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朝ごはんの話

日曜日の朝ごはん。
小さい頃の私にとっては少し特別だった。

保育所に行かなければならない平日とは違い、朝なのに時間がゆったりと流れていた気がする。
両親は仕事で疲れた身体を癒す為、とっぷりと夢の世界へ浸っていた。
幼少期の私は、休日はいつもより早く目が覚めるのだった。

朝5時にはぱちりと目が開き、川の字で寝ていた隣の父母を確認して「まだ寝ている。私が1番早く起きた。」と優越感に浸っていた。
今思うと「休日」という特別感、何か起こるかもしれないという緊張感を1秒でも長く感じていたいから、早起きしていたのかもしれない。

あの時、沢山寝てくれてれば身長とかもっと伸びてたと思う。アホガキめ。

ひと足先に布団から抜け出し、リビングに向かう。カーテンを勢いよく開け眩しい朝日を感じ、テレビを付ける。それ以上の事は小さい私には出来なかった。
しかしそれだけでこの家を支配した様な気分になっていた。
いまこの家で活動しているのは私だけ。私の意のままに行動できる。(考えつく行動パターンはテレビを自分の好きなチャンネルに変える事くらいしか無い)
我が家のチャンネル権は常に、一家の大黒柱、大お父上が握られておあせられていた。その為、テレビのリモコンを好き勝手いじれるなんて通常ありえないのだ。『マッド・マックス 怒りのデス・ロード』で最後、民衆達が水を自由に使えるようになった位、私の中では歓喜の瞬間であった。

まあ、お父さんも早起きの人なので30分くらい経ったらリビングにやってくる。お父さんへ朝の挨拶をし、何事もなかったのようにテレビのリモコンを御献上し、刹那の自由は幕を閉じる。

その後お母さんも起きてくるので、我が家は完全に動き出す。普段は出勤時間に追われながら朝ごはんRTAをなされているお母様も、休日はゆっくり丁寧に手の凝ったおかずを添えて朝ごはんを作ってくれる。

そうしていると朝ごはんを食べる頃にはNHK教育で『日曜美術館』が放送される時間帯になる。
うちのお母様は美術への造詣が深い人なので毎週この番組を楽しみにしていた。
大人は食べるのが早いので、朝ごはんを食べ終え食後のコーヒーを飲みながら『日曜美術館』を楽しむ。しかし子供の私はもたもたと、最近やっと手に馴染んできた箸を一生懸命使い、いつもより量の多い朝ごはんと対峙しているのだ。

両親はコーヒーの香りを楽しみながら作者の生い立ち、作成された時代背景など、食い入るようにテレビを見る。
私はというと、お茶碗のご飯の上に乗せた目玉焼き、鶏肉の卵とじ、最後に味噌汁も飲まなきゃいけない?食べきっているビジョンがまるで見えてこない、とやっぱり使いづらい箸を握りしめる。辛い、腹いっぱい、普通にご飯に飽きた。
そうして顔を上げてテレビを見ると、シュールレアリスム特集。
気持ち悪っ。なんだよこれ。メシ時に見せてくんなよ。なんで時計が溶けてたり人の顔が青リンゴなんだよ。不安になるな。

はたまた別の週では、ウインナー付き目玉焼き乗せご飯、きんぴらごぼう、味噌汁、そして岸田劉生の『麗子像』。
怖いんだよ。不気味なんだよ。絵の具の質感がめちゃくちゃ伝わるタッチだから食欲失せるんだよ。凄い技術だな、どうやるんだよ。

その他にもピカソとかゴッホとか狩野永徳とか。まず芸術家って基本、歴史の偉人になっちゃってるから、絶対戦争の資料映像とかが流れるんだよ。あと陰鬱な生き様が多い。気が滅入る。こっちは今日1日何して遊ぼうか考えたいのに。死とか絶望とか不条理とかを感じたくないの、日曜の朝に。

こんな感じで私は日曜日の朝ごはんがすごく苦痛だった。別にお母さんが作るご飯は総じて美味しいし、『日曜美術館』はタメになるから嫌いではなかった。だが、ご飯×美術という最強の組み合わせが著しく食欲を減退させていくのである。

もし食欲が旺盛でダイエットに困っている人がいたら、いちど食事時に『日曜美術館』を見て欲しい。
私が新たに提唱するダイエット法は【日曜美術館ダイエット】である!
※一切の責任を負いかねます。

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