「継続」という名のプレッシャー

このフレーズを聞くと、何を思い浮かべるだろうか。

自分は「修行」とか「我慢」といったイメージが強い。それもそのはず、(内容にもよるが)、とても地道でなかなか成果が出ないものだからだ。

ただ、その地道なスパンを乗り越えて活躍、あるいはそのプロセスを活かして他方面に応用させる人達もいる。自分も興味のある分野は、始めたら出来る限り続けていこうと思っている。

だが、自分で望んでいないのに強制力を働かせて、押し付ける人もいる。(一概にそうとは言えないが)いわゆる「英才教育」や「伝統・文化の継承」等だ。

自分の周りにもこのカテゴリーに入る人達はいるが、表情を見る限り、どうも喜んでいるようには見えない。なかには、我慢の限界が来たのか、その環境から思い切って離れた人達もいる。(今のところ、清原のような人は出会ってないが)



ではなぜ、1度始めたことを辞めたいのに、なかなか辞めれない人達がいるのだろうか?

それは、(経済的な部分はここでは割愛するが)最初の「入り」のスケールがあまりにも大きいからじゃないかと思う。

「英才教育」の場合、そのことに集中できるだけの環境やインフラが整いすぎていたり。「伝統・文化継承」の場合、そこまで求めてないのに過剰にアピールされたり。(中には「上の世代がここまで培ってきたんだから、それを受け継ぐ使命がある!」なんて無茶苦茶なことをいう人もいる)     「ビジネス」の場合、初期投資にエネルギーを注ぎすぎていざという時に簡単に手放せなくなったり。(なかには借金してまでやる人もいる)

なので、いくら「継続は力なり」と言っても、どの環境でそのことを継続するのか、どのぐらいのペース(スパン)で継続するのか。それを決める余地はあっても良いような気はする。あと、(自分の中では)色々挫折してきたから言うと、なにか「これ!」と決めたことが上手くいかなくても、(今の時代は特にそうだが)他にも選択肢はいくらでもある。少しずつ、1歩ずつ前に進めばいい。そして、それを待つことができず、無理に急かしてきたり、煽ってくる人がいるのであれば、思い切って離れればいい。そんなことを考えている今日この頃。。。

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