の結果だった。

まあ、ここに本人がいる事だし、本人が1番わかってるだろうから、ここは割愛する。まあ見た瞬間に目眩がした、とは言っておくよ。

「で、この彼女が、一体どうしたっていうんだ?」

私はだんだん話がわからなくなっていた。どう見ても問題児ではないし、第一、この成績であれば即刻足を切られて面接には辿り着けないだろう。だとしたら、私が呼ばれた理由がわからない。

「ブライアン」
「なんだ」
「私は、彼女を推薦入学させようと思う」
「何言ってんだアンタ」
「この推薦状に、君の署名捺印が必要なんだ」
「話を聞け」

強引に話を進めようとするルドルフを、私もまた強引に押し止めた。

ルドルフはそれから、君と会った日に起きた事、その一部始終を聞かせ、それからハルウララがどんなに素晴らしい素質を持ったウマ娘であるか、ハルウララの入学が将来の学園に対してどれだけの貢献となるかを力説してきた。身振り手振りを交えた、まさに大演説。そんな様子だった。
だが、どれもこれもピンとはこなかったんだ。まあ、それは仕方ないと思ってもらいたい。この時点で私はウララと会ってはいないし、いかんせん個人の感想ばかりで、それを裏付ける証拠もないのだから、何も心には響かなかった。

ただ一点を除いてはね。

「今、聞いていた中で一つだけ、気になるところがある」
「何だ。言ってくれ」
「ルドルフ、アンタ引退するつもりなのか?」

それまでのルドルフの言葉の中には、その2文字は一切含まれていなかった。だが、私も中央にいるウマ娘だ。引退という言葉を聞かなくとも、言葉の選び方や、淀み、それに表情を見ただけでそれはわかるんだ。
私の今日までの在学中、私の同期の、実に半分以上が様々な形で学園を去っている。彼女たちが、最後に見せた表情。最後に交わした会話。最後に一緒に食った食事。そして最後に走ったレース......そんな経験が増えていくうちに、その理由に関係なく、それと察する事が容易に出来るようになっていたんだ。ウララ、君は知っているか?ウチの学園は、中等部のクラス数が1番多く、逆に高等部三年のクラスは一クラスしかない。4月に新入生を迎え入れた以降も、続々と編入生がやって来るが、それでも教室や席が足りなくなることはない。
皆、辞めてしまうんだ。

ルドルフは、そう聞かれるとは思ってなかったんだろう。だが後に続いた沈黙が、彼女の心境を丸裸にしていた気がするよ。

「どうした。答えろ」
「......それは今関係ない」
「私はアンタに呼び出されてここにきた。要求ってのは等価交換のキャッチボールってのが、世間の常識だろ。今のアンタは私の質問に答えるのが、義理ってもんだと思うがな」

ルドルフは顔を上げ、私を見た。常に冷静、明晰を誇るルドルフのその目には、その時僅かな動揺が見えた。だがその動揺が徐々に消え、平静を取り戻した瞬間から、ルドルフが背負う雰囲気、そのオーラの厚みが増した。

「そうだ。私は、引退を考えている」

──やはり、か。

私は一歩くらい、後ずさったと思う。そうだとわかっているのに、実際に耳にすると、ものすごく堪える単語なんだよ。引退ってのは。耳じゃなくて、胸に入ってくるからな。

「アンタ今、何を言ってるのかわかってんのか」
「ああ。」
「この推薦入学の件と引退と、何か関係があるのか?」
「ウララとは関係ない。だから、ここで今君に告げるつもりもなかった」
「公表はしたのか?他に知る者は?」
「していない。知っているのは今のところ、君と、エアグルーヴだけだ」

私は続けざまに三つ、質問をした。でも......引退を考えている奴に向かって「何故引退するんだ」っていう質問は、私にはいつも出来ないんだ。
誰かがターフを去った後はいつも、マスコミはこぞって事の真相を探ろうとする。けれど、その答えっていうのは、結局のところ本人のみぞ知る、としか言えないし、他人が知ったところで無意味なことだと思っている。私もそうとわかっていたつもりだった。
でも、ルドルフからその言葉を聞いた時、私は、私が『その理由を聞けない本当の理由』に気がついてしまった。

恐ろしいんだよ。

だってそうじゃないか?
「〇〇だから引退」
「▼▼だから引退」
なんていう風に聞いてしまったら最後、私が将来もしその状況に陥った場合、意識しない訳にはいかなくなる。
例え話にはなるが、聞いてほしい。自分があと1センチ、もう1センチと、高みを目指して懸命にジャンプを繰り返している時、『君は知らないかもしれないけれど、君の足元は薄い氷でできていて、割れたら最後二度と戻っては来れないぞ』なんて言われてみろ。もう同じようには飛べやしないと思わないか?
私にはそれが、恐ろしいんだ。
ウララは聞いておいて欲しい。私はね、自分がどんな状況でも、走り続けたいと思っている。いつまでもトップアスリートであろうとは思わない。しかしいつまでも現役でいたいと思っている。常に誰かと、己のスピードを競い合う人生でありたい。そう思っている。

その理由?単純な事だよ。
それが楽しいからさ。
それが、私というウマ娘の存在価値だからさ。
そう思っておいてくれ。

話を戻そうか。

そんな三つの質問をした後、ルドルフは私の目の前に推薦状の書類を突き出して、言った。

「さあ、ずいぶんと君の要求は叶えさせてもらったぞ。君の理念に則るならば、今度は君が私の要求に応える番だ。この書類にサインしてくれるのか否か、それだけでも今聞かせてもらおうか」

エアグルーヴとシンボリルドルフ。
署名欄には既に、2人の名前と印章が見えた。残る空欄は私の箇所だけだった。

「嫌だ、と言ったら?」
「その時は仕方ない」

その瞬間、ルドルフの目に力が宿った。燃えるような瞳だった。

「私は生徒会長の職を辞する。その上でウララを推薦入学させる事を公約に組み入れ、会長選挙に再度立候補するつもりだ」

──それほどまでにか。

もう聞き返す必要もなかった。馬鹿げた覚悟だ。そんな事、誰が耳を貸すと思う?
だが、今やルドルフの目から、耳から、髪から、指から、脚から、重たく、非常に濃い気配が伝わってくる。オーラの厚みが増していく。それは紛れもなく『闘気』そのものだった。

それほどまでに本気なのかよ。
シンボリルドルフさんよ。

そう思った瞬間だった。
私の頭の中で『何か』が大きな音を立てて砕け散るような、そんな感覚に襲われたんだ。私の体の中で私自身が水のように溶け出し、再度物資に構成されていくかのような──あの感覚。

私は過去に、それと同じ感覚を味わった事がある。阪神大賞典でね。私の隣には、マヤノがいた。私がかつて飢えと乾きに追われるように走り続けた日々は、あの時ようやく、少しだけ報われた。

何故、競馬場でのレースの最中でもないのに、その感覚を味わう事が出来たと思う?

それが、ルドルフというウマ娘なんだ。それが皇帝と呼ばれたウマ娘の正体。よく覚えておくといい。

私がとった次の行動は、まさに無我夢中だったよ。
私はそれがまるで本能であるかのように、ルドルフから推薦状を奪い取ると、書き殴るようにサインをし、右手親指の皮を食い破って血判を押した。

「貸し一つだ。すぐに返してもらうぞ」

ルドルフの胸に推薦状を叩きつけ、私はそう言い放った。そう言うだけで息が切れた。それだけのエネルギーを、全身全霊を私は署名という行動に注ぎ込んでいた。

ルドルフも、私の突然の行動には驚いたようだった。しかし推薦状を受け取り、私の署名を確認すると、それをデスクへ丁寧に仕舞い込み、再び私の方へと向き直った。

「なるほど、確かに借りだな。何をすれば良い?」
「走り続けろ。現役を続行しろ」
「何だと?」
「聞こえた通りだ。何も今すぐG1でタイトルを獲れとまでやは言ってない」
「──嫌だと言ったら?」
「そっちの方が話は早いかもな。今夜8時半に学園のグランドへ来い。外回り1800mコースを二周。3200mで勝負しろ」
「勝負?」
「アンタが勝ったら引退でも何でも好きにするがいい。私が勝ったら、アンタには走り続けてもらうからな」
「ウララはどうなる?」
「推薦状にはサインしたろ。後は秋川理事長に任せればいい。話はもう、次の段階に移ってるんだよ、会長さん」

ルドルフは、暫くの間黙っていたが、一つ深く頷くと「──わかった」と声に出した。

「不戦勝はないからな」

私が踵を返し、ドアノブに手を掛けようとした時、ルドルフが私の背中に声をかけてきた。

「一つ聞いてもいいか?」
「ああ、何だ」
「今の私と勝負して何になる?」

呆れるような愚問だった。
だってそうじゃないか?
誰だって皆、そう思いながら走ってきたんだ。

私が三冠、五冠とタイトルを重ねても、ルドルフは静かに私を祝福するばかりだった。その後の誰もが、ルドルフの眼前で幾多の栄光を掴み取っては、それを繰り返した。ある時はオペラオーが、ゼンノロブロイが、ウォッカが。タキオンもそうだ。姉貴だってそうだった。15戦連対っていう記録は伊達じゃない。アグネスデジタルを知っているか?奴は六冠だ。見たら驚くぞ?少し意味は変わるけどな。
でもルドルフは、そんな奴らに対しても、私にして見せたのと全く同じ対応を、ただ繰り返すのみだった。誰もルドルフを振り返らせる事は出来なかった。誰も、ルドルフをターフに引っ張り出す事は出来なかった。本気のルドルフとゲートを並べ、その走りに触れる事は出来なかった。
伝説は常に、伝説のままだった。

それなのに、だ。

どこの誰ともわからない、生徒でもない、G1レーサーでもないウマ娘が、今、ルドルフを本気にさせている。

それを聞いて黙ってられるか?
ふらふらになるまでダートを走った、だと?
そんなの、許される事じゃない。

なあ、エアグルーヴ。お前ははどう思う?全くふざけた話だと思わないか?
だってそうじゃないか。シンボリルドルフというウマ娘は、常に誰かの目標だった。シンボリルドルフと戦うという事は、常に誰かの夢だった。それは私や、さっき私が名前を上げた奴らだけじゃない。今も誰かがそう思いながら、時に地面を舐め、血反吐を吐きながら走っている。誰にも見せていない対ルドルフ専用の秘策を胸の奥に仕舞い込んで、コイツの復帰を首を長くして待ち続けている。最後のレースからずいぶん経つが、それでも奴らの想いは変わらない。
でも引退なんかしたら、そいつら全員の夢が完全に絶たれることになるんだ。

そんなマネが許されると思うか?

私は、許せなかった。

いや──カッコよく聞こえるように頑張って喋ってはみたが、やはりどうにも、こういう喋りは不得意だな。
本音は結局、嫉妬したんだ。
突然現れたウマ娘に、シンボリルドルフがまるで前後の見境が無くなる程に本気にさせられているという、その有様が許せなかったし、羨ましかったんだ。

ウララ、あの時の私は結局、君にヤキモチを焼いていたんだ。
そういう事だよ。


「それを思い知らせてやる」


私はそう言うと部屋を出た。


そしてその夜、そういう事になった。


「──そういう事になった」

ブライアンはそこで言葉を区切ると、すっかり冷め切った紅茶を飲んだ。私はただ、ブライアンの喉が静かに上下する様を見ていた。ウララも、グルーヴもそうだった。2人とも、すっかりとブライアンの記憶の世界に飲み込まれていた。当のルドルフでさえ、尻を持ち上げ、ソファから半身を乗り出していた。皆、ブライアンの次の言葉を待っていた。
しかしブライアンはというと、静かにカップを置き、頭の後ろで両腕を組んでこう言った。

「で、おしまい」

その瞬間、私を含む全員がまるで昭和のコントのようにずっこけて床に落ちた。
「何だと?何だその終わり方?」
額を打ったらしいグルーヴが、そこに手を当てがいながら身を起こし、そう言った。
「えー!?続きは!?どうなったの!?本当に走ったの?ブライアンさんが勝ったの?会長さんが勝ったの?」
ウララも同じ気持ちだったのだろう。ブライアンに物語の続きを促すように、ぴょんぴょんとその場で飛び跳ねている。
「だから、もう終わりだって。もう疲れた。喋りすぎた」
しかしブライアンにはもうそのつもりは無いのか、ポケットからお馴染みの小枝を取り出すと、口を塞ぐかのように咥えてしまった。
「えー!つまんないつまんないー!」
ウララが激しく駄々を捏ねるが、ブライアンはウララにクッキーを放り投げ、邪険にするばかりだ。私はそんな光景を見ながら、ソファへと座り直した。

思いがけずこの3人の口から、私が知らないウララに纏わる話を聞かされたわけだが、驚きの連続だった気がする。ウララの推薦入学の裏で、このようなドラマがあったとは。
何より、ルドルフが学園に掛ける思いには胸を打つのもがあった。ブライアンの走りへのポリシーと渇望は初めて耳にしたし、グルーヴが見たという謎の競技場の事ももちろん気になる。だが本当に驚かされるのは、その話の全てにウララが介在している事。ウララがあの日の入試を受けなければ、全て起こり得なかったという事実。それに尽きる。

「しかしブライアン、君にストーリーテラーの才能があったとはな。私でも続きが知りたくなったぞ。全く大したものだよ君は」
「フン、気もないくせに褒めるな。おまけにその口調、私が五冠獲った時と同じ褒め方だな。それがまた気に入らん」

何故か機嫌が悪いブライアンに、ルドルフは静かに笑うばかりだ。そして紅茶を一口啜ると、こう言った。
「私のも冷めてしまったな......では、お開きとしようか」

「え?」
「ええ?」
「え〜っ!?」

思わず短い声を上げてしまった私であるが、グルーヴとウララもまた、続きが気になって仕方がないようだ。もちろん私も同じ気持ちである。ルドルフとブライアンのマッチレースともなれば、どんな競技場でも超満員札止めは間違いない。全マスコミが注目するだろう。それが密やかに行われたとなれば、誰だって結果が気になるに決まっている。
「会長、もう少しいい終わり方があると思います。私が紅茶を入れ直しますので、是非、もう一席」
グルーヴはそう言って早速紅茶缶に走り寄ったが、ルドルフは取り合おうとはしなかった。
「もう一席はないだろう。ブライアンは落語家じゃないんだぞ」
「しかし会長......では、その勝負の結果はさておき、進退については如何なされるのですか?」
私も食い下がってみた。私としては、そっちの方が気になる。
しかしルドルフは私にも、苦笑を浮かべるばかりだった。
「ブライアンが話さなかったのだから、それも私が伝える事ではないよ」
そんな、と思いブライアンに目を走らせると、まるで寝たふりでもするように目を閉じてしまっている。残念ながら、もはや望みは無さそうだ。
「仕方ないわね、ウララ。帰るとしましょう」
「えー!やだよトレーナー!お話の続きが聞きたいもん!こんな最終回のいいところで打ち切りなんて、聞いたことないよー!」
アニメか何かに例えているのだろうか。私に手を繋がれまいとして、ブンブンと腕を振り回すウララはまるで子供のようだ。
「それでは──とんだ長居となりましたが、貴重なお話をありがとうございました」
「いや、こちらこそすまないね。ウララ君のレースでの活躍を期待しているよ」
そう言ってルドルフはドアを開け、私たちを促した。
「ルドルフさぁん......」
私の袖を握り、未だに未練を見せてルドルフを見上げるウララだったが、そのルドルフはウララに笑いかけると、言った。
「そんな顔をしないでくれたまえよ」
「だってぇ」
やれやれ、といった感じでルドルフは室内を振り返り、言った。
「おい、ブライアン、何とか言ってやれ」
「──どこまで甘いんだよ、全く」
目を閉じたまま、さも面倒くさそうにブライアンはそう言うと、私達の方を見ようともせず、そのままの姿勢でウララに向かって叫んだ。
「おいウララ!ルドルフはな、お前と有馬記念を走るのを、楽しみにしてるんだとよ!とりあえず頑張れよ!じゃないと、こっちも走った甲斐がないからな!」

「えっ?」
「ええっ?」
「え〜っ!?」

それを聞いた私とウララ、そして少し離れたところからエアグルーヴの悲鳴に似た叫びが、再び上がった。ルドルフは何故か満足気で、ブライアンはというと、やはり目を開けようともしていない。
「喋ってくれたかと思えば......なんて雑な終わらせ方をしてくれるんだ?さっきまでとは大違いじゃないか」
また転びでもしたのだろうか。エアグルーヴは体のあちこちを押さえてはよろめいている。何だか気の毒になってきたが、少し面白いなと思ってしまった。
「さあ話のオチもわかっただろ。早く帰れよ。さもないと、コイツは晩飯まで用意しかねない。何しろウララにはずいぶんと、ご寵愛の様子だからな」
ブライアンはそう言うと、ソファに両足を投げ出して、今度こそ黙り込んでしまったようだ。
まさか夕飯は出ないだろうが、確かにこれ以上の手間はかけられない。
私はウララの手を引いた。
「さあ帰りますよ」
「ヤダヤダ!お話も聞きたいし、ご飯も食べる!」
「いい子だから、聞き分けましょうね!」
「ヤダー!お話ー!ご飯ー!」

終いにはジタバタと暴れるウララを小脇に抱えて、私はその場を後にした。

それにしても──

私は、とんでもないウマ娘の担当になってしまったのかもしれない。






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