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私と、東京という街について

東京に住むようになってもう10年以上になるけれど、生まれてから高校を卒業するまで私が暮らしたのは、殆ど過疎に近いような穏やか極まりない、言い方を替えればただ只管に退屈な地域だった。東京は果てしなく遠いというか存在しないに等しくて雑誌に乗っている素敵なお店のマップは読み飛ばしていた。

CDショップに並ぶのはランキングに入るようなものが殆どの中、高校生のわたしは一つ歳上の先輩に教えてもらった少しマイナーなあるバンドを好きになり、CDを少しずつ買っては歌詞カードの文字を追い、CDジャケットを好きな絵を貼るようにお部屋に飾ったり。いろいろ聞く音楽が変わってもいまも大切な曲たちばかり。むしろ東京に出てきてから、大人の恋愛をしてからもっと好きになる歌が増えたりもした。

今の花の職場は土地柄やボスのお知り合いの関係もあって、色々な人が出入りする。雑誌の撮影、ビジュアル協力のお仕事もお手伝いしたり。飛行機で仕事していた時も数え切れないほど所謂有名人にもお会いした。そんなことにも慣れてきて、特段珍しいことでは無くなっている。


ある時ボスとお知り合いの方と三人でお話をしていたら、その人は私が聴き込んでいた、正にそのバンドのアーティスト写真を撮っているという方だった。あの頃は、CDの向こう側なんてまぼろしのような、その向こうに実際にその人の生活が存在することも、実際に生きていることすらピンとこなかった。そんな人が日々生きている。生活して、音楽を作り、作品として世に出している。そう遠くないところに。改めて今私はすごく遠いところに来ていることを感じた。あの頃存在することすら想像しなかった、CDの向こう側に。東京という場所に。色々な偶然と、わたしが夢見て歩んだ結果が重なって、あの頃そこにあるとも思えなかった憧れの人が生きているのと同じ世界に。

「私がまだ滋賀にいる頃から大好きな人でした」とだけ伝えたら、「素敵なお花屋さんがここにあるって伝えておくね」と笑ってくれた。その人と実際にお会いできるかもしれない場所がこんな素敵な職場であることが素直に嬉しい。そういう場で私は毎日働いている。その人が現れた時、自信をもってお作りが出来るように日々研鑽を重ねたい。後悔しないように毎日好きな服を着て、自分らしいメイクをしてにこにこしていたい。たとえ会えなくてもそれはきっと幸せな時間の蓄積に繋がるだろう。

雑誌のお店に行って試着だけすることも日常になった。あんなに嬉しかった話題の美術展に行きたいと思ったらすぐ行けることも。ただ、きっとそんなことも昔の私からすると奇跡みたいなもの。奇跡よりも遠いものだったもの。そんな中で生きている。私の東京の生活は暫く続く。憧れの中で。

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